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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
12/36

11

御影と辻堂が展開した魔力の防壁によって、俺たちは何とか崩れてくる天井から身を守ることが出来た。

 しかし改めて、規格外の力を持った敵を相手にしているのだと思い、俺は慄然とする。

「高層ビルを一つ丸ごと倒壊させたんだ。このくらいなら予想出来たけどね……」

 敵の力よりも、〝錨〟を読み外したことにショックを受けて、御影は焦っているようだ。

 魔力と言うのは、いわば精神の力だ。ゆえに、奪ったところで、本人の感情が高ぶったり、敗北を認めたりしていなければ、すぐに元通りになることもある。

 なので、完全に敵を無力化したければ、やはり〝錨〟を引き抜くしかない。

 だが、今のように敵のタイプを読み違えると、むしろこちらの方が窮地に陥ってしまうことになる。

 つまりこの戦い方は、諸刃の剣を振るうようなものなのだ。

「いっそのこと、〝トリガー〟を奪った方が早かったのかもね……」

「いや、それでもあいつは止まらなかっただろうさ」

 〝トリガー〟とは、要するに自らの空想力を補強するための補助輪だ。熟達した〈魔術師〉なら、自らの肉体を〝トリガー〟とし、魔術を発動することもできる。

 〈憤怒〉や、〈色情〉といった単純な能力の属性なら、必要としていない〈魔術師〉も多い。

「見たところあいつの〝トリガー〟は、己の肉体だ。物に依存するタイプじゃない」

「じゃあ、あの馬鹿力を正面から相手にしなくちゃなんねーってことかよ……」

「そうなるな」

 建物の倒壊で舞い上がった粉塵が晴れ、覆われていた視界が明瞭になる。

 廃墟を倒壊させた二人組の男は、まるで何事もなかったかのように、無傷で俺たちの正面に立っていた。

「来ないのか? ならば、こちらから行かせてもらうぞッ!」

 直後、士道が地面を蹴り、一直線にこちらへと向かってきた。

 俺たちは三人共別方向に攻撃を避ける。躱された士道の拳が、地面へと突き刺さった。

 すると、士道に拳を刺された地面に陶器に入るそれのような亀裂が広がった。

「皆、ここは一旦散ろう!」

 御影が指示を出す。俺たちは言われた通り、全員異なる方角へと逃げようとした。

 だが――

「タダで逃がすかいな」

 と、水橋が合図すると、周囲の森の木が震えた。

 そして、あっというまに俺たちは機関銃を持った黒服の男たちに囲まれてしまった。

「このまま邪魔されるワケにも行かへんやでの」

 水橋が片手を上げると、機関銃の銃口が、俺たちに向けられた。

 四面楚歌、絶体絶命。そんな言葉が頭をよぎる。逃げる場所が見当たらなかった。

「なら、こっちだって集団で挑ませてもらうよ」

 御影が指笛を吹く。すると、今まで身を潜めていた〈偽典の魔術師〉たちが、森の中から現れた。

「これで、どちらも人数の上では、対等な状態だ。観念したかい?」

「するワケあるかいな。ええで、相手したるわ」

 水橋が愉快そうに口端に笑みを浮かべた。

「じゃあ、僕たちは水橋を引き受ける。君たち二人は士道を頼む」

 御影は、僅かにずれていたヘッドホンをつけなおすと、一足で水橋の所へと駆け抜けた。

 そして、厳つい禿頭をした男とその部下たちを森の中へと引きつけると、〈偽典の魔術師〉たちと共に、暗闇の中へと去って行った。

 残された俺と辻堂は、同じくこの場に残った仮面の男と対峙する。

「これで二対一。俺たちが有利だ」

「どうかな。私の力を侮ったばかりに、先ほど意表を突かれたのは、どこのどいつだったかな?」

 士道は笑いながら、上から見下ろすように言う。

「だが今は違う。水橋の魔術もないし、実力は対等だ」

 俺は士道の放つ迫力に気圧されながら嘯く。事実、辻堂の魔術と俺の魔法があれば、この男を倒すことなど、造作もないはずだ。

 しかし、士道はまるで臆すことなく、正面に拳を突き出した。

 すると俺と辻堂の間に、かまいたちのような突風が通り抜け、俺たちの髪と皮膚をわずかに切り裂いた。

「ならば、すぐに始めようじゃないか。私も丁度、血に飢えていたところなんでね」

 俺は突き付けられた士道の拳と言う名の凶器に、戦慄する。


消去法的に言って、士道の〝錨〟のタイプは、〈空想〉か〈現実〉のどちらかだ。

 しかし、〝錨〟を引き抜くなどという小手先の技は通用しないくらいに、この男の魔術の扱いは熟練していた。

 辻堂が、士道にワイヤーを飛ばす。

 だが士道はワイヤーが自らの体に届く前に、その先端を拳で弾く。

 それから、辻堂との距離を詰め、瞬時にその拳で彼女の腹部に向ける。

 俺は士道の拳が辻堂の腹部に達する前に、魔法を発動して、彼女の前に防壁を展開する。

 しかし、士道の拳はその防壁すら突き破り、辻堂へと肉薄する。

 だが辻堂はわずかにできた隙を利用し、士道の拳が届く前に、後ろへと飛び退いた。

「野郎、さっきから無茶苦茶すぎるぜ」

 二人の実力が伯仲している、とはとても言える状態ではなかった。

 肉薄しただけで魂まで抉り取ってきそうな士道の拳は、まさに妖刀。高められた〈憤怒〉の魔術が、彼の肉体を限りなく鋭利なものにしていた。

 対して辻堂は、隠密として鍛え上げた身体能力があるものの、それで避けるのがせいぜいで、なかなか反撃に転じることが出来ないでいた。それに、彼女の魔術の腕は、士道の魔術と互角とは言い難い。ゆえに、慎重に攻めなければ、徒に消費し、敗北への道をひた走るだけだろう。

 俺は辻堂の後ろで戦況を観察しながら、士道の〝錨〟を読もうとする。

 今までの攻撃の仕方から考えれば、彼の〝錨〟のタイプは〈空想〉。現実を矮小化することこそが、魔術発動の原動力となっているタイプだ。

 もし彼が〈現実〉タイプだとすれば、ここまで無茶苦茶な戦い方は出来ないだろう。なぜなら、〈現実〉タイプの〈魔術師〉は魔術の発動に、無意識にブレーキをかけてしまうからだ。

 士道が拳を放つ。辻堂はそれを避け、すぐまた距離を置き、間合いを確保する。

 そんな互いに攻めあぐねているような戦いが、先ほどから繰り返されていた。

「あんた、中々やるじゃねえか」

「そちらもな。女だてらに戦闘に習熟している」

 二人は肩で息をしながら、正面の敵と睨み合う。

「あんたのその動き、素人じゃないな。どこで習った?」

「地下闘技場を経営していてね。毎日戦えば、それなりにはなるもんさ」

「嘘つけ。そんな喧嘩や格闘技の紛い物なんかで、あたしの動きについてこれるもんか――さてはあんた、どこかの暗殺拳の継承者だな?」

 辻堂が言うと、士道は不敵に微笑んだ。

「ほう。そこまで見切られていたか。貴様もただ者ではないな。どこの武術の使い手だ?」

「隠しておきたいのはお互い様だろ?」

「違いない」

 士道と辻堂の死闘が再開される。

 素人の俺には大ぶりの動作しか目で捉えることが出来ない、素早い拳のやり取りが、目の前で繰り広げられる。

 単純な技同士の腕前は、双方ともに互角であるように感じられた。

 そしてまたしばらく拳でのやりとりが続くと、二人の攻防が止み、一分の隙も許さない間合いを互いに取り合う。

「もう終わりか? もう少し腕が立つと期待していたのだがな」

「あんたも相当疲れてるみたいだぜ」

 二人は先ほどよりも呼吸を荒くして、互いを挑発する。

 ならば。と俺は魔法を使う構えを取る。今がチャンスだった。

 しかし、左腕を上げようとした瞬間、なぜか俺の身体は自由が効かなくなってしまった。

「ああ、そうさ。だから、一気にカタを着けさせてもらう」

 刹那、士道が身に纏っていた魔力が、それと分かるくらいに増大した。

 空気が電流を流されたかのように刺激を帯びる。士道の体から放たれる殺気が、視線だけで人を射殺せるのではないかというくらいに、鋭くなった。

 俺と辻堂は、向けられた男のその迫力に、黙って息を呑んだ。

 マズい。このままではやられる。魔法を使って防がなくては。

 しかし、溢れ出る士道の殺気の前に身が竦み、俺は体を動かすことが出来なかった。

 士道の拳から、凝縮された破壊の魔術に殺気を上乗せした魔力が放射される。それは稲妻のように瞬き、俺たちの間を駆け抜けたかと思えば、次の瞬間には、背後の森の樹木を幾本か木端微塵に破壊していた。

「外したか。だが、これで終わりではないぞ」

 士道は再び魔力を放射する構えを取る。俺は恐怖感を押し殺し、硬直した身体に鞭を入れ、何とか左腕だけを動かした。

 そして、士道の魔力を一時的に奪うと、俺たちは急いで森の中へと逃げ込んだ。

「……ありゃちょっとヤバいぞ」

 葉の枯れたクヌギの木の上から、辻堂が声をかけてくる。

「あのまま戦ってたら、全滅は免れないだろうな」

 俺は士道の視界から逃れるために、逃げながら辻堂に応じる。

 魔力が一時的に消えたためか、彼は追っては来ていなかった。だが、士道の魔力が回復するのは時間の問題だろうし、相手の姿が見えないのは、こちらとしても危険極まりない。

 なので、できるだけ早く、反撃に出る必要があるだろう。

「あのままって……策があるのか?」

「一応な。だが、成功するかどうかはわからない」

 と言っても、成功させなければ死ぬだけなのだが。遠くからはまだ機関銃の銃声が響いている。このまま逃げ切ることは不可能だろう。

「だから、お前には隠れていてもらう」

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