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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
11/36

10

魔術には七属性の他に、発動に必要な〝錨〟というものがある。

 主に俺が〈魔導士〉と戦闘を行う際に重用している考え方なのだが、一般的な〈魔術師〉には知られていないらしい。眷属として契約した際に、〈憐憫の魔女〉から聞かされた概念だった。

 魔術を発動させる際には、魔力を有し、感知できるのみでは行えない。複雑なプロセスを経て、ようやく「魔術」という形として発動を行うことが可能になる。

 だから〈魔術師〉になるためには、学院で魔術について学ぶ必要がある。

 だが、戦闘でいちいち複雑な手順を踏んでなどいられない。なので、〈魔術師〉は魔術を簡略化して発動させる方法を知識と同時に身に着ける。

 それが、〝トリガー〟だ。

 〝トリガー〟はつまるところ魔術を発動させるための触媒だ。時計や香水、アクセサリーなど体に身に着け、自分に暗示をかけるための物がそれにあたる。

 そして、なぜ〝トリガー〟を用い、自分に暗示をかける必要があるのかと言うと、それは魔術を発動するために、目の前の現実を変えられると信じ、変わった後の現実をイメージする必要があるからだ。

 そう、魔術には想像力が必要なのだ。

 そしてその想像力は、まず現実を認識しなければ働かせることは出来ない。だが、常日頃から非現実的な出来事と接している〈魔術師〉は、下手をすれば現実を見失いかねない。

 そのために、自分を現実に繋ぎ止めておくためのフックが必要になる。

 それが、〝錨〟だ。

 〝錨〟とは、その人物の現実と幻想の境界線であり、それを失えば魔術を発動できなくなるものだ。

 〝錨〟には三つの種類があり、それは、その人物が魔術を発動する際に、どこに重点を置いているかによって変わる。その三つのタイプとは――

 〈現実〉。現実を正しく認識できることが、現実へのフックになっているタイプ。

 〈空想〉。現実を矮小化することで、自分の空想と区別をつけられることが現実へのフックになっているタイプ。

 〈魔力〉。溢れんばかりの魔力が、現実と幻想を区別する必要のない、同化したものであると認識することが現実へのフックとなっているタイプ。

 〈魔術師〉同士の戦いでは、相手の〝トリガー〟を奪い、自身の魔術で屈服させた方が勝ちとなるが、〈眷属〉の俺の場合、ちと事情が異なる。

 俺の場合は、相手がこれら三つの〝錨〟のうち、どれを持っているのかを見極め、その〝錨〟を引き抜くことで無力化しなければならない。でなければ、俺は〈眷属〉としての務めを果たす――つまり〈魔導士〉を捕える――ことができない。

 ゆえに、俺と〈魔導士〉の戦いは、〈魔術師〉のやるそれより、危険の多いものなのだ。いくら〈憐憫の偽手〉によって魔法が使えると言っても、リスクがあるため連発は出来ないし、魔法が無ければ俺は普通の人間以下の能力しかない。

 なので正直こんなやり方は〈魔術師〉に推奨したくはないのだが、御影が言うには、今回はそれが役に立つらしい。

「それを〈憐憫の魔女〉が言っていたということは確かか?」

「現に俺は何度もこの方法で〈魔導士〉たちを無力化してる。間違いではねーよ」

 何度も死線を潜り抜けてこれたのは、このことを知っていたからだ。〝錨〟のことを知らなければ、俺は魔法なんてリスクの高い代物を使おうとは思わない。

「へー。そんなまどろっこしい手順をあたしらは利用してたんだな」

「お前みたいに感覚で魔術を使ってるような奴には不用だからな。知らなくても無理はない」

「んだと! でも、確かにそうかもな……」

 むしろ余計なことを覚える必要が無いとわかったのか、辻堂は安堵する。

「ちなみに、僕たちの〝錨〟はどのタイプなんだい?」

「御影は、そうだな……〈魔力〉タイプだろうな」

「あたしは何なんだ?」

「辻堂は〈現実〉だろうな。単純な奴には多い」

 大雑把なら〈現実〉、天才肌なら〈魔力〉と、〝錨〟のタイプは性格によって分類できる場合も多い。だが、そう思い込んでいると手ひどい裏切りにあうこともある。

「これが一体何の役に立つんだ?」

 〝錨〟は、引き抜いても一時的に魔術が使えなくなるだけだ。完全に魔術を使えなくさせるためには、〈グリモワール〉から除名しなければならない。

 なので、敵と戦う上であまり効率のいい方法とは言えないのだが、御影にはこれを利用した策があるらしい。

「それは、敵の本拠地に着いてからのお楽しみということで」

 よほど奴らを一網打尽にできるのが嬉しいのか、御影は薄気味の悪い笑いを浮かべながら、俺たちの前を歩いていった。


 成木の生い茂る鬱蒼とした森の中は、月明かりしか足元を照らす光が無く、ただひたすらに不気味な景観が続いていた。

 ムロイ山市の中心部から西に離れた丘陵地帯に、今なお色濃く大規模都市開発時代の怪談の雰囲気を残しているこの森の中に、敵が根城としている廃墟が存在するらしい。

 季節が変わり、葉の散った広葉樹林は、時折背筋を撫でつけるような音を立てながら、その枝を揺らした。

「おそらく、あそこだろうね」

 しばらく進んだところで御影が立ち止まり、前方を指さした。

 そこには、幽霊屋敷のような荒んだ外観の旅館跡が蒼然と建っていた。

 窓が割れ、外壁はところどころ抜けている。柱が腐食して、建物全体が傾いて歪んでいた。

 とても人の出入りがあるような場所では無さそうだったが、建物の中には蝋燭で照らしたような茫洋とした明りがついている。

「連盟からの情報は間違ってはいなかったみたいだね」

 御影が声を潜めて言う。

「さっき連絡があったんだ。ここに、士道と水橋、それとその部下と思われる人物が入っていくところを見たって」

 連盟は現在、24時間体制で市内のいたる所に警備を張り巡らせていた。

 なので、こんな人里離れた所の人の出入りでさえも、入念にチェックしていたのだろう。

「それはそうと、連盟の〈魔術師〉と連絡なんてとってたのか?」

「当然。ちゃんと報酬は支払ってるよ」

 彼の言う「報酬」とは、所謂口止め料のことだろう。ここでも準備を怠らない奴だった。

「それで、これからどうするんだ?」

 今、ここには〈偽典の魔術師〉たちはおらず、俺と御影と辻堂のいつもの三人しかいない。

 敵が罠を仕掛けてある可能性を考慮し、森の入り口で別々に行動することにしたのだ。

「後ろから奇襲をかけて倒す。ただそれだけさ」

「それをどうするんだって聞いてるんだよ」

「簡単だろ? 二階から忍び込んで、奴らを一瞬の内に無力化しちまえばいいのさ。そうすりゃ、面倒な手間がかからないで済む」

 辻堂が大雑把な解説を加える。本当に大丈夫なのか、これ。

「そういうこと。その時に、君の言っていた〝錨〟が役に立つってワケさ」

「さいですか……」

 御影のことだからてっきりもっと緻密な作戦を立てているものだとばかり思っていたが、とんだ思い違いだったようだ。

 俺はそんな粗雑な作戦でも実行に移してしまう二人に付いて、怪しげな廃墟へと向かった。


 辻堂が、懐から出したクナイを投擲する。

 それは廃墟の玄関扉に刺さり、ガタリ、と不審な音を建物の中に響かせた。

「誰だ!」

 水橋の部下と思われる黒服の男が数名、玄関から飛び出してくる。

 すると、俺たちの後を誰かが走り去って行く音がした。御影が待機させていた〈偽典の魔術師〉の内の誰かだろう。

 黒服の男たちは、その人物を追って、森の中へと駆けて行く。

 俺たちは、その隙に廃墟の裏手へと回り込む。

 辻堂が己の武器であるワイヤーを二階の一室にあるベランダの柵に引っかけた。

 そして、彼女は俺と御影に腕を回すと、魔術を発動した。

 辻堂の魔術属性は〈怠惰〉。万物の機能を停止させるその能力を使い、両腕に抱えた俺たちの〝重力〟を停止させる。

 それから彼女はワイヤーを巻きとり、俺たち共々二階へと上がらせた。

 腐りかけたベランダの柵に三人の人間を支えるだけの耐久性はなかったが、辻堂の魔術のおかげで、全員が上れる、というわけだ。

 そして俺たちは2階の窓を開けて、廃墟の中へと侵入し、敵の居る広間へと向かった。


 広間の扉をわずかに開けて中を覗くと、ホテルが倒壊した時に見かけた二人組が居た。

 俺はそのうちの片方、白スーツの男である士道に対して魔法を発動し、奴の魔力を奪う。

「奪ったぞ。お前の見立てが正しければ、これであいつの〝錨〟は引き抜けるはずだ」

 俺はまだ士道という人間のことをよく知らない。なので、奴が魔術発動の際に、どこに〝錨〟を留めているのかはわからない。

 しかし、〈偽典の魔術師〉として、街にいる〈魔導士〉の情報を得ている御影ならば、士道の性格についてもいくらか知っているだろうし、〝錨〟についてもいくらか見当がつくのだろうと思ったので、俺は彼の言い分に従うことにした。

「よし、それじゃあ行こう」

 御影が合図をすると同時に、俺たちは立てつけの悪い扉をぶち破り、広間へと飛び出した。

 風圧により散り積もっていた埃が舞い上がり、視界を覆い隠す。

「誰だ!」

 俺たちの登場に、士道が驚いた声を上げる。

 しかし、そんな士道に、辻堂は当初の予定通り、彼に対して容赦なく己の武器にして〝トリガー〟であるワイヤーを巻きつけた。

「何をする貴様!」

 身動きの取れなくなった士道は、必死にもがきながら辻堂のワイヤーを振りほどこうとするが、一時的に魔術が使えなくなっているために、自慢の超破壊力が発揮できず、さらに強く体に鉄の糸を食い込ませる。

 そんな士道の失態を見ていた水橋は、相方に対し魔術を発動しようとしたが、

「そうはさせないよ」

 とヘッドホンをした御影に魔力を吸われ、魔術の発動を停止させられた。

「破壊工作および複数の魔術犯罪により、君たちの身柄は魔術師連盟が預からせてもらう」

 御影は、力の抜けた水橋の腕を掴み、拘束した。

「突然出てきて何やねんお前ら」

「連盟のもんだよ。お前たちの〈魔導士〉としての命運を、今日ここで終わらせにきたのさ」

 辻堂は魔術を発動し、ワイヤーで拘束した士道の力を弱らせていく。

 士道は〈怠惰〉の魔術により、力を緩められ、見る見るうちに力を失っていく。

「あんたには動かれちゃ困るんでね。そこじっとしててもらうぜ!」

 御影の見立てでは、士道の〝錨〟のタイプは〈魔力〉。自身の内から滾る力が現実を凌駕するタイプだ。

 なので、魔力そのものを奪い、現実が魔力を凌駕したと一瞬でも思わせれば、士道の〝錨〟は抜け、魔術を発動できなくなるはずだ。

 魔力を奪い魔術を発動できなくすることと、〝錨〟を引き抜き魔術を発動できなくすることは違う。

 魔力を奪われた場合は、魔術や魔力といった事象を認識することが出来る。だが〝錨〟を引き抜かれた場合、魔術や魔力は認識できなくなる。

 つまり、〝錨〟を引き抜くとは、相手の認識を歪ませる、ということなのだ。

 なので士道は今、自身からなぜ力が抜けていくのか、理解が出来なくなっているはずだ。

「……私は、これからどうなる?」

 ワイヤーに縛られた士道が、力なく問いかける。

「連盟の本部で裁判にかけられ、〈グリモワール〉から除名されるだろうな」

 俺は淡々と、士道の問いに答える。

「……それは、ワシも同じかいな?」

「君たちは〈魔術師〉のルールを逸脱し過ぎた。除名されるのは道理だよ」

 御影は水橋の肩に手を載せたまま、呆れたように言う。

「ちゅうことはアレか。ワシらは、魔術を使えなくなるちゅうことやな?」

「それから、一般社会の法にも裁かれるだろうね」

 それを聞いて観念したのか、二人の男は力なくうなだれた。

「私は、今まで自分が良かれと思ってきたことをしてきた。拠り所のない若者に居場所を提供し、私自身も楽しめる。そんな理想郷を作りたいと思い、犯罪にだって手を染めた」

「残念だったな。そんな正義、許されるもんじゃない」

「私は間違ってなんかいない。傷つき、疲れた者たちが心地よく暮らせる世界があったっていいじゃないか!」

 士道が怒りで顔を赤く染める。フェイスマスクが怪しく光りだす。

「だから私は、負けるわけにはいかない! 弱き者たちを救済するためにも」

 辻堂のワイヤーを握る手が震えた。

「ッ!?」

 すると力を奪われていたはずの士道が、のたうち回るように体を揺らし始めた。

「組長サマ、時間だ」

「あいよ」

 返事と共に、水橋の目が妖しく金色に輝いた。

 それから、士道に文字通りその目を向ける。

「なっ……どうして!?」

 すると、士道を拘束していたはずの辻堂のワイヤーが絹を裂くように破れ、〈魔導士〉が拘束から解き放たれた。

 そして、解き放たれた士道は、廃墟の床にその拳を全力で叩き付ける。

 廃墟が縦に激しく振動する。腐朽していた柱が崩れ、天井が頭上から落下してくる。

 全体を凄まじい力で揺さぶられた廃墟は、士道の拳の一撃によって瞬く間に消滅してしまった。


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