それぞれの夜
D級依頼で街から東の丘陵地帯まで遠征することになった。
魔獣の巣穴が丘に複数見つかっていて、周辺の農村が被害を受けているという案件。巣穴の数が多いから、一日では終わらない。二泊三日の行程で、現地の宿に泊まる。
一日目。巣穴を三つ潰して、日が暮れた。全員に疲労はあるけど怪我はなし。アンランクの連携がかなり仕上がってきた証拠だ。
問題は、宿だった。
「部屋は二つしか空いてないんだ。すまないね」
丘陵地帯の小さな宿場の主人がそう言った。田舎の宿場だから仕方ない。
「じゃあラグが一人部屋で、わたしたち三人が大部屋ね」
セリアが即座に仕切った。
「え、わたし一人で——」
「男一人女三人なんだから当然でしょ」
当然か。当然だな。
荷物を部屋に入れて、食堂で飯を食って、手入れの時間。いつも通り四人分の装備を順番にやっていく。ニーカの盾、リーゼの杖、セリアの短剣。
全部終わった頃には、夜が更けていた。
「じゃあお先に。おやすみラグ」
「おやすみ」
三人が大部屋に引っ込んでいった。俺は一人部屋で、自分の剣の手入れを始めた。
一人は静かだ。四人になってからずっと賑やかだったから、急に静かになると耳が寂しい。
……寂しいって何だ。一人の時間なんか追放された直後に散々やっただろ。慣れてる。慣れてるはずだ。
なのに、この静かさがちょっとだけ物足りないのは、あいつらの声に慣れすぎたからだ。
※
大部屋。
ベッドが三つ並んでいて、真ん中がセリア、右がニーカ、左がリーゼ。ニーカは枕に顔を埋めた五秒後にはもう寝息を立てていた。戦闘と同じで切り替えが早い。
リーゼが寝台の上に座って、髪をほどきながらセリアに声をかけた。
「ねえ、セリア」
「ん?」
「一つ聞いていい?」
「何を」
「ラグのこと、好きでしょ」
セリアの手が止まった。革鎧の紐を解いている途中の手が、中途半端な位置で固まった。
「……何の話?」
「とぼけなくていいよ。毎晩手入れの順番を最後にしてもらって、二人きりの時間作って。ニーカの盾に嫉妬して。——好きじゃないなら、そうはならない」
「嫉妬なんかしてない」
「してたでしょ。『ニーカの盾触ってる時間長くない?』って」
「あれは……面積の問題かどうか確認しただけ」
「面積って。ラグと同じこと言ってる」
セリアが顔を赤くして、革鎧の紐を乱暴に引っ張った。
「……リーゼさんには関係ないでしょ」
「関係なくはないよ。同じパーティだから。——それに、わたしはラグと三年一緒にいたけど、ラグがあんな顔をするのは見たことがなかった」
「あんな顔?」
「セリアの装備を手入れしてる時の顔。他の装備を触ってる時とは全然違う。大事にしてる。道具としてじゃなくて——持ち主ごと」
セリアは反論しなかった。
「わたしは、好きって……実は、そういう意味で好きかどうか、まだよく分かんないの」
「分からない?」
「ラグと一緒にいる時間が好きなのは分かる。手入れしてもらってる時が好きなのも分かる。ニーカがラグと盾の話で盛り上がってるとお腹の底がもやもやするのも分かる。でもそれが全部、好きって一言で片づけていいのか——」
「片づけていいと思うよ」
「簡単に言うね」
「簡単じゃないのは分かってる。でも、名前をつけないまま抱えてると重くなるよ」
ニーカが寝返りを打って、むにゃむにゃと何か言った。「盾……もっと……硬く……」。寝言まで盾だ。
セリアとリーゼがそっちを見て、同時にふき出した。
「……あの子は平和だね」
「ほんとにね」
笑った拍子に、セリアの肩の力が少し抜けた。
「リーゼさん」
「ん?」
「ありがとう。……もうちょっとだけ、考えさせて」
「うん。急がなくていいよ。——でもね、一つだけ」
「何」
「ラグは鈍いから、こっちから言わないと一生気づかないと思う」
「……知ってる」
※
一人部屋。
剣の手入れを終えて、ベッドに横になった。天井を見ている。眠れない。
四人になって、楽しくなった。戦闘の幅も広がったし、日々の会話も増えた。ニーカの盾バカぶりも、リーゼの冷静な分析も、セリアのツッコミも、全部あって今のアンランクが成り立っている。
でも正直に言うと、一番変わったのは俺自身だ。
三ヶ月前は一人だった。追い出されて、F級で、銅貨五枚の薬草採取。あの頃の俺は「装備の手入れしかできない」と思ってた。装備さえあれば戦える。装備が全て。人は——いなくても、やれると思ってた。
今は違う。
ニーカの盾がなかったら前に出るしかない。リーゼの魔法がなかったら遠距離を捨てるしかない。セリアが隣にいなかったら——
セリアがいなかったら。
想像して、やめた。想像したくない。
あいつがいなかったら、たぶん俺はまだ一人で掲示板の最下段を見てる。セリアが隣に来たから上を見るようになった。セリアが「一緒にやらない?」って言ったから、コンビになって、パーティになって、ここまで来た。
まあ——寝よう。明日も巣穴が残ってる。考えるのは後だ。
目を閉じた。
こんこん、とドアが鳴った。
「……ラグ、起きてる?」
セリアの声。小さい。ドア越しだから、廊下で囁いてるんだろう。
「起きてる。どうした」
「ちょっとだけ……いい?」
ドアを開けた。セリアが廊下に立っていた。寝間着に上着を羽織って、手にはランプ。
「装備の相談があって」
「装備の相談」
「……うん。明日の依頼の、短剣の使い方について」
嘘だ、絶対嘘だ。短剣の使い方を夜中にわざわざ聞きに来る人間がいるか。
でも、追い返す気にはならなかった。
「入れよ」
セリアが部屋に入ってきて、ベッドの端に座った。俺は椅子に座って向かい合う。
「で、装備の相談って何だ」
「えっと……明日の巣穴攻略で、短剣の角度を——」
「セリア」
「……なに」
「嘘下手だな」
「…………うるさい」
セリアが膝を抱えた。ランプの火で、セリアの表情がハッキリ見えた。
「寝れなかったの。リーゼさんに色々言われて、頭がぐるぐるして」
「リーゼに何言われたんだ」
「……秘密」
「秘密か」
「でも、ラグの顔見たら落ち着くかなって思って。——迷惑だった?」
「迷惑じゃない」
嘘じゃない。むしろ——
「俺も寝れなかったから。ちょうどいい」
「何考えてたの?」
「色々」
「色々って何?」
「……秘密」
セリアがぷっと吹き出した。
「お互い秘密ばっかりじゃん」
「だな」
「いつか——話せたらいいのにね」
「……ああ。いつか」
しばらく二人で黙っていた。沈黙が苦じゃない。こういう時間が好きだ。……あっ、いま好きっていう言葉が出てきた。頭の中で。口からは出てないけど。
「……ラグ」
「ん?」
「ここにいていい? もうちょっとだけ」
「……いいよ」
セリアが膝を抱えたまま、目を閉じた。寝るつもりはないんだろう。ただ、ここにいたいだけ。
俺は椅子に座ったまま、テーブルの上に置いてある剣を手に取った。手入れの続きをするふりをして——実際にはほとんど手が動いていない。
静かな夜だった。




