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装備師の朝は長い


 パーティが四人になって、朝の作業量が倍以上になった。


 俺の朝は日の出前に始まる。まず自分の山岳鉄の剣。まだ蓄積値が低いから、一回一回の手入れが大事だ。研いで、磨いて、コーティングを確認して。


 次にニーカの大盾。こいつがでかい。表面積が俺の剣の何倍もあるから、磨くだけで時間を食う。留め具は毎日確認。縁の歪みも毎日チェック。握り革の状態も見る。ニーカの装備の扱いが雑だから、前日の戦闘で新しい傷が増えていないか全部確認しないと安心できない。


 それからリーゼの杖。これは繊細な作業だ。触媒結晶の純度確認、柄の状態、魔力伝導部の微調整。前と同じ手順だけど、今は自分の手が何をしているか分かっている分、丁寧にやれる。


 最後にセリアの短剣。


 全部終わる頃には朝日が昇っている。朝飯の時間だ。


「ラグ、おはよー。あれ、もう全部終わってんの?」


 ニーカが食堂に降りてきた。寝癖がすごい。


「終わってる。お前の盾、昨日の依頼で表面に新しい傷三箇所入ってたぞ。突進を受ける角度が浅いんだ。もう少し正面で受けろ」


「うぇ、分かった。気をつける」


「あと握り革の巻き方が緩んでた。握り込む時に手首を捻ってるだろ。あれは手首じゃなくて、肘から回せ。手首で捻ると革が偏って緩むんだ」


「ほう、なるほど。とても勉強になるよ、装備師さん」


 装備師さん。その呼び方、セリアの専売特許なんだけど。まあいいか。


 リーゼが降りてきた。髪をきちんと整えて、身なりがちゃんとしている。朝から隙がない。


「おはよう、ラグ。杖ありがとう、結晶がすごくクリアになってた」


「毎朝やることだから」


「毎朝って、何時に起きてるの?」


「日の出前」


「……日の出前に四人分?」


「もう慣れたよ」


 リーゼが呆れた顔をしている。呆れてるけど感謝もしている、という複雑な表情だ。


 セリアが最後に降りてきた。あくびをしながら。


「おはよ……」


「おはよう。短剣はいつもの場所に置いてある」


「ん。ありがと……」


 セリアが自分の短剣を確認して、鞘から少しだけ抜いて刃を見た。それから、ちらっとニーカの盾を見た。


「……ねえラグ」


「なんだ」


「ニーカの盾だけ、手入れの時間長くない?」


「でかいからな。面積が俺の剣の五倍はある」


「面積の問題?」


「面積の問題だ」


 セリアがじっと俺の顔を見て、ふん、と鼻を鳴らして朝飯を食べ始めた。納得してないのは分かるけど、本当に面積の問題なんだ。大盾は物理的にでかいんだよ。


 リーゼが向かいで紅茶を飲みながら、にやにやしていた。



    ※



 アンランクとしての初依頼は、E級の「森林地帯の魔獣駆除」だった。


 オーク系の亜種が森に巣を作っていて、近隣の農地を荒らしているという案件。数は五〜六体の見込み。E級パーティなら標準的な難度だ。


 四人での初戦闘。陣形を確認する。


「ニーカが前。正面から敵を受け止めて。セリアはニーカの右に展開して、ニーカが引きつけた敵の側面を突く。リーゼは後方から魔法支援。俺は全体を見て、状況に応じて動く」


「了解」「うん」「分かった」


 森に入って、巣を発見。オーク亜種が六体。予想通りだ。


「行くぞ」


 ニーカが先行した。大盾を構えて、正面から突っ込む。オークの先頭が棍棒を振り下ろした。ニーカの盾がそれを受ける。


 ——重い音が森に響いた。でもニーカはびくともしない。


「軽い軽い! もっと来い!」


 ニーカが笑ってる。戦闘中に笑うな。でも余裕があるのは確かだ。ラグが手入れした盾は、オークの棍棒程度ではびくともしない。


 二体目、三体目がニーカに殺到する。ニーカが三体を盾で押さえている間に、セリアが右から回り込んだ。


 短剣が一体のオークの脇腹を裂く。深い。一撃で致命傷。セリアの動きが鋭い。E級になってからの成長が目に見える。


 後方でリーゼが詠唱を始めた。氷槍の魔法がニーカの頭上を越えて、奥にいるオーク二体を貫く。一体が即死、もう一体が体勢を崩した。


 リーゼの火力がソロ時代と段違いだ。杖の蓄積値が回復してきてるんだろう。俺の手入れが効いている。


 残りの三体を俺とセリアで処理。俺が一体、セリアが二体。新しい剣はまだ蓄積値が低いけど、山岳鉄の切れ味自体はいい。オーク相手なら十分だ。


 六体全滅。所要時間、三分弱。


「……早くない?」


 セリアが息を切らしながら言った。


「二人の時とは全然違う。ニーカが前で止めてくれるから、好きなタイミングで攻撃できる」


「だろ? 盾は偉大だぞ」


 ニーカが盾をぽんぽん叩いている。


「リーゼの魔法も火力がすごかった。後方から氷槍二発で二体持っていくとか、私たちだけじゃ絶対できない」


「杖の調子がいいから。……ラグの手入れのおかげだと思う」


 四人の連携が、初戦にしてはかなり噛み合っている。ニーカが壁を張り、リーゼが後方から削り、セリアと俺が仕留める。役割が明確で、重なりがない。


 二人の時とは全く違う戦い方だ。俺が前に出る必要がほとんどなかった。レベル1の体で前線に立つリスクを、ニーカの盾が消してくれている。


「帰ったら手入れだな。六体相手にしたから、盾に傷が増えてるはずだ」


「もう傷の心配してる。さすが装備師さん」


「装備の手入れは後回しにするなって、毎日言ってるだろ」


「はいはい。——ねえラグ、今日私の盾から手入れしてよ。傷増えてるならさ」


「ニーカの盾は傷の確認が先だから、先にやる。セリアの短剣は——」


「最後。分かってる。分かってるけど」


 セリアが何か言いかけて、やめた。唇を尖らせて、前を向いて歩き始めた。


 リーゼがすっと俺の横に来て、小声で言った。


「ラグ。ニーカの盾を手入れする時と、セリアの短剣を手入れする時、時間の長さが違うの気づいてる?」


「そうか? 盾の方が面積が——」


「面積じゃなくて。セリアの短剣の方が長いの。盾よりずっと小さいのに」


「……」


「私の杖も、ニーカの盾も、ラグは丁寧に手入れしてくれる。でもセリアの短剣を触ってる時だけ、手の動きが違う。なんていうか——大事にしてる度合いが、段違い」


 何を言ってるんだ、この人は。


「一番使用頻度が高い武器だからだと思うけど」


 リーゼがにっこり笑った。


「ふうん。そういうことにしておくね」



    ※



 夕方。ギルドに素材を納品して、エルマの窓口を通った時、エルマに目配せされた。


 応接室。いつもの場所。


「一つ、お伝えしておくことがあります」


「何ですか」


「ギルド上層部が、新しい規定の草案を準備しています。内容は——パーティ内のレベル格差に制限を設けるもの」


「レベル格差……」


「草案の段階ですが、パーティ内の最高レベルと最低レベルの差が一定以上ある場合、パーティ登録を制限するという内容です」


 リーゼがレベル44、俺がレベル1。差は43。どんな基準を設けても引っかかる。


「……俺を狙い撃ちにした規定ですね」


「おそらく。ガーヴさんの報告で直接処分ができなかった分、制度の方を変えにきています」


「通ったらどうなりますか」


「パーティ登録が無効になります。公式のパーティとしてギルドに認められなくなる」


 セリアが横で「そんな……」と呟いた。


「ただし、まだ草案段階です。正式な規定になるまでには審議が必要で、少なくとも一〜二ヶ月はかかります。その間に何ができるか——」


「登録しなければいいんですよね」


 エルマが目を丸くした。


「パーティ登録をしなければ、規定の対象にならない。俺たちは今まで、依頼の受注はセリアの個人名義でやってきた。パーティ登録は便利だけど、なくても活動はできる。非公式のパーティとして動けばいい」


「……それは、制度の保護を完全に手放すことになりますが」


「元からほとんど保護なんて受けてないですよ。F級のまま、ずっと」


 エルマが黙って、それから小さく笑った。珍しい。この人が笑うの、あんまり見たことない。


「……そうですね。ラグさんらしい答えです」


 制度が壁を作るなら、壁の外で戦う。最初からそうしてきた。今さら変わらない。


 ギルドを出て、四人で安宿に向かう。


「規定の話、どう思う?」


 ニーカに聞いてみた。


「登録なんかなくたってパーティはパーティだろ。アンランクはアンランクだし。——あ、それより今日の盾の手入れまだ?」


「帰ったらやる」


「やった」


 セリアが小声で「盾盾うるさいな」と呟いた。聞こえてないと思ってるだろうけど聞こえてる。リーゼも聞こえてるっぽくて、口元を手で隠して笑っている。


 四人で歩く帰り道。二人の時より賑やかで、二人の時より面倒くさくて、二人の時より——たぶん、強い。


 制度が何を仕掛けてきても、この四人なら大丈夫だと思える。


 根拠はない。装備師の勘だ。

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