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退治

 夜の世界は静かだ。どこだってそうなはずたが、夜も働き続ける忙しい世界だって存在するのも知っている。しかしこの世界は全く生物の気配などなく、星のような光籠の中や草原でちらちらと光っている。光る動物達はどこか無機質で、静かに動き回る。まるで何かを監視するかのようだ。


 空を飛ぶ練習ののちにまず偵察がしたいと二人に言う。周囲の状況を知りたいのだ。出来れば攻撃にあう範囲なんかも。ベル救出時はそこまで意識出来ず、存在しか確認できて無い。


「いいけど、何処で練習するんだ?」

「教えてくれる人が居るんだ。その人のところへ行って来ようと思う」

「どのぐらいかかる?」

「一日で出来るところまでかな。

 泳ぎの練習みたいなもんだってさ。出来る人はすぐ出来るって」

「ふぅん。しっかし天使も飛ぶ練習とかするんだな」

「落下して死んでも笑いながら生き返れるからね。気楽さが違うよ」

「あ、やっぱおかしいわ天使」

「死ぬ程痛いからやだけどね」


 そんな軽口を叩きながら、明日のことを決める。昼間の周辺は兄妹が調べておいてくれる事になって、自分は危なくない空の旅の為にミカエルさんの元に飛行免許をいただきに行くことになった。

 寝るときになって兄妹が何か小競り合いをした後、妙に不貞腐れた顔でベルが部屋の端の簡易ベッドで布団をかぶった。


「お年頃なんだからあんまりからかうと嫌われるぞ」

「むしろお年頃だからだな。昨日は一緒に寝ただろ?」

「昨日は仕方なくだし。明日にはビックリさせないように飛べるようにならなきゃ」


 ハルトは昨日と同じ場所に寝転んで同じようにレンも寝転ぶ。兄妹は普段ベッドで寝るのだろうが、客であるハルトへの配慮だろう。気にしなくてもいいと言ったが笑われただけで他愛もない話をする。前日の盛り込みが嘘のような平和な日だった。一回死んだだけなんてなんで平和な――、と考えて悲しい気分になる。変な癖付けないようにしようと心に決めてその日は寝ることにした。


 早朝に家を辞して、ミカエルさんに飛び方を習いに行って来た。とはいっても一通り丁寧に教われば案外難しい物でもなく、鳥の羽根と違って折れると言う事もない。無茶な羽ばたきをしても効率が落ちるだけで飛べない事はない。全力で羽ばたけば地上ギリギリで羽を開いたとしても止まれるし、拘束された状態でも翼は展開できる。必死にならなくても飛べるとわかった時に物凄く空を飛ぶのは簡単になった。


「大体こんなものですかね」

「ありがとうございます」

「さあ天使、私を連れて飛ぶのです」

「クレイはどうせ自分で飛べるんでしょ」

「飛べはしますが、ハルトと飛びたいのです」

「二種免許取得じゃないんで」

「私有地ですから大丈夫です」

「タンデムは一年以上たたないとダメなんで」

「では時間を一年進めますね」

「やめて!」


 逃げ口上はあっさりと封じられる。別にそれ程嫌というわけでもないけれど。クレイが満足するまで飛び回って、解放されたのは一時間程経ってからである。体感ではもっとあったけど、それは気にしないことにする。

 最後に丁寧に教えてくれたミカエルさんに感謝して再びグロウラスタ戻った。


 泉を通して戻ってみると、太陽は昼過ぎであるとディーネが言う。朝のうちに仕事をして昼に出ると言っていたので今から急げば追いつくだろうか。精霊を見送ってから低めに飛び立って狩人達の家に急いだ。




「おーい。水汲み終わったぞ。罠も確認終わり」

「こっちも水撒きと手入れ終わったよ」


 森の恵みは豊富なれど。なんの努力も無く手に入れられはしないのである。

 食べられるもの、そうでないものを身を以て確かめた二人は自然の厳しさを知っている。芽吹いてきた山菜なども森の探索ついでにするつもりである。野生の動物に荒らされないように柵で囲っている範囲に


「じゃあ森に入るか」

「ん? まって、何か――」


 くる、と感覚が鋭いのは妹の方でいち早く空の彼方から飛んでくるものに気付いた。燕のような速度で飛んできたのに、宙返りをしてピタリと地面に着地する。今朝出発したばかりの天使である。


「よし! 間に合った!」

「おお。ハルト。もう良いのか」

「ああ! もう止まり方が分からないとか言わない!

 やっと普通の天使くらいになったよ」

「おお、そりゃ良かったな」

「空からの偵察を手伝える。行こう! ベル!」

「ふぇ!? あたし!?」

「確かにベルの方が目が良いからな。オレだと重いだろうし。な?」

「ちょ、ちちょっとまってよ!

 空はちょっと怖いっていうか!

 こ、心の準備が!」

「うーん。やっぱりこの前無茶したからなぁ。無理はよくないよな。やっぱり歩こう」


 ハルトが羽をおさめると、ベルはホッとした表情を浮かべるがレンからはじっとりとした視線が送られる。レンにはベルが今はもう空のことを恐れているようには見えなかったのだ。ベルも空が云々よりも翌日の朝の方が堪らなくトラウマなのである。


「ヘタレめ」

「うるさいっ……!」


 ハルトからすればいつもの、とも言える小競り合いをして、三人で森に入った。


 やたらと動物に好かれているハルトに笑いながら、森を進むと先日の沼地まではすぐ到着した。

 沼地の浅い所に踏み出したベルに突然ハルトがしがみ付く。


「危ないよ」


 耳元で聞こえた声に声を上げそうになる。森で油断をしてはいけない。自分は万全のつもりだったベルは、思わぬ伏兵に思考が止まった。

 全く動かなくなったベルをみて、レンがまた爆笑をする。ハルトに肘打ちをして逃げるように沼地を進み、慌てた結果沼に足を取られて二人に助けられた。

 失態その二である。


「もう、邪魔しないで!」


 アレはハルトが悪いのだ。いきなり密着なんかされたらびっくりする。


「近寄らないでっ!」

「わかったから。棒ぐらい持ってけ」


 この辺りの地形を把握し終わって集まるまでひとしきりぷりぷり怒り続けると、ハルトがしゅんとなってきたので仲直りの言葉を探し始める。

 しかし今更、自分が悪いと言い出すこともできずチラチラと彼を見るにとどまる。帰り道は気まずい空気に包まれていた。


「何をやってるんだか……」


 いつもお調子者をやってくれるレンにすら呆れられている。無言の抗議もできずベルも気を落としてしまう。そんな空気を一喝するように手を叩いてレンが話し出した。


「じゃあ、確認するぞ。

 森の中のあの周辺は足場が悪すぎる。暗いとモンスターに太刀打ち出来ないだろう」

「うん……やっぱり無理だよ」

「空は快適だよ。飛ぶモンスターも前は居なかったし」

「どうするんだ?」

「うーん。地上がダメなら空から油撒いて燃やしてみるとか……」

「天使のくせにえげつないな……山火事になる上にあたりの村まで被害が出ちまう。この辺りから動物が居なくなるならオレたちもこの森に住めなくなるだろ」

「じゃあ、まずは接近して弱点チェックかな。あの目が弱点でいいなら空から撃ち抜けばいいし。ベルが」

「あたし!?」

「夜目が利くしな」

「練習しよう。俺の足の甲を踏む形で姿勢作って固定すれば空から撃てるよね」

「え!? で、でも……!」

「ハルト、一旦オレを連れて飛んでくれるか?

 まずはどのぐらい飛べるのか知りたいし」

「そうか? じゃあ行こう!」

「お、おう。言っとくけどあんまり飛ばすなよ? お前は前科ありなんだからな?」

「空については法が追いついてないから大丈夫だ!」

「何も大丈夫じゃねえ! ちょっまっ……! ぎゃあああ!」


 空に連れ去られる兄に頑張れ、とにこやかに手を振るベル。助け舟を出してくれたにもかかわらず酷い扱いである。


 二人が空で騒ぐ様子を仰ぎ見て、眩しさに目を細めるベル。随分といろんな心模様を見せてしまっている事にと惑いはある。

 間違い無く心揺さぶられている。目が綺麗だなんて適当な褒め言葉に揺さぶられたり。屈託の無い性格に驚かされて年輪を感じない言動と行動に翻弄されている。

 自分達が変わる為に彼を手伝うと決めた。今更になって不安である。自分は本当に変わるのか? 一人になるとこんな事ばかり考えてしまう。

 変われるのだろうか。半分焼けた顔を無意識に押さえて、傷では無い記憶の痛みに歯を噛み締めた。




「クレイトア様。時間が掛かりましたが世界の循環は機能し始めました」

「お疲れ様ですミカエル。裁判の方はよろしくお願いしますね」

「お任せください。……あの」

「どうかしましたか?」

「なぜハルトを行かせたのですか?」

「あの子が行きたいと言ったからです。

 私の行動のどこが疑問でしょうか」

「世界を掃除してしまえば早い、と言わ無い事でしょうか。

 本来……神々ならば、その権利も力もあります。

 人は増えるもの。最低限残して最初からと言うのはよくある話ではありませんか」


 実際に見てきたやり直しの数に思いを馳せて少し目を細めるミカエル。

 神にどうしようもない、と言わせるだけの条件は揃っている。それは彼女の主神を見れば一目瞭然で、この世界は救えないほどの罪を犯していると言っていい。クレイは空気を感じてふっと微笑んだ。


「ミカエル。貴女は生粋の天使ですね。

 ハルトが選んだことをやらせているのはあの子が必要だと感じたという事に意味があるからです。

 そうですね……産まれたのがハルトで無ければ、私は作り直しを選んだかもしれません。

 この世界での希望は彼です。なりたいものになる彼を私は見守りたいと思います」

「……貴女もやはり神なのですね」

「うふふ。あと悲劇的状況で尽くされるなど、女冥利に尽きる話ではありませんか」


 神々はいつでも世界と共にあることを喜ぶ。世界が滅ぶことを悲しむ。しかし忌避すべき感情だと思っては無い。

 感情の差分を正確に理解している神々にはすべて喜ばしいと思えるのだろうか。


「貴女の感情も動いたでしょう?

 ハルトと家族のキスをして温まったでしょう?

 彼の無意識にとる貴女を気遣う行動が気になるでしょう?

 ミカエル。此処では貴女も一天使です。気持ちのままに振舞って下さい。何かあれば相談して下さい」

「いえ、あの……わかりません。舞台装置だった私の終わりからは、何もかもが違って……」


 世界の終わりの瞬間まで、彼女は何も出来なかった。世界の崩壊に繋がる改変を止め損ねた彼女はそのまま世界と共に崩れる事を選んだ。

 彼女は助けようとした世界もろとも消える事となった。

 直前までは戦いの嵐であった。神々にすら剣を向けた。そして何も残らなかった。自らの神の願いを貫き通せなかった無念が、今の自分には関係ない事と分かってもふとした瞬間心の苦痛として蘇る。


「こんな安寧を求めたのでしょう?」

「……そうなのでしょうか」

「ならばそうだと言っておきなさい。貴女は優しい天使です」

「……ありがとうございます。クレイトア様はお優しい」



 天使は神がいかに振舞おうと、神に合わせ神を讃えるだろう。それは天使の知識がその神を元に作られ、そうなるようにしているからだ。それ自体はミカエルも例外ではない。

 しかし此処に存在する彼女はクレイトアに作られた訳ではない為、神を比較してしまっている。本来ならそれを気に入らないという神も居るだろう。


「うふふ。それはどうでしょうね。私も神なので厳しいところは厳しいですよ」

「ハルトには甘すぎる気がしますが」

「ハルトは文字通り私の天使ですからね! ラブリーマイ天使!」


 己の作った天使に惜しみ無い愛情を示す神に微笑む。


「なぜ、ハルト以外の天使を作られなかったのですか?」

「人形は要らないと他の神に言った事があります。

 私に傾倒しているだけの存在では、傍に置いたところで何か変わるわけでもありません。


 私は貴女のいう優しさなど持ってないのですよ」


 その言葉に俯く。彼女は目を開けていないが心の動きを見られているような気がした。

 しかしミカエルはそれでも優しくない人とは思わなかった。人形のようだった自分より今の自分を評価してくれている。評価される対象である。それ自体が嬉しいのだ。


「意地を張った先で仕方なく作った混ざり物の存在ですが、私の初めての天使がハルトです。

 不安もありました。私に仇なすものとなる可能性もあったでしょう。もしくは、何もしない他人になった可能性もありました。


 しかし迷いながらも。


 私に手を差し出した私の英雄です。


 話を聞いて死の危険と恐怖を感じながらも私の為に地上を歩く天使です。

 私は初めから彼に愛を向けた訳ではありません。行動を強制した訳ではありません。

 しかし私の代わりに憤り、世界を飛び回っている。


 それを!


 愛さずにいられましょうか!?

 いえ、出来ませんね!

 神のプライドがなんですか!

 天使ラブ!

 私は私の天使達と此処に楽園を築きますよ!」


 ただならぬ熱量でハルト愛を語り出すクレイトアに若干押され気味に頷く。

 どうやらハルトは神様の価値を変えるほどの存在らしい。今までにあった天使不要説を一切合切を投げ捨てて、天使愛を説くようになってしまった。

 あり方が特殊な彼はやはり普通の天使とは違う。クレイトアの鏡のような優しさは彼女を戸惑わせるものですらある。同じ天使に気を使われた事など初めてだった。

 クレイトアがハルトの帰還を感じ取ったのでいつものように出迎える。こんな事ですら神は楽しそうだ。そんな神に当てられてか二人で揚々と今日も頑張る天使を迎えに出た。





「威力が足りないとか、詰んでるよ……」


 ハルトはソファーに大きく沈み込んで本音を零す。

 矢を当ててみるまでは良かった。確かに遠距離攻撃は功をそして植物モンスターを怯ませた。

 しかし、そこまでだった。致命傷ではなく、警戒されてあたりのモンスターが増えた。命からがらに脱出して今に至る。踏んだり蹴ったりである。


「うふふ。中々に不自由を楽しんでいますね」

「うーん、何かいい手はないかな」

「手助けが必要ですか?」

「クレイの手は無いから借りられないでしょ」

「そうでしたね!」

「俺が槍でも持って特攻すれば良いのかなぁ」

「私に力を借り無いのですか?」

「クレイは切り札なんだからどーんとしてないと」

「私は頼りないですか?」

「頼りないとかじゃなくて、クレイの力を借りて回収するんじゃなくて俺達が努力するんだ。こんな失敗した程度で頼れないよ」


 答えを知っていると言われると途端に反発したくなる。これは反抗期だろうか。


「あの兄妹も色々考えてくれてる。絶対攻略してやる」

「ヒントも要らないですか?」

「……欲しいです……。あ、でもクレイに何か不都合があるなら要らないよ。当然」


 色々と葛藤するような表情でハルトが言うと、堪らなく溢れてきた感情のままにぐりぐり頭を押し付ける。

 戻ってきて早々ハルトの上に座る事を所望して上機嫌にそこに収まっていたが、機嫌のいいままにハルトに甘えている。


「うふふふふ!」

「な、なに? 今日は凄いご機嫌だね」

「私の天使は可愛いなあ、と噛み締めているのですよ!」

「え?」


 彼女がご満悦なことにハルトは首をかしげる事しかなかったが、すぐに続けてヒントを話し出した。


「ヒントは山です。窪んだ土地ですから」

「やっぱり高低差で埋めるべきなのか……」

「貴方の友人達はなんと言っていますか?」

「ベルが何か見たって言ってた。植物の目の奥の所が強く光ってるとか。もしそこが弱点でも、普通の弓矢じゃ届かないって」

「そうでしょうね」

「丸太を持って突進とか」

「攻城戦でもあるまいし、そもそも貴方が突撃する必要性がありません」

「でも、武器にしたってやる事は同じだし」

「ミカエル、これは免許の続きをやる必要があると思いますが、どうでしょう」

「そのようですね」


 二人の会話に首をかしげる。空を飛ぶ免許は貰った気になっていたのだ。人並み程度の知識ではこれ以上何が、と思うばかりである。それでは、と言ったミカエルに向き直ってハルトは背筋を伸ばした。


「天使の羽には、飛ぶ能力があります」

「はい」

「そしてもちろん、飛ぶ以外の力もあります」

「翼は飛ぶ為のものでは?」

「手となんら変わりありませんよ。できることはまだあります。

 それは自分が飛ぶと同じく、飛ばすことです」

「飛ばす?」

「言った通りの力です。

 物や自分を飛ばす力。翼とは本来そういうものです。

 地上種でいえば空気を掴みかき分けるための器官です。


 しかし天使の翼は神が貴方に与えた現象の一つです。

 貴方が飛ぶのと同じように、何かを飛ばすとこができる。


 貴方に与えられた“翼”は“空を駆る権限”なのです。


 それが本来の天使の翼の本質なのです」


「空を駆る権限……」


 唐突に説明される能力に頭がついていかない。


「貴方には実際にできることを見せた方が良さそうですね」


 俺の様子を見た彼女はそう言って席を立つ。

 彼女に続いて、クレイを連れて俺も外に出た。




 いつもより強めに風の吹く丘の上で講義が始まった。


「さて、飛ばすとはこの風に草を乗せるのと同じことです。

 ではまずこの枯葉で試しましょう。

 この枯葉を五十歩分ほどまっすぐ飛ばしますね」


 特に何か動くこともなく、葉を手の上に乗せたままにしてから、さっと風に乗せるように葉を落とした。

 葉は風を受けると風を躱すようにヒラヒラと動き回る。しかし彼女が飛ばした葉は――。

 真っ直ぐに五十歩の距離を飛んで行ったあとは風に任せてヒラヒラと舞って消えていった。

 ミカエルさんは、続いて小石、拳大の石と続けた後剣を出した。


「そ、そんな大きさでも出来るんですか?」

「この大きさだと少し工夫が必要です」

「工夫?」

「私なら高く放るか、そのまま投げますけどね」


 そう言いながら軽く放り投げて、から空中で何かに掴まれたかのようにピタリと止まる。そして斜めに、目的の場所に一直線に進んで炎となって消えた。


「これが飛ばすの事象ですね」

「俺でもできますかね?」

「はい。翼で風を受ける感覚を覚えていますか?」


 風に押されると言うか空気全体にフォローされると言うか。翼だけで飛んでいるわけでは無いのは何となく分かっていた。


「何となく翼力と風なのはわかるんですが」

「翼から身体に何か流れてくるのを感じませんか? 浮力の様な、身体が浮き上がる力です」

「あ、わかります」

「その力は他の物に付与することができます。手の先や触れた場所からその物体を意識して下さい」

「意識するとは?」

「指の延長だと思うように。あるいは貴方が着ている服のように思えるようになってください」

「所有物と思えばいいんですね」

「もっと身体の一部のように思ってください」

「なる程……え? それ難しくないですか?」

「天使の領分ですから。実際貴方なら難なくやる事ができますよ。人は修行を積み己を研鑽する事でこの領域に達する事ができますが、天使は感覚器の一つとして自分以外の認識をする物体認識感覚が有りますからね。

 あなたも飛んでいるときの感覚を理解出来るなら正常にその機能は働いています」


 掌に収まる石を手に取って、目を閉じて意識してみる。冷たい、固い、軽い。そんな情報が頭に届いたのちに、ぶわっとその中身の情報が入ってくる。

 案外空洞がある。結合度も強く踏みつけると壊れるのが分かる。


「あ、なんかわかるかも」

「では翼力の繋ぎ込みですね。

 翼から流れてくる力を自分ではなく、手先に集中して、石を飛ばしてください」


 翼を開くと意識しやすいようにと翼の付け根と、肩に手を置かれる。ここを通せという事なのだろう。

 置かれた手の感触を頼りに羽根の力を動かす。無意識にやっていた事を意識的にやると急に難しく感じる。何度か力を送る前に回路を締めて流れなくなって力を抜いたり送り過ぎて石と一緒に空高く飛び上がったりしながら、漸く石だけを飛ばせるようになった頃には丸一日を使ってしまっていた。

 どうも寝なくていいというのは時間の感覚が狂ってしまう。

 使って慣れなければいけ無い類の物だ。知ら無い武器を振るうとか聞き手の逆で文字を書くとかボタンをはめてみるとか。そういう慣れ無い事をやっている感覚が強い。

 天使の感覚器か……変なのがついてるなあとハルトは思う。これを使うと他の物と飛ぶ負担を減らせる。だから人を抱えて飛べるのだ。必死で逃げた経験の中で、あまり覚えてい無いがあってよかった。そんな事を考えながら、また地上へと足を向けた。




「これは流石に無理か? 長弓が要るな……」


 倉庫から出てきた貴重な矢を並べる。一番長い鉄の矢は今手持ちの弓では使えそうにない。

 二度目の逃走から、全員で反省を行うとやはり威力不足が議題だった。手持ちを探す為に久しく蔵を漁る事にした兄妹は埃だらけになりながら槍や大小様々なナイフを並べた。


「長弓もあるにはあるけど……鉄の矢はそんなに飛ばないわよ。というか、使った事ないんだら当たんない」

「当たる算段! 天使ハルト到着!」

「ああ、おかえりハルト」

「お、おかえり。どうだった?」

「うん、なんか天使の力の使い方教えて貰った」


 二人に力を説明する。実践を交えた段階で二人から感心の声が漏れた。


「天使ってなんでもありだな!」

「あはは! なんでもあるのかもしれないけど、植物モンスターが倒せないんだなーこれが」

「全く……戦いの技能はないのか?」

「これっぽっちもないよ。素振りから頑張る」

「まぁ、それはいいか。

 じゃあ策は決まったようなものだな」

「ああ。今日はどれがどのぐらい届くのか知りたいのと、俺が放ったわけじゃない武器の場合の検証かな」


 どこまで届くのか、これでやはり立つ位置は決まってくる。高台に立つのは距離と威力不足を補う為。

 検証の試行錯誤は中々時間をかけることになった。二人の狩りについていき、通常の狩りでの効率を試す。結果、絶対命中であるとわかると同時に、二人は暫く狩りに出なくていい程度に獲物を捕った。


「正直やり過ぎた。捌くのめんどくせえ」

「ええと、シカは干し肉にして、このウサギは使っちゃおう。ハルトも食べていってね」


 レンとベルは各々テキパキと仕事をしていく。それを武器を拭きながらハルトが眺める。回収した矢の再利用の為に着いた血を水で洗い流し、拭いた後軽く天日干しを行う。その程度の仕事しか手伝うものがない。

 乾かすついでに翼力でクルクル回して弄ぶ。ある程度の動きも付けられる。ジャイロ回転の矢なら威力がありそうだ。


「あ、そうだ。回せば良いのか」

「どうしたー?」

「威力の簡単な上げ方をもう一つ思い付いた!」

「まー確かに当たるようにはなったが、実際威力はいつも通りだったしな」

「回転は石で試してみるよ……あ、難しいかも」

「なんでだ? 回すだけだろ?」

「狙うのが同時だと意識が分散するから、回すのは無意識に出来ないとなー。

 二人とも、右手で四角、左手で三角を同時に書き続けてみてよ」

「ええと、四角、三角、同時に……あ、う、うぅ!」

「こうだろ」


 ベルが混乱して苦戦する中、スイスイと四角と三角を続けるレン。と見せかけてすぐに両方四角だ。出来てない、とベルに指摘されて笑いあう。


「両手で違うことをするのは以外と難しいんだ。それと同じで、回転しろって思いながらあれに当たれって思うのは難しいじゃん?」

「確かに」

「まぁ、慣れるまでちょっと練習してるよ」


 最初はちょっと痛そうな音を立てて木の幹にぶつかるだけだった石が、徐々に木の幹を削り出し、刺さるようになってくる。

 飛ばす能力は一旦自分が触れる必要がある為、超能力的に手をかざすと飛んでいくようかなかたちでは使えない。権限を付与する力が有るのは翼なのだから。もしかしたらミカエルさんクラスになるとできるのかもしれないけれど、そこは初心者丸出しの自分が高望みしても仕方ない。地道に励むのみである。


 ガン! と音を立てて木にめり込むようになったのは夕方である。その成果に一先ず満足して、夕飯に呼ばれる事になった。レンは解体で疲れたのかぐったりと寝転がっており、ベルが具沢山の鍋をかき混ぜている。


「お帰りなさい」

「ただいま。いい匂いがする」

「今日はハルトとレンが頑張ってくれたから奮発したの。レンも疲れてるし、一緒にもう少し待ってて」

「楽しみだなぁ。なんだか今お腹減ったよ」

「頑張ってたもんね。どう?」

「まだ焼き付け刃だよ。小石が木に刺さるぐらいにはなった。あとはまあ、大きさでカバーかな」

「そっか……。今度こそ倒せるといいね」

「うん。あの人も喜ぶよ」


 ハルトはそう言ってから食器を出すのを手伝い始める。それ以上手伝えそうもなかった為、大人しくレンのそばに座って待っている事にする。

 二人の暮らす猟師小屋はだいぶ改造されていてる。まず大きな部屋が一つ。ここは入り口から五段ほどの階段を靴を脱いで登る。そこには二段ベッド、机、とこの小屋のメインの施設がある。床は大きな獣の皮が敷いてある。


「なあ、ハルトは天使なんだろ?」

「半分はそうだよ」

「人間が食うものとか食べて大丈夫なのか?

 食ったら出るものもあるだろ?」

「それが、別にそうでもないかも。

 神様曰く、人間ほど体内器官は弱くもないし、変換できないエネルギーもないんだって。土に還す必要が無いから体がいろんな力を作ってくれてるみたいなんだ。主に翼の力とからしいけど。

 食事しないならしないで、周りから勝手に取り込むから。これは植物っぽいよね」

「どうなってんだお前の体は」

「木みたいなもんだよ。水と光で勝手に生きるみたいな。

 あと、翼は浄化も出来るって言ってたよ」

「なんでもありかよ」

「まだまだ使いこなせてないけどね」

「半分は人間か。たとえば人間と恋愛や結婚は出来るのか?」

「え、さあ。考えた事もなかったけど。

 寿命が違う種族の恋愛は、悲恋になりがちだよ。俺がずっと若いままで相手が老いていくのはお互い辛いだろうしね」

「そうか……そういうのもあるな」


 レンがそう言って体を起こすとテーブルに座った。そこからは何気ない話へと変わって、すぐにウサギ汁が到着した。鶏肉みたいなサッパリした味で美味しかった。少ない調味料でここまで美味しいのだから彼女が苦心しているのだろう。


「ご馳走様でした」

「その挨拶は?」

「作ってくれた人たちに感謝する言葉だよ。食事を作ることもそうだけど材料集めも、道具を揃えるのも誰かの苦労だからね。

 当たり前のように感じるけど大切な事だし、こういう習慣のある所もあるんだよ。それに倣ってるだけ」

「はは。いいなそれ」


 朗らかな空気の中で、レンとベルは気恥ずかしそうに笑う。

 突然の感謝は新鮮に感じた。人の感性に近い天使が、夜の偵察に出たあと二人は片付けを行ってから一息ついた。




 開けて翌日。快晴の空の下で兄妹は農作業に勤しむ。暫く狩りを行う必要はないため、家の周りの仕事をこなした。ハルトは投げる練習をひたすら行い、大体形になったのを全員で確認をしてから作戦決行となった。


 辺りが薄暗くなってきた頃に、彼らは一番か高さのある山の頂上にいた。ここまでは飛んできたためほぼ時間は掛かっていない。天使は荷物運びという雑用に追われ若干疲れ気味である。山頂では二人を待たせていて、荷物の槍一本と長弓と鉄矢とレンの荷物を持って再び天使が降り立つ。何が入ってるかは知らないがサバイバル道具のようだ。


「それじゃあたしからね……」

「よし……頑張ろう!」


 ハルトは言いながらベルの後ろに立って手を添える。


「ね、ねえ、飛んでないからそんな、くっ付く必要無くない?」

「発射する瞬間がわかったほうがやり易いんだよ。だめ?」

「ダメじゃないけど……」

「お、来たぜ二人とも。親玉出現だ」


 レンの声に二人で表情を引き締める。

 この作戦で一番痛みを負うリスクがあるのはハルトである。

 もちろん鉄の矢で目玉を貫通した所で敵が死なない可能性があるのはわかっている。

 だからハルトがあそこに行くしかない。

 自らの命を盾に、小箱を手に入れに飛ぶのだ。どうせ死なない。彼は朗らかに言うが兄妹は苦い顔をした。やはり本当の意味で彼を助けるには自分たちでは力不足なのだと。


 はじめはハルトの息遣いを感じて軽い混乱を起こしていたベルも、気恥ずかしいと思う程度に収まっていた。自分に寄り添ってくれることは心強いものだ。この一矢も当てることは考えなくていい。

 鉄の矢は一本しかなかった。鉄の鏃さえ付いていれば基本的に矢全体が鉄である必要はない。基本的に狩猟には必要ないものだ。何故あったのかなどもはや知る由もない。

 なん度も繰り返してきたこの動作にいま、想いを込める。せめてハルトに負担をかけないために、極力あたしがあててやりたい。

 集中するといままでで一番世界が見える。ハルトが矢を回し始めると軌道が安定して、飛び方が直線的になる。幸い山の上でも風は少ない。


「――ふっ!」


 ビシュゥ! 回転とともに風を切り鉄の矢が飛び出す。同時にハルトも飛び出してその矢を追いかけた。背中にあった温もりに少し寂しさを感じる。


「合図頼む」

「わかった」


 後ろに下がるレンに頷いて、天使の後ろ姿を目で追い続けた。




 矢のように飛び出して自分は低空飛行でモンスターに近づく。あのモンスターは視野が広いわけじゃない。

 飛び出してくる蔦を避けながら、最速で根元まで翔け抜ける。


 飛びかかってくるのは発光する蔦だけではない。狼のようなモンスターも木々を移動して飛びかかってくる。


「うおおおお!!」


 目当ては箱だけだ。目の奥にあった光の正体は聞いている。アレは神性のはいった小箱だ。あの光を撃ち抜くために、この威力が必要なのだ。

 俺が一緒に飛ぶのは、囮も含め、回収までが素早い必要があるからだ。

 目の前を横切って完全に此方に注意を引き付ける。蔦に捕まったが、ハルトは笑う。


「いっけええええ!!」


 バシュ!!

 矢とは思えない勢いで鉄の矢がど真ん中を撃ち抜く。パシャっと水音を立てて反対側に何か白い物体が抜けた。そちらの方へと飛ぼうとしたが、植物モンスターの力で思い切りあらぬ方向へと投げ飛ばされる。


「うおおああああああ!?」


 ぐるぐる回転しながらも、すぐに姿勢を整えて反撃の体制に出る。小箱は奇跡的に沼の浅いところに落ちていて、それを回収するための蔦が伸び始めていた。

 ハルトの方には追撃の蔦が執拗に邪魔をしてきていて、思うように近づけない。


「ぐっ! でも! まだだ!!」


 もう少しで、蔦が小箱に届く時に、先程よりも質量のあるものが小箱にぶつかってさらに遠くへと飛ばした。


 ハルトは沼の外周を飛んで追撃を躱す。蔦がハルトを追って水柱を立てるが来た方向と真逆の位置で、真っ直ぐ折り返す。ちょうどその位置に向かって飛んできていた小箱を顔面で受け止めてから、真上へととびあがる。


「ぐおお! いってえ!」


 二撃目の槍はレンの投げたものだ。あの槍には持って来た時点で飛ばす為の権限だけ渡してある。予備として投げてもらったがこんな形で役に立つとは。

 小箱は小刻みに白い光を放っていた。これで一つクレイに返せると思うと感極まってくる。

 これを天界に返すには雲より高く飛び上がってクレイに捧げればいいらしい。蔦の最後の抵抗を振り切って、静かな雲の上に到達した。


「クレイ!!

 取り返した!!


 一つ目だ!!」



 箱を掲げると、太陽のような光が生まれてあたり一面に光をもたらす。雲を押しのけて円形に穴を開けて箱は一陣の光となって天へと還っていく。モンスターは役目を終えて光の柱となって消え、周りで大量に発生していたモンスターも同様に霧散した。穏やかさが戻った森の中で兄妹は天使を見上げていた。


 大きな光の翼が現れて彼を包みこむように収束した。

 その奇跡のような光景は長くは続かなかったが兄妹の目に焼き付いて離れない綺麗な光景であった。


 光の余韻を携えて、ハルトが戻ってくる。二人はいままでにないほどの神聖な空気の中で言葉を失う。


「つっかれたー……」


 そんな、いつもの彼の様子に同時に苦笑した。

 天使がいるという奇跡は、本物である。


 そして、旅が始まる事を二人は確かな予感を感じる事が出来た。

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