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天使と友人

 僕はハルト。記憶を失って森の中に住んでいたんだけどひょんな事から女の子と出会い、世界を救うたびに行く事になりました。最後の戦いは苦戦したけれど、秘められた力である天使化によって不死の体を得て、見事魔王を打ち破ったのだ。


 とかなるのが普通の王道物語だろうか。それはそれで顛末が気になるが、彼は墜落した跡地で再生して、ゆっくりと体の確認をしている途中に自分に羽がある事に気が付いて悶えた。人間の知識のまま天使なのだから空を飛ぶ発想などとっさに出ない。

 くそう。これは見なかった事にして欲しい。


 森の中で一人。絶体絶命は継続中である。そう言えばメダルを一枚拾った。何が起きるごとに貰えるのだろう。命の危機とかだと嫌だな、と思いながらポケットにしまう。

 近くにあった手頃な切株に座って一息ついた。次はどうするか。様子を見て一旦帰るつもりだったのだけれど。

 天気は曇り。空を見上げて雨が降るとやだなぁと零す。

 近くの茂みからガサガサと音がして気怠げに振り返る。


 熊と目が合った。


 しかもなんか青い。濃い青に白いV字が胸にある。ツキノワグマ的な何かに違いない。


「め、め目を合わせて、後ろに下がるんだっけ……」


 青白い顔で適当なことを言う。熊に食べられる結末は考えていなかった。そう、野生動物は危険なのだ。森の中なんてカッターシャツ着て入る場所じゃない。ストライプが迷彩にならないか。あれは距離感や向いてる方向を狂わすものだったか。

 ここは死んだフリか?

 考えを巡らせていると、ふと後ろにも気配があることに気づいた。天使は根が家猫並の無警戒さなのである。

 番いの熊に囲まれて再び絶望する。顔を下げて鼻を鳴らす熊に喉を鳴らすがまだ噛み付いては来ない。二頭ともお尻あたりを念入りに嗅いでいる。


(なんだこの状態……!)


 冷や汗をだらだら流している間もお尻の匂いだけを熱心に嗅がれる。

 考える人の格好でただただ股間付近を嗅がれ続けながら、必死に耐える。


 暫くして熊同士が視線を交わした後、ジャケットの裾が引っ張られた。


「え。な、なに? 付いて来いって?」


 熊に引かれて森の中を歩く事になった。

 森は静かであまり動物の気配は無い。暫く行くと綺麗な水場が現れる。幅にして15センチぐらいの川からサラサラと流れ込む水が小さな泉をつくっている。

 熊達は泉のほとりに座り込んでしまう。



「ようやく見つけたわぁ」


 ばしゃぁ、と水が球体を作る。この感じはまさかと思ったらそのまま人魚の形に変わった。半球体の水の塊の中に下半身を泳がせてながらこちらを見て笑う。


「ウンディーネさん!」

「ハルト君。夜が来るまでに見つかってよかったわぁ。さっきはゴメンなさいね、女神を嫉妬させるような事を言ってしまって。

 天使が落下死したって泡吹いて倒れてたわ……」

「……変なところを見られてしまったようですね。

 もらったばかりの羽に全く気付かなくて、無駄死にしましたよ」

「あっははは! そうだったの?

 大変だったわね〜。これは確かに幼子だわぁ」

「ほっといてくださいっ」

「反抗期ね〜」


 これは長々とからかわれるパターンである。ぐぬぬ、と唸って、から肩の力を抜く。まぁ、言われている通りまだまだ中途半端なのだ。自分だけでなんでも完遂出来るとも思えない。


「……この熊達は?」

「ここら辺で水を飲みに来た子達に、迷子の天使の子を見つけたら連れて来てくれるように頼んだのよ」

「こんな事もできるんですね……」


 有難うと恐る恐る背を撫でると気にすんなとばかりにひと舐めされた。こう見ると可愛いな熊。

 用が終わった為かのそのそと森の中へと去っていく。田舎の爺さん婆さんみたいだなぁ、とその背中を見送った。


「流石精霊様です」

「あら。お世辞を言ってもなにも出ないわよ?

 じゃぁ、私が泉の管理をする事になってるから帰る時は水に語りかけてね。

 雨が降っていればどこでも。普段はこのぐらいの水場が有れば対応出来るわ」

「川や水溜りだとダメですか?」

「溜まる場所じゃ無いと安定し無いのよ。

 水溜りも水の量次第ね。あんまり汚いと無理だし」

「滝壺や入江は?」

「大丈夫よ」

「海上は?」

「ふふふ。海は私の世界といっても過言じゃ無いわ。嵐でも渦潮でも迎えに行ってあげる」

「わかりました。色々ありがとうございます」

「いいのよ。困った事があったら頼ってね」

「はい。あ、早速なんですけど一つ聞いていいですか?」

「ええ。何かしら」

「この辺に街か、村は無いですかね」


 人のいる場所に行かないと何も出来ない。まぁ、行って本当に何か出来るかもわからない。大口叩いたのでせめて原因は突き止める手掛かりを得なければ格好がつかない。


「そうね……あっちの泉に、何処かに住んでるの子達が水を汲みに来るわ。送りましょうか?」

「じゃぁ、お願いします」

「はい。じゃあ今度は逸れないように手を繋ぎましょうね」

「さっきは余計な事させようとしてたんですね……」

「抱きついてきてもいいのよ?」

「またクレイに嫉妬されちゃうよ」

「女神様を愛称で呼んでるの? 私は?」

「え? じゃあ……ディーネさん?」

「呼び捨ててくれないの?」

「……わかりました。

 よろしく、ディーネ」

「うふふ。よろしくね、ハルト。

 貴方の純粋な願い、叶えるまで頑張りましょう。最初の握手は私で我慢してね」

「流石に女神もそこまで些細なことは気にしないでしょう……多分」


 クスクスと笑う水精霊に手を引かれ、水の球に包み込まれる。ばしゃっと音がしたかと思うとすぐに次の場所に着いた。

 先ほどの場所より茂みが深くはない。人が来ているからかある程度道が見える。


「着いたわ」

「早いですね……ありがとうございます。

 ではこの辺りの探索をしようと思います」

「あ、待って。夜には一度戻りなさい。

 モンスターが出るわ」

「モンスター?」

「知らないわよね。モンスターは無差別に自分達以外の存在を襲うわ。

 原因はわかっていないのだけれど森や街の周辺でよく見られるわ。

 普通の動物達と違って夜にしか現れないの。形は色々ね。熊や狼から大蜘蛛や腐乱死体の様なものまでさまざまよ。

 得に固有名を与えられるほどの奴は絶対に戦ってはダメ」

「倒すと何か得られる?」

「何も得られないわよ? 空気のように霧散して消えてしまうの」

「厄介な……」

「水場の近くに居てくれれば助けられるけれど、そうでなければ無理だから無茶をしないでね」

「わかったよ。有難うディーネ」


 そう言えば竜やなにやらと沢山いる世界だ。モンスター程度いて当然か。原因不明とは。調査の手が足りないのか? しかし、夜限定とは珍しい。こういうファンタジーでは昼夜問わず常に何処からかわいてくるのが普通だろう。

 素材を落として、新しい武器とか。お金を落とすなんてありがちだけれど。直面するとお金を落とすのはおかしい。ゲームルールに侵されている知識だ。

 天使の感覚で言えば、モンスターと聞いてもなにも感じない。この世界にあることの一つと言うところだ。人間で考えると保身や逃避をしたくなる。まぁ、当然防衛しなければやられるだけだ。ハルトとしては本当に夕方には戻るべきだと考える。


「夕方には戻ろうかと思います。初日ですし。多分モンスターに会う好奇心は抑えた方が死にはしないのだと思いますし」

「それがいいわね。森を歩き回って戻ってこれるかしら?」

「……道を外れない様にします」

「そうね。いってらっしゃい。

 動物も変に刺激しないのよ」


 女神の過保護がうつったかの様に世話を焼かれてしまう。しかしあれは親切心だ。老婆心ともいう。産まれて1日。見た目は大人。中身は世界一ビギナー。コントローラーの配置確認から。つまり何も安心できない。もう少し世界についての知識を貯めてくるべきだったかと思いつつ手を振ってディーネと別れる。


 道なりに歩き出して、穏やかな森を歩く。この辺りは動物が多い。

 小鳥が頭や肩に乗って来て俺のわからない会話を楽しんでいるようだ。止まり木に選ばれたのは光栄な事だ。手を伸ばすと際限なく集まってくる。

 上手くもない鼻歌を歌いながら道を歩く。

変な葉っぱや見た事もない虫に目を取られて足を止める。世界の生態は未知なものばかりだ。それを発見するたびに楽しくて仕方ない。

 一角のツノが生えた鹿をみつけ、警戒されつつも撫でる事に成功した。割とふわふわした毛並みが珍しく毛並みを堪能していた。

 本来の目的を見失っており、その事にも気付く前に声をかけられた。


「お、おい」

「え? あ……」


 鹿が逃げて残念な声を出すと振り返る。若い、ハルトと見た目の年頃は同じに見える青年と出会った。

 赤髪の青年は弓と剣を持ち、狩りに出掛けているというのがわかる。腕や体がそれらを扱うために鍛えられているのがわかる。精悍な顔が少し不安げにハルトを見ていた。


「あ。これはすみません。狩りの邪魔でしたね」

「……お前は何故こんなところに?」

「俺はハルト。ただの旅人だよ。最近変な道に入って適当に歩いてたらここに着いたんだ」

「そんな軽装でか」

「魔法が使える仲間がいるから。

 君はこの辺りの住人か?」

「そうだよ。こんな森の深くで人に会う事になるとはね」

「森はモンスターが多いのによく住むね」

「貧乏人には町の方が住み辛いからな」

「そう言う町もあるのか」

「あるんだよ。その格好、この辺りの出身じゃないな」

「この服か。気付いたら着てたな。見た目程高い服じゃ無いよ。持ち物も何もないし。

 熊に引っ張られてほつれてる」

「く、熊か……よく生きてたな」

「確かに二匹に挟まれて股間を嗅がれまくったけど、よく生きたよ俺」

「っははは! 何だよそれ」


 何時の間にか眉間のシワが薄れ、笑う事が多くなる。

 なんとなく仲良くなれそうな気がして、ハルトは言葉を崩して今まで起きたことを話す。あまり突っ込んだ事情を言わなければ、時間をかけて起きた事件だと思ってくれるだろう。全部さっき起きたとは口が裂けても言え無い。


「そんなにどんくさくて森で良く生きてられたなぁ」

「動物には好かれるタチみたいで。

 ああ、ごめんな。狩りに行くんだろ。俺は道沿いに散歩してるから気にし無いでくれ」


 彼の装備は剣と弓。状況からして今の鹿を狙ったのではと推測したが、目の前の彼は頭を横にふった。


「いや……一角鹿が畑を荒らしてい無いならいいんだ。初めは襲われてると思ったんだが撫でてたからな。ずいぶん驚いた」

「あ、やっぱり野生の鹿だったのか」

「気性が荒くて飼えないからな。

 まともな神経をしていたら近づかない」

「……まぁ、迂闊なのは認めるよ。野生動物を刺激するなって言われたから撫でるだけにしたんだ」

「うん、その注意の場合撫でる事が刺激だな!」

「あっ」


 そこで耐えきれなくなった彼が大爆笑を始める。


「あはははは! な、何だよそれ、くくっ!

 どんだけ動物に好かれるのに自信があるんだよっ」

「ふふふ。俺のとっておきを見せてやろう」

「なんだ」

「俺は木になれる」


 そう言って両手を伸ばすとバサバサと何処からともなく鳥が集まってくる。両手いっぱいに集まって、最後に頭に青くてでっぷりと太った鳥がとまる。


「どうだ!!」

「ぶっははははは!! すげぇ!

 えほっ! ゴホッ!」


 得意げに言うハルトに腹を抱えて爆笑する。ひとしきり笑って、彼は手を出した。


「くくくっ! こんな笑かされたの久しぶりだぜ。

 オレはレンだ」

「ハルトだ。よろしくなレン」

「ハルト、よければその特技ウチの妹にも見せてやってくれないか」

「おや。妹がいそうな顔して無いのに」

「うっせーよ。言っとくが可愛くは無いぞ」

「別に見た目程度で今更怖気付かないよ。

 何か病か?」

「……まぁ、似たようなもんだ。あんまり根掘り葉掘り見た目について言わ無いでやってくれ」

「分かったよ。木で待ってるから早くね。鳥って結構重いんだ」

「わかったよ!

 ベル! ベル!」


 バタバタと家に入り込む彼を見送ってからさて、と気合を入れて特技になってきた止まり木にの必殺技の格好で彼を待つことにした。



 家の外が珍しく騒がしい。跳ね上げの窓の隙間から、久々に楽げな声が響いていた。

 ここ最近は自分が塞ぎ込み、少し病気がちだった事もあり、兄に迷惑をかけていた。

 兄妹の二人暮らしの為に小さな廃屋を修復して暮らしていた。それがもう二年前からだがなんとか二人でやってこれているのは狩人の父の教えを受けて育ったからだろう。

 森の中を選んだのは、自分の姿を隠す為。それについて来させてしまった兄を申し訳なく思う気持ちが、日に日に大きくなってきていた。この世界で生きる事に疲れたのだろうか。

 とある町の端で、猟師や農家をやっていた普通の両親の元で産まれたあたし達は普通に幸せに暮らしていた。兄は両親を楽にさせる為剣を学び兵士になると意気込み、町でも有数の剣士となり有望視されていた。あたしは父と母の手伝いで天真爛漫に育ち、弓だけは父よりも上手く扱えて舌を巻かれせていた。

 そんな、何気無いあたしたちの暮らす町の一角で火事が起きた。

 寝ていた間に起きた火事で、父は狩りに、兄は兵士の試験に出て数日帰らなかった時だ。気づくのが遅れたのと、入り口や勝手口から日が上がり脱出に手間取ったあたし達は瓦屋の崩落に巻き込まれる。私を庇った母が死に私は顔に醜い火傷を負った。

 さらに不幸は重なった。試験を止めてとんぼ返りしてきた兄と火傷で動け無いあたしに父が狩りの途中で帰ろうとしてモンスターに襲われて死んだという話が舞い込んでくる。ひと山向こうだがこちらの火事が見えたのだろう。夜はモンスターが徘徊していて出られ無い。朝方でも森の中にはモンスターは長く残る。きっとそういうものに襲われたのだろう。

 私達二人は孤児となった。近隣の人達も同じような目にあった。そして散りじりにつてを頼って消えて行った。私達はそこに残るしかなかったが税が払えなければ村を追われる。治療所を追われた私達は村を出る事になった。

 森のモンスターが多すぎて使えなくなったと言う父の昔話を辿り、この忘れられた猟師小屋で二人で生きていた。


「どうしたのレン。随分楽そうだったけど」

「凄く変なヤツが来た」

「変な人?」

「悪い意味じゃないさ。オレが腹抱えて笑わされた程度には面白いやつなんだ」

「気にはなるけど……私は人前には……」

「大丈夫だ。あいつはそう言う偏見しないってよ。抜けてるけどいい奴だ」

「口ではどうとでも言えるし……」


 治療所では知り合いがしきりに心配してくれた。あの時はショックをたくさん受けて、軽く喋れ無い状態にもなっていた。

 その状態では、そもそも近寄ら無い者も多かった。いつもはうざったいぐらい話しかけてきていた男ももう何も見え無いかのような態度を取っていた。それ程醜悪な姿になった。だから、他人と会うのは怖い。包帯でグルグル巻きになっていても隠しきれ無い火傷を見られるのがいやだった。


「そうか……めちゃくちゃ面白いのに」

「何が面白いの?」

「初見だ」


 兄の真剣な肯定に呆れる。


「なにそれ……」

「こっから覗くだけでもいいから見てみろよ」


 半笑いの兄に少しつられそうになる。

 興味が湧いておずおずと扉の隙間に向かった。


「そ、それくらいなら……」


「「ぶふっ!!」」


 アフロ頭のような鳥が頭の上でふんぞり返っている。そんな彼がゆっくりと振り向いて笑うとそれにつられて二人で笑った。

 お世辞にも森を歩けるような強さを持っている人には見えなかった。茶色い髪、

 久しぶりに、涙が出るほどお腹を抱えて笑ってしまい、思わず扉を押し上げてしまった。


「や、こんにちは妹さん。旅人のハルトです。どーぞよろしく」

「……ど、どうも……妹のベルです……変な格好ですみません……」


 途端、笑いが引っ込んで引きつった笑みになる、

 きっと気味が悪いと思われただろう。包帯でグルグルと巻かれた隙間から火傷のあとは見える。

 ハルトは笑いが取れたことに満足して頭の鳥はそのままに彼女の元へ歩み寄る。

 ハルトにじっと見られて勝手に傷つく。最近はこんな事ばかりだと仄暗い気持ちになる。


「何か?」

「や、綺麗な目の色だなって。水色の宝石みたい」

「え?」

「あ、ごめん。失礼だった」

「いえ……母譲りの、目なんです」

「俺は似てるかどうかもわかんないなあ。

 生まれてこのかたあの人は目が見えないみたいだし」

「え、目も見えないのか」

「手も足もないし目も見えないよ。触っても感覚がわからないし、味も匂いも」

「お、おいおい、それって……」

「でも、凄い喋るよ。

 俺を天使だと言って憚らないし、お世話してくれてる人にも感謝してる。

 心の強さは、世界一だよ」


 二人で唖然と彼を見る。

 あたしはそんな状態で生きたいと思えないだろう。優しい兄に殺せと言ってしまうかもしれない。

 その話は一旦終えて、キョロキョロと彼は辺りを見回す。


「この辺りの見所はどこかなぁ。自然がすごく綺麗でたのしいんだけど。

 この奥の泉は見たんだ」


 彼はすごく自然に語りかけてくる。目が輝いていて本当に自然が好きで見て回っているのだろう。この自然に囲まれていると見所と言われてもいまいちピンとこなくなる。


「み、見どころ……? ど、どこだろ、レン」

「ウチの裏の木に登ってくか?

 この辺りじゃ背が高い方で結構遠くまで見える」


 確かにこの家は大きめの木の下に建てられている。辺りを見回すためだ。確かにこの辺りの森を一望できる。

 彼は目を輝かせて是非に、と言った。私を気持ち悪がらない。かと言って無視もしない。あたしを前にして普通の人である事があたしには異常にも思えた。でも、こんなにも純粋に世界を楽しんでいる人を前に、そんな思いはすぐに消えていく。羨ましいと思った。彼は旅人。自由な鳥のような存在だ。


「あの、聞いていいですか、ハルトさん」

「うん」

「何のために旅を?」

「取り返すためだよ」

「何を?」

「あの人が奪われたもの……約束を果たさずにいなくなった人たちから取り立てるためかな。約束したものをね」

「復讐、ですか?」

「いや。言葉どおり」


 なんで言えばいいかなと頭を掻いて、はにかむように笑う。

 

「そもそも約束の仕方が悪いんだけどね。

 期限は設けて無いけど踏み倒させたりはしない。

 それらを持ち帰るのが俺に唯一できる恩返しなんだ。

 だから何処へでも行くんだ」


 意志の強さは瞳に宿る。何故か昔言われた母の言葉が脳裏に蘇った。

 彼の茶色の瞳が夕陽を受けて輝いて聞いておいて言葉を失う。彼を育てた人の強さを感じる。

 すみません、と、踏み入った事を聞いたのを謝った。

 気にしていない、と本当に何でも無い事のように笑った。


 日が傾いてきた。オレンジ色の壮大な森が広がる。大声を上げて感心するハルトに、大袈裟だなとレンが笑う。私もそう思ったが、なぜだかその日はとても綺麗な夕陽だった。見惚れる彼をぼぅと眺めて不思議な気持ちになっていた。

 そんな所をレンに肘で突かれてハッとした。兄がニヤニヤしていて、顔の火傷がぶり返したかのように熱かった。決してそういうのでは無い。あたしにいわれても気持ち悪いだけだろう。

 見たことの無い人に憧れた。自分がそのぐらい強ければレンをこんな所に縛り付けなかっただろう。

 誰かの為を思う気持ちはこんなに眩しく映るのか。


 彼がハッとしたのは影が長くなり始めてからだ。

 彼は仲間と合流しなくてはならない。こんな森で待ち合わせなんて、と思ったが旅人がここにいると言う時点でおかしい。

 泉のところだと言うのでそこまで兄が送る事になった。あたしは初めて家から出て兄と客人を見送った。


「ハルト、さん」

「ハルトでいいよ。またね、ベル」

「……はい。また、いつか」



 あたしの顔の半分は火傷でただれている。髪の毛も生え無い部分があってそれが拍車をかけて気持ち悪くしている。部屋には一枚も鏡がない。癇癪を起こしたあたしか全て割ってしまった。

 兄は気持ち悪いとは言わ無いし全く怖がら無い。でも、あたしは知っている。他人には気持ち悪いと思われている事を。治療所の外であたしを捨てて兵士になれと言われていた事を。

 先日はここにわざわざ死ねと言いに来た村人が居た。


 それを蹴ってここに居てくれる。感謝しきれ無い想いがある。

 レンは他人を思いやれる正義感がある。助けてやれる努力が有る。贔屓目に見なくても人気があった。何人か彼の天然さには泣かされていたがそれは知っところではない。

 自分の面倒の為にここで暮らしている。レンはもっと大きな国で兵士になればきっと騎士だって目指せる。

 あの旅人のように自由になって、自分の幸せを掴むべきだ。

 あたしは、邪魔だ。

 だから、あたしの我儘は終わりにしよう。今日、こんなにも楽しい事があった。あたしが持っていくのはそんな思い出で十分だろう。

 いつものように戸締りをして、屋根からだけ入れるようにしておく。

 そして、彼等とは反対方向の梟の声が聞こえ始める森に足を踏み入れていった。

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