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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
10/36

9

瞬間、俺の身体に辻堂が放ったワイヤーが巻きつけられた。

 御影は、瞬時に部屋の窓をぶち破り、外へと飛び出す。

 それと一緒に辻堂も高く飛び跳ね、二十階建てのホテルの最上階から飛び降りる。

 辻堂のワイヤーに巻かれた俺も、彼女と一緒に外へと投げ出される。

 御影とローブを着た〈偽典の魔術師〉たち、そして辻堂が、崩れゆくホテルの窓から飛び出し、下へと降下していく。俺はワイヤーに引っ張られながら、彼らと一緒に地上へと落ちてゆく。

 下を向くと、ビルが今どのような状態になっているのかが良く見えた。隠れ家として使われていたこのホテルは、何者かの手によって、内側から倒壊させられていた。数秒置きに重機が衝突するような轟音が響き渡り、風圧により巻き上げられた粉塵が視界を覆う。

緻密に計算された崩し方によって、ビルは内側に向かって崩落していく。支柱を爆破されたわけではないようだが、凄まじい力によって、ホテルはその形を徐々に保てなくなっていく。

御影たちと辻堂は、足元に魔力による防護壁を展開し、速度を調整しながら下りていく。

このままいけば、この場にいる全員が地上へと降り立つことは不可能ではないだろう。

しかし、それは敵が下に居なければの話だ。

舞い上がった粉塵の中、地上から、チカチカと赤い光が瞬いた。

 その刹那、火球のようなものが迫り、俺の頬を掠め、上空へと消えていった。

 敵の魔術による攻撃だろう。おそらく、銃弾か何かの威力を〈強欲〉属性の魔術によって増幅させたものであると思われる。

 その火球はすぐに弾幕となって大量にこちらへと迫りくる。逃げ場のない空中では、その弾幕を避けることなど不可能だ。敵は容赦のない攻撃によって、完全に俺たちを追い詰めようとしているのだろう。

 攻撃を避けることができない御影たちは、先ほどよりも足元の防護壁を厚く展開し、敵の火球を防ぎにかかる。それにより、敵の攻撃を逸らすことは出来るが、このまま地上まで魔力が持つかわからない。

 地上へ到達するのはあと数秒。その間に、この弾幕が止まなければ、俺たちは全員死亡する。

 落下し続けることで、徐々に地上へと近づいていき、より相手の射程圏内に近くなっていく。下へ行くほど威力が増した火球は、相対的に薄くなっていく御影たちの防護壁を突き破り始める。

 そして、いよいよ防護壁では火球を防ぎきれなくなる距離まで、地上へと近づいた。しかし、相手も相当数銃弾を消費したはずなのに、一向に弾幕が止む気配はない。だからといって防護壁を厚くすれば、落下時の衝撃を緩める前に魔力が尽きてしまう。なので、御影たちは薄い魔力の壁で、火球の軌道を逸らすのが精一杯のようだった。

 辻堂は自分に加えて俺を庇うために大きく消耗し、魔力が尽きかけているようだ。防護壁が目に見えて薄くなっていた。俺はどうすることもできない自分の無力さに歯噛みする。

 そうして落下し続けていると、辻堂の身体の直線上に、砲丸ほどの大きさをした火球が迫った。彼女は残った魔力で、ギリギリその火球を横に逸らした。だが、完全には逸らしきれず、火球はわずかに辻堂の体を掠める。

 そして、辻堂の体を掠めたその弾丸は次に、辻堂の手から伸びていたワイヤーを断ち切った。

それにより拘束を解かれた俺は、宙空へ投げ出される。そして、空中で身体が半転回し、俺は頭から地面へと落下していく。

 地上まであと10メートルも残されていない。

 弾幕は先ほどよりも勢いを弱めていた。それでも、御影たちの残った魔力では、防ぎきるのが限界だろう。落下時の衝撃を和らげるだけの余裕はない。

 それに、俺もこのままでは地面に激突して死ぬだけだ。御影たちと違い、俺は自分の体を支えるだけの魔力を持ちあわせていないからだ。

 だから、俺は左腕をかざした。

そして、瞬時に叶えたい願いを頭の中に思い描く。

 敵の攻撃を防ぎきり、且つ、地面に激突した際の衝撃を和らげるものを俺はイメージする。

 すると、落下する俺たちの身体を、水中に浮かぶ気泡のようなものが包み込んだ。

 それは敵の弾幕を脇へと逸らし、俺たちが落下する速度を緩やかにした。

 そして、その柔らかな空気の層によって守られながら、俺たちは、傷一つなく地上へと降り立った。


「まあ、ここまでしたんやから、ヤツらも生きてへんやろな」

「全く、私は荒事は嫌いだというのに、このようなことをさせるとは、組長サマも人使いが荒い」

 喪服のような黒スーツを着たスキンヘッドの男は、咥えた葉巻に火をつける。

「あないな地下闘技場経営しといて、何言うとるんじゃ貴様は」

「闘技場の戦いには秩序と美学がある。だが、これはただの暴力だ。美しくない」

 白スーツの痩身に、炎を象ったようなフェイスマスクをした金髪の男は、大声で反論する。

「まあ、せやかてこれでワシらの安全は守られたんやから、ここで争っても世話無いやろ」

「違いない」

 土煙が晴れる。二人の男と、その部下と思われる黒服の銃士隊は、積み上がった瓦礫をもう一度確認し、何もないと分かると、揃ってこの場から立ち去った。

 瓦礫の下に隠れていた俺たちは、彼らが去ったのを見届けてから、地上へと顔を出した。

「まさか、〈魔導士〉たちの力がここまで肥大しているとは思わなかったよ」

 服についたセメントの塵を払いながら、御影が肩を竦める。

「あの二人がやったのか?」

「順当に考えればそうだろうね。あれは拳神会組長の水橋と、ムロイ山クロウズのリーダー・士道の二人だろうね」

「まさか先手を打たれるとはな。しくじったぜ」

 同じく辻堂が瓦礫を押しのけながら、俺たちの方に近付いた。

「でも狙われたのがここでよかったよ。普通のホテルだったら、ムロイ山の住民がパニックを起こすところだからね」

 俺は後ろを振り向く。先ほどまでビルの建っていた跡地には、元の姿のままのホテルが蜃気楼のように揺らめいていた。元々かけられていた魔術がまだ機能しているため、外界からは特に変化がないように見えるのだ。

「むしろ、ここだからこそ相手は狙ってきたんじゃないのか?」

 魔術によって外の空間から遮断されているため、多少大胆に仕掛けても問題ないと、〈魔導士〉たちは判断したのだろう。

「だろうね。ここで僕たちを消そたところで、数日は気付かれないだろうからね」

「だろうねって……ここの存在は〈偽典の魔術師〉たちしか知らないはずだろう?」

「でも現実にここは〈魔導士〉たちに見つけられ、破壊された」

「ってことはつまり、誰か裏切り者がいるってことか?」

 辻堂は、堆く積まれた瓦礫の山の上で、魔術をかけなおしているローブの〈魔術師〉たちを見遣る。

「いや、僕たちの中に裏切り者は居ないよ。誓約を破れば、〈偽典の魔術師〉は、その瞬間に果てることになっているからね」

「だったら、誰がこの場所を教えたんだ? 俺たち以外に知っている奴はいないんだろう?」

 御影は口音に手をあてがい、考え込んだ。

「おそらく……他の〈偽典の魔術師〉だと思う」

「他のっていうと、お前たち以外のグループの連中ってことか?」

「そう。それか、その〈偽典の魔術師〉を動かせる人間かな。連盟の中でも、睥睨坂咲哉のことを良く思っていない人間は居るからね」

「クソッ! お嬢に一体何の恨みがあってこんなことしやがるんだ!」

 苛立った辻堂は、力任せに瓦礫を蹴りつけた。

「気になるところではあるけど、今は詮索している場合じゃないよ」

 御影は深くため息を吐いた。

「拠点を壊されちゃったしね。幸いにも、死亡した仲間たちはいないようだから、作戦は予定通り行うよ」

「こんな状況でか。〈偽典〉の方も大変だねぇ」

 とは言いつつ、他人事でないことは俺も自覚している。

「あの二人がすでに結託していたのは想定外だったけどね。ムロイ山の〈魔導士〉勢力のうち、二つを一度に相手にするのは、骨が折れるよ」

 当初の予定では、一番弱そうなムロイ山クロウズを先に俺たちで潰し、それから拳神会ともう一つの勢力を連盟や警察と連携して倒すつもりだった。

 しかし、まだ交渉段階だと思われた、士道と水橋がすでに同盟を結んでいたので、最悪の事態とまでは行かなくとも、あまり良くない事態ではあるとは言えた。

「どうする? 標的を切り替えるか?」

「いや、このままでいこう。もう一つの勢力は、僕たちだけで相手にするのは危険すぎるからね。それに、これはチャンスだ。今日一日で二つの勢力を一網打尽にできる」

 御影は目を輝かせ、握り拳を作る。

「それでも十分危険だと思うが……」

「でも、正体不明の連中を相手にするよりはマシだろう? それに今のは、奴らなりの奇襲だったみたいだ。正面から潰すなら、もっと大人数で仕掛けてくるだろうからね」

 奇襲を仕掛けてくるが故に、敵も正面から戦うのに十分なだけの戦力をまだ揃えられていないはずだ、と御影は言いたいのだろう。それでも、敵が厄介な相手であることに違いはないのだが。

「どの道今日は宿無しなんだ。彼らを狩って夜明かしと行こうじゃないか」

 勝算があるのか、御影はニヤリとした。

 俺はその笑顔にゾクリと悪寒を感じながら、渋々彼らと行動を共にすることにした。

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