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女神の願い

 女神様を膝枕する体験をしたのは初めてだ。今しがた彼は自分が天使らしいという話を聞いたばかりである。確かに名前は出たが苗字は出ない。自らが妙な存在だと言うことは分かった。

 ちょっとゴタゴタがあって焼き払われた場所の寝転がりやすいところを掃除してジャケットを敷いてそこに彼女を寝かせた。手足からも血が出ているが脇腹あたりもかなり酷い出血がある。腰回りには黒い布が多く気づかなかったのだろう。

 大丈夫かを聞くとまた当然の事のように大丈夫だと返ってきた。天使ことハルトはため息をつく。絶対大丈夫じゃない。

 彼女に他の要望を聞くと、膝枕を希望されたので仕方なく彼女を足に載せて納得のいく位置取りを手伝った。

 満足気な表情になった所で一息ついた。この世界はあれ以降な平和なものである。


「この世界は、私の世界です。あまり大きくはありませんが。神々がここに持つ家だと思ってください」

「家ですか?」


 なかなか壮大な家を遠い目をして眺める。一人間としてはこじんまりとでも屋根のある家が欲しいものだ。

 そんな逸れたことを考え出した頭を振って、再び今必要なことを聞く。


「俺が天使と言うのは?」


 詐欺師の間違いでは? と、古い歌の歌詞を交えてみる。結局は言われてみたものの自分はまだ人間であるという感覚がある。何を言っているんだ、と言いたいが状況だけが正常な知識がないのは自分だと語りかけてくる。

 彼の言葉に一つ一つ丁寧に女神は答える。


「貴方を造ったのは私です。

 貴方は世界記憶から言葉の外郭を一致させた人格を赤子から成人までの時間軸で並べ直して不整合を取り払い、土人形に移植します。私の骨と血を入れて、三日三晩祈ります。土塊の間もそこのガチャをよく叩いていましたよ」


 まるで子供の話の様に親しみを込めて笑う。彼女の惨状の原因の一つが自分にあることを知って衝撃を受ける。


「そこから更に三日ほど、世界記憶から現代の時間の記憶を外郭を頼りに覗きます。

 貴方は下界の人間の真似をしてそこの森の隙間の崖に落ちてロッククライミングで戻ってきました」


 何やってんの俺! 見えてないだろうけれど顔を隠してしまう。幼い頃の珍事件を親に教えられている気分である。


「でも、俺にはまだ実感がないんです」

「……そうですか。まだ定着して間もないということもありますが、貴方にとって天使として必要なものはなんでしょうか?」

「え、うーん……は、羽とかでしょうか」

「ああ、人の原型だけでしたね!」


 そうでした、と、手があったなら手を打った様な感心を見せた。


「忘れてたんですか?」

「あとであげようと思ってました!

 お花の冠は作れませんので、奇跡を一つ、と。でも、折角助けていただきましたし神秘の力を今お見せしましょう」


 そう言って彼女は前触れなく奇跡を願う。彼のインナーとストライプのシャツを突き破って真っ白な翼が一対生える。


「はあ!?」


 あまりにもいきなり起こった不思議現象に驚愕する。心底驚いて顎が外れそうなほど大口を開けて驚いた。

 羽が自分の意志ではばたいている。


「はぁ!? え!? な、何これ!?

 は、羽がっぶふっ!」

「ふふふっ大丈夫ですか?」


 彼女がコロコロと笑う声が聞こえるが自分の手に負えない羽の存在に混乱する様を慈母の如く穏やかな表情で楽しまれる。

 とにかく柔らかい羽が風に靡いて顔にぶつかってくる。あまりの事に混乱していたがかなり鬱陶しい状態だった。


「ぐぅぅ……これは」


 信じざるを得ない、とボフボフ風に靡いて被ってくる羽を除けながら言う。

 羽が付いてからというものやたらと風を感じる。これが天使の羽なのか。


「こんなっ、チカラがあってっ!

 な、なぜっ! その姿に!?」

「……羽は小さく出来ますよ。うふふ」


 恥ずかしさに頬を染めながら、意識してみるとすぐに反応して手のひら程度のサイズになる。


「先に言ってくださいよ……」

「うふふ。では、私がこのようになった理由をお話ししましょう」


 下界の彼女の神殿を訪ねた一人の旅人から始まった。彼の名はピコ。旅の吟遊詩人だったそうだ。

 彼は彼の友人だと言う恵まれない者たちを連れてきた。そして彼女の同情を誘い彼等の願いを叶えさせた。


 彼が呼び出されたのはその裏切りに気付いた後である。それまでの女神クレイトアはすべてに裏切られすべてを奪われた悲劇の女神であった。

 彼女は献身的過ぎた。彼女は自分の神殿に現れた憐れな人々に力を貸した。

 彼女は奇跡の代償を肩代わりし、彼らに力を貸した。彼等の望みが叶ったらその力を返却する。それで彼女は元に戻るつもりだった。

 奇跡の代償を払ううちに、手足を失い、五感を欠けさせていった。


 そして彼等は誰一人として彼女の元に戻らなかった。


「神の奇跡には代償が必要なのですか?」

「本来ならば、貴方がやったようなやり方が正しいのです」

「俺が?」

「はい。私が起こす感謝や正の念を奇跡に変える事ができます。

 憐憫はそれが出来ません」

「なるほど……それは天使に対しても有効なんですね」

「そうですね……だから、助けて下さいと言ったのです」

「女神様。さっきから疑問なんですが、なんで対価を求めないんですか?」

「対価と言いますと?」

「女神様は奇跡を起こせますよね」

「はい」

「女神様も代償を必要とする奇跡なんですよね」

「そうですね」

「何の罰も約束してないのですよね?」

「ええ」

「で、それを女神様の負担で行うのはおかしいです。女神様の為ならいざ知らずですが、何故赤の他人に施しを? 敬虔な信者だったのですか?」

「敬虔な者にしか施しを与えないなど神として如何なものでしょうか」

「施しは余裕がある人が与える事じゃないんですかね……」

「だとしても。私は見捨てません」


 ハルトは頭を抱えた。断固として言い切った女神様は純粋にそんな事を言っている。

 この女神様アレだ。お人好しが過ぎる。


「それじゃ裏切られるだけじゃん……」

「そうでしょうか」

「そうなんですよ。持ちかけてきた人間が何なのかは知りませんが、貴方はやっり騙されてるんです。

 恐らく、彼の友人も、共犯者か騙されているか……!」

「しかし人への貸しです。

 何れ天に昇る時には回収できるでしょう……恐らく」

「女神様。懸念は全て話して下さい」

「で、ですがっその、ほら、貴方もまだ覚醒して間もない事ですし」

「オレ、エンジェル。カミサマ、ロウヒグセアル。ヨクナイ」

「浪費癖などっ。良いですか私はーーっ」

「計画性のない奇跡の使い方!

 無償の愛という名の浪費は、貴方に何ももたらさない!

 神たらんとする姿勢は認めましょう!

 博愛主義も個神の自由でしょう!


 でも俺が許せないと感じるのは、それを知っていて利用した事だ!!


 誰だこのクソお人好しを騙したのは!

 駄菓子屋の婆さん騙してんじゃねーんだぞ!!」

「私は駄菓子屋のお婆さんレベルだったのですか!?」

「ええ、正直ずっと俺モアイ像みたいな顔してました」

「みたい! あっ見てみたいです」

「素が見えてきましたね。いいですよ。

 それて、助けて下さいと言いましたね。俺は女神様に背くと何かあるんでしょうか」


 女神は不思議そうな顔をしてからとても良い笑顔になった。


「ありません!」


 上司に恵まれなかったら、どこに電話すれば良いんだろう。あ、でもこの世界にはいい罰則が残ってる。ハルトは笑顔で空を仰いだ。

 断ってもここに残留で、解体されても別の誰かが同じ目に合う。それを何度か繰り返して、折れた誰かがこう言うんだろう。


「仕方無い、助けます」

「天使、辛辣です。訂正を要求します」

「あーもー! 女神様の管理とか!

 新米天使に勤まってたまるかー!」


 基本的に天使は伝言を伝える事が役割である。決して神々に意見する存在ではない。

 曖昧な外郭から作られた彼だからこそ、何にも囚われていない。それは神にすらとらわれない奔放さを持って証明されている。


「私の天使です! 自信を持ちなさい!」


 この根拠のない自信に溜息が出る。

 だから限界なんだ。だから呼ばれたのは自分なのだ。

 で、この最低の状態から抜け出す為にはーー。


「……で、なんでガチャなんすかね……」

「なんでも、今下界で流行りだとか。

 友人の神が、わざわざ忙しいのに設置して下さったのです!」

「……もしかして、俺、ガチャ回す為に作られたんですか……」


 彼女は笑顔である。しかしここに来て初めて笑顔で留まった。どちらに転んでも、彼女にとっては同じであれ下手に怒りを買わない事を選んだようだ。


 かくして、たった数時間で威厳を感じなくなってきた残念女神様を仰ぐ事となった天使は、盛大に溜息をつく。

 そして、心に誓う。


「こ……」

「こ?」

「このガチャ作った奴ぜってー許さんぞチクショォォォ!!」

「まぁ。復讐に身を焦がすのはいけませんハルト。生は感謝するものです」

「せめて本当に助けるためなら!!」

「それは本当にその通りです。

 そのガチャがそこに来るまで思いつかなかったので、百年ほど寝ていた事になります」


 くっ、といろいろと浮かんでくる言葉を飲み込む。関西人ならツッコミ死していた。危ない危ない。知識の偏りを感じながら気持ちを抑える。

 恐らくガチャの知識を多く持つ者の外郭も集めたのだろう。ジンクスやセオリーがそれぞれにあって、尚且つ必勝法はいつも一つ。まぁ、確率なんてそんなものであるが。


 それにしても趣味が悪すぎる。神の技に対して言葉を出して否定できなかったが、腕が無い者にガチャをプレゼントするのは悪趣味が過ぎる。

 これは悪魔の匂いがする。中に入っていた暴力を見てもそうだ。


 ここに来て溜息をつくなど、母とも言える彼女に対して酷だろう。だからもうそういう考えは止めようか。そう思考して女神に手を当てる。触覚が無い。彼女は彼が触れている事に気づいていない。


「取り返しましょう」

「はい。しかしどうしましょう」

「百年経ってるなら相手は人間じゃありません。多少手荒でも返して貰うべきです。

 それでもまだ欲するなら試練を与えるのが定石かと」

「私、他の神の意地悪が苦手なのですよね」


 気づかれ無いようにほっぺたをプニプニ引っ張る天使。


「何が言いたいかはわかりました。仲間と一緒に三日寝ずに祈るとか、集団断食一ヶ月とか、そう言うの苦しそうだからやだって言うんでしょう」

「流石です私の天使」

「じゃあ、別の事考えましょう。その時になって。そうですね。

 女神様が一番……面白い方法で」


 その時、女神様は花のように笑う。かつて無いほど嬉しそうに見えて、心臓に悪いと天使は思った。

 こうして、神の手足こと天使が駄女神に仕える事となった。

 天使、苦労性である。

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