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断固マイ天使

 どうやら自分は誰かの悪意に巻き込まれているらしい。新米天使ハルトはそう考えた。先程羽をもらったばかりだが予想が外れているともあまり思え無い。

 空前絶後のお人好し女神様クレイトアから両手両足と五感の半分以上を担保に奇跡を盗み出し、百年以上返さない不届き者が何処かにいる。

 それを考えるだけで腸が煮えてくるがここで燃えても何も起きない。物理的に燃やせる人が仲間になってくれたが、この話ののちに絶賛燃え上がり中である。熱いので女神を避難させた。現在は空中でストレス発散中である。


「俺もああいう必殺技が使いたいな」


 頭上を通りすぎる火の鳥を見ながらボヤいてみる。なんていうスキルなのかな、と固有名を求めてしまうのは、アカシックレコードから集めた知識からであるが、彼女は一体何を集めさせたのだろうか。


「消炭になってしまいますよ。貴方の場合体が人間並みですから」


 そんな考え事の外側で話している女神は先程の言葉を真に受けてそういった。

 人並みの脆弱さを持っているということは、先ほどのように燃えるのかと身震いを起こす。容易に想像できたので、そうてすね、と相槌を打つにとどまった。


「そういえばクレイ」

「なんですかハルト」

「クレイが引いたカプセルの中身は?」

「私が引いた物はこれらです」


 そう言うと虚空から結構な量のカプセルが降ってきた。カコカコと軽いプラスチックな音を鳴らして一か所に山になる。陽気な太陽の光を受けて真っ黒のカプセルが怪しく光った。


「中身は?」

 ハルトが一つを取り上げて聞いてみる。

「それがログハウス風一戸建てですね」

「ん!? こ、こっちは?」

 表情を引きつらせながら次々に別のカプセルを手に取る。

「それがローマ風神殿。それが和風五重塔付き平家と本殿。そしてそれが大教会付き宮殿」

「ガチャの種類違うじゃねーか!」


 思わず手元の一つを投げそうになるがぐっとこらえておく。女神は相変わらず穏やかに笑っていた。


「友神お勧めのバラ庭園付き大聖堂が欲しかったのです」

「バラ園は維持にかなりかかりますよ。

 当たったらどーせ絡みつかれてたに決まってます」


 バラに絡みつかれて血塗れになるに決まっている。

 女神は何が不満なのか頬を膨らませて少し頭でどすどすとハルトの胸板を叩いた。言動を思い返すに友人の悪口を言うなという事らしい。


「まぁ、種類が違うのはこの際置いといて、ログハウス辺りを建ててみませんか?」


 そう言いながら丁度良さそうな丘の上に移動していく。

 カプセルを開けて間もなく、光と共に見事なログハウスが出現した。プレハブ小屋もびっくりの建築スピードである。


「この家カプセルは特別製らしく家を作ってから収めることはでき無いので、一つ一つカプセルの中で手作りしたそうですよ」

「別に要らない情報でしたけど、やっぱりその神様暇なんじゃないですかね」


 ボトルシップかよ、と言いつつ腰を落ち着ける椅子に女神を座らせて家の中をチェツクする。妙に拘りがあって頭上注意やハンドルレバーのドアノブ、角丸対処など匠の趣向が凝らされている。

 文句無い住み心地の家だ。収納スペースを覗くと階段下にやたら豪華な車椅子まであった。


「今のクレイを想定して準備してくれたのか……? 案外いい奴なのか?」


 唸りながらそれを引き出して、ソファに座る女神に告げる。

 どちらかというと皮肉のようにしか感じることは出来なかったが、使わない選択肢はない。手触りのいいタオルやシーツも一緒に出しておく。


「クレイ、車椅子があったよ」

「あら。これで簡易な足は得られましたねハルト」

「先に手を取り返せば髪の毛でモゾモゾする必要がなくなりますね」

「傷んでしまいますから確かに良く無いです」

「そう言う理由じゃ無いですけどね」


 髪の毛で動かれると、怖いんだという正直な意見を飲み込んでおいた。無暗に傷つけることを言う必要も無い。

 どんなに美人でも、というか逆に美人だからこそ怖く、やめさせようと思ったことの一つである。


「クレイ、ここの世界での生活は人と同じサイクルなの?」

「ハルトが人と同じサイクルがしたいならそれでも構いません。人にできることは私たちには全て出来ます。

 ここは私の世界で天候は私が変えることもできます」


 成る程。しかし食事はともかく睡眠は取りたい。


「睡眠は必要かな。考えてることの整理がしたいし」

「わかりました。枕は私ですよね?」

「やだよ! 罪悪感で寝られない!」


 どう見てもヤバいんだよ。本人達が気にして無いとしても。


「私がそうしてあげたいのです」

「膝を装備して出直してください」

「膝枕! 成る程。覚えておきます。

 でも貴方が寝るなら私も一緒に寝ます。

 今は貴方の腕の枕にしましょう。それも素敵です」

「クレイは人のやる事が好きなの?」

「ええ。総じて可愛いものです」


 クレイトアはハルトに向かって満面の笑みで答えた。やっぱりこの人は本気で言ってるんだよなあと呆れつつ、さてどうするかと考えた。


「クレイ……貴女に奇跡を借りた方は何処にいらっしゃいますか?」

「ひとりは、下界の猟師小屋にいる筈です」

「じゃあ下界への降り方を教えて下さい」

「行ってはなりません」


 今の彼女に表情はなく読めない。真剣と取ってもいいだろう。


「天使的に俺の仕事だと思うのですが」

「女神的に否定します」

「では俺の役割は終わりですか」


 早い終わりだったと遠くを見ると頬を髪の毛でペシペシ叩かれる。


「なぜそうなりますかっ」

「人間天使より大天使様が近くにいたほうが都合がいいじゃないですか」

「そんなことはありません」


 ふるふると女神は首を振る。


「ありますよ。見た目同性ですし。なので、俺を下界に使わしてください。

 女神の代わりに徴収に行ってきます」

「私の言葉を無視するのはよくありません」


 女神はムッとするがハルトは飄々と返す。


「無視ではありません。あえて聞き流したのです」

「それを無視というのです」


 このまま天使と女神の受け答えをしていると負けると踏んで、にっこり笑ったハルトが両手を広げて力説する。

 彼女が言うそんなことはない理由は結局彼女の自己満足の範囲だろう。なら本当の言葉で向き合うのが正しい。


「俺はクレイにはやっぱり元の姿に戻ってもらいたいよ」

「で、でも! 下界は危険なのです! ハルトのような幼子が、夜盗に会い、身を売られ、ひどい目に合うに違いありません!」

「文化レベルはどんなものなの?」

「自然は多く、都市は城壁を築き、人々は馬に乗り生活をしています。

 どこも王政を敷いている所ばかりです。頭を上げていると跳ね飛ばしてくる地域もあります。

 そもそも魔法が当たり前ですし、天使どころか竜や魔族や悪魔だって存在します。すぐに誑かされるに決まっています!」

「ずいぶん幻想的ですね。というか過保護すぎません!?」


「断固マイ天使!」


 くわっと力強く言い放つ。妙に耳に残る言葉である。具体的には小説の章のサブタイトルになるぐらい。


「大丈夫だって。別に初めからお前の罪を数えろ! とか天使ぶってボコボコにされても困るし。旅の宣教師とか冒険者として適当にやって様子がわかったら報告に来るから」

「でも、でも、下界は今は混沌としているんです。誰も触らなかった校舎裏の池みたいな感じになっているのです」

「うわぁ掃除当番は何をやっていたんだろうね。逆に自然的で綺麗なんじゃない?

 本当に女神様が駄目っていうなら行かないよ」

「嫌です」

「クレイの為にやってあげたいって思うんだよ」

「うぅ……!」

「あと、ちゃんとした目的がほしいっていうのもあるかな」


 実際よくわからないまま生み出されている。介護する人が欲しかったなら人間を混ぜる必要が無かった。そもそも介護される必要も無かっただろうけれど。

 では俺が生きる意味とは? 哲学をするつもりもないのでさっと言うと助けてくれという言葉に行き着く。アレを零したのはこの陽気に見える女神だ。自分を作っておいて本末転倒にも心配してくる慈愛の人だ。ただただ、報われないのがおかしいだろうって子供みたいに泣きたくなる。

 そんなやり取りのさなかに、外に所在なさげに立つミカエルを見つけて立ち上がる。まぁいきなりこんな家出来てたら驚くよね、とハルトは彼女を迎えに出た。


「この家は……神殿ですか?」

「ミカエルさん、おかえり。中へどうぞ。女神はこちらです」


 物珍しそうに見る彼女を中に招き入れる。


「おかえりなさいミカエル」

「え。あ。はい。すみません。長いこと怒りを発散していました」

「ふふ。怒ってなどいませんよ。ここは貴女の家でもあるのです」

「もったいないお言葉。ありがとうございます」


 深々両手を握って一礼をする。祈りを捧げる姿勢に似ているが騎士的というか、堅い礼儀のようなポーズであると感じる。


「そうそう。ミカエルさんにはしっかり女神の介……警護をしてもらわないと。

 ところで、下界に降りる方法はご存知ですか?」

「ハルト! 貴方はもう!」

「下界には最果ての泉から降りられますよ」

「ああっ」


 さらっと言われた言葉に頷くが最果ての泉が何処なのか分かっていない。それを女神に悟られると全く喋らなくなりそうだ。後で場所もミカエルさんに聞こうと心に決める。

 女神は大して動けもしないのにバタバタと頭を動かした。


「どうせ一山当てるなんて無理なんです! 実家を継ぐのです!」

「なんか俺が都会進出するみたいな流れになってますけど、過保護で全然降り方教えてくれなくて。

 下界の様子も気になりますし、試しに見てこようかと思うんです」

「成る程。人間相当の君なら確かに私が降りるより穏便にすむだろう」


 まじまじとハルトを見て、ミカエルは頷く。普通の子に見えると判断したらしい。


「因みにミカエルさんが降りるとどうなるんですか?」


 その質問にフッと視線を逸らしてミカエルは言う。


「私は、埃を見ると際限なく掃除したくなる性質なんですよ。

 前に一度モヒカンと荒野ばかりの世界を掃除した事があります。天使総出で降雨の大演奏を行いました」

「あっ」


 船と一家族でしたかね、と言うと動物も番だと返って来た。かの有名なアレにちがいない。

 彼女に行ってもらうというのもなくは無いが、何となくそれだとうまくいか無い気がする。彼女は立場の高い天使だ。人と対話して取引して、と言うのには向いていない。裁いてぶっ飛ばしてしまいそうなのだ。

 そこにキラキラとした瞳でドヤ顔のクレイが髪で自分を指す。


「ハルト、私を連れて行きなさい」

「ノー」

「神の命令に逆らうのですか!?」


 暑さりとした拒否の言葉に驚愕の表情を浮かべる大天使。それを女神と二人で眺めて微笑ましく思った後、また呆れたみたいに新米天使が女神に言う。


「危ないでしょう。普通に。モヒカンだらけだったらどうするんです」

「モヒカンを悪く言うのはやめなさい。心優しいモヒカンも居るのです」

「じゃあ滅茶滅茶蒸し暑かったらどうするんですか。汗でベッタベタなまま俺と触れ合うんですよ」

「なんですかその返しは。私だって乙女的に駄目な所もあります。ぬるぬるで抱き合う段階はもう少し先です」

「クレイだって盗賊ばっかりみたいな言い草だったじゃん。そんな事無いよ。だから大丈夫」

「で、でも、天使と人間の禁断の恋をして、出来てから報告に来たり、豹柄のシャツに身を包んで軽い言葉遣いになって帰って来るのは私は許しませんよぉぉ!

 私だって私だって!

 女神と天使とか親子とか恩人とか複雑な関係の後に掟破りしてハグとか腕枕とかお休みのキスとかしたいのにぃぃ!」


 悶える女神を見ながらミカエルとため息をつく。この女神の相手はやっぱり骨が折れる。


「うちの女神様って妄想の神様だったりするんですか?」

「ええと……クレイトア様は逆境を引き当てることが多いので、空想上のものや死地で見るとそう呼ばれることもあるようですね。

 死の境地で女神を見たなら間違いなくクレイトア様です。

 あとこの世界に於いては慈愛と開花の神と呼ばれています。それも間違いではありません。

 エデンに至る神でもありますから唯一神としての適性もあるのでしょう」

「そうなんだ。慈愛が妄執になりそうなんですけど。

 あ、最果ての泉って何処です?」

「此処からあちらの真っ直ぐ。歩いてもそんなに時間が掛から無いところです」


 ここが最果てなのか、と納得する。

 さりげなく情報を得て準備を始める。あるものといえば備品の布一枚と銀のカプセルぐらいだったが。

 食費を考えなくていいのは助かる。あとはかなり再生能力が高いから賊や戦いが死因になる事はほぼないだろう。


「せめてこれから出てくる者が多少でも力になってくれれば良いんですが」


 銀のカプレルは鋭く光を反射してキラリと光る。

 金色カプセルから出てきた暴力を考えると女神の近くで開けるのは憚られる。


「じゃあ、行ってきますクレイ、ミカエルさん」

「ハルト。お待ちなさい!

 ハンカチは持ちましたか!?

 夕飯までには戻るのですよー!?」


 女神の声を背に受けながら、家を出る。ひとます様子を見るだけだと言ったのに大げさなことだ。そんな風に一つ息を吐いて泉へと向かって歩き出した。

 天使、下界を目指す。

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