装備の扱いがなってない
ギルドの食堂で昼飯を食っていたら、でかい人影が見えた。
「あんたが、ラグ?」
見上げると、女が立っていた。
でかい。俺より頭半分くらい高い。肩幅もある。女にしてはっていうか、男と比べても相当がっしりした体格だ。短く切った金髪が日に焼けた肌に映えている。背中に身の丈ほどの大盾を背負っていて、腰に片手槍。全身が重装備。
プレートは、D級の緑色。
「……俺がラグだけど。誰?」
「ニーカ、D級。盾やってる。——あんたの噂聞いて来た」
「噂……」
「レベル1のF級なのにバケモンみたいに強くて、装備の手入れがすごいってやつ。ギルドの食堂で、三人くらいに聞いたら全員知ってた」
噂の広がり方がえぐい。ドーランさんの言った通り、もう半ば伝説だ。
ニーカが向かいの席にどかっと座った。誘ってないけど座った。セリアが隣で「え?」って顔してるけど、ニーカは気にしていない。
「単刀直入に聞くけど、あんたの手入れってそんなにすごいの?」
「……まあ、そこそこだと思うけど」
「そこそこって何だよ。すごいのか、すごくないのか、はっきりしてくれ」
押しが強い。
「装備の手入れには自信がある。……これでいいか」
「いい。じゃあ、これを見てくれ」
ニーカが背中の大盾を外して、テーブルの上にどん、と置いた。食堂のテーブルが軋む。でかいし重い。
「これ、私の盾。二年使ってる。最近なんか受けが悪くなってきて、手入れが足りないのかなって」
盾を見た。
見た瞬間、箸を置いた。
「……お前、この盾いつ手入れした?」
「手入れ? うーん、先月かな。砂で磨いた」
「砂で?」
「うん、砂で。汚れ落ちるし」
「……」
絶句した。
大盾の表面は傷だらけ。砂で磨いたせいで微細な傷が無数に入っていて、金属の表面がざらざらになっている。縁の部分は打撃で歪んでいるのに修正されていない。裏面の握り革は擦り切れてほつれている。留め具は二箇所緩んでいて、一箇所は完全に外れかけている。
よくこれで戦えてるな。逆にすごい。
「手入れっていうのは砂で磨くことじゃない。砂で磨いたら表面に傷がついて防御力が落ちる。いったい何をやってるんだ、お前」
「え、そうなの? 汚れ落ちるからいいと思ってた」
「よくない、全然よくない。表面の傷、縁の歪み、握り革のほつれ、留め具の緩み。全部まずい。この盾、本来の性能の半分も出てない」
ニーカが目を丸くした。
「半分も?」
「いや、半分以下かもしれない。——ちょっと待て、直す」
道具を取り出した。食堂のテーブルの上で盾の応急処置を始める。まず留め具の増し締め。次に縁の歪みを金槌で叩いて修正。握り革のほつれは縫い直す。表面の傷は——全部消すには砥石と研磨剤で数時間かかるから、今は一番ひどいところだけ均す。
ニーカが身を乗り出して、俺の手元を見ていた。
「すげえ。何やってるか全然分かんないけど、盾がどんどんきれいになってく」
「分からないなら覚えろ。自分の装備だろ」
「えー。覚えるより、上手い人にやってもらった方がよくない?」
「そういう問題じゃなくて——」
「ねえ、毎日やってくれない? お金払うから」
「金の問題でもなくて——」
「じゃあ、タダでいい。毎日触って」
横で、セリアのスプーンが皿にがちゃんと落ちた。
「セリア?」
「……何でもない。手が滑っただけ」
手が滑っただけにしては、すごい顔してるんだけど。
何か、気に障ることでもあったんだろうか。
※
応急処置だけで三十分かかった。まだ完全じゃないけど、最低限の状態には戻した。
「はい、とりあえずここまで。本格的に直すなら丸一日かかる」
「ありがとう! ——あ、持ってみていい?」
ニーカが盾を持ち上げて、腕に通した。構えて、軽く振ってみる。
「……え?」
「どうした」
「軽い……嘘でしょ。同じ盾だよね? なんで全然違うの?」
「留め具が緩んでたせいで盾が微妙にぶれてたんだ。腕への負荷が均一になれば、同じ重さでも軽く感じる。あと縁の歪みを直したから、盾の面が均一になって受けの安定性が上がってる」
「すっげーーー。装備師ってすごいんだな。あんた、天才じゃない?」
「天才じゃない、基本だ。基本をやってないだけ、お前が」
「基本やってなくてごめん。——ねえ、本当に毎日やってくんない? この盾もっと良くなるでしょ?」
盾を抱えて目を輝かせているニーカを見て、ちょっとだけ既視感を覚えた。装備が良くなって嬉しそうにしてる姿がセリアに似てる。方向性は180度くらい違うけど。
「……毎日は無理だけど。パーティに入るなら、メンバーの装備は俺が面倒を見ることになる」
「パーティ? あんたのパーティに入れてくれんの?」
「検討中だ。うちにはタンクがいないし、盾役が欲しいと思ってたんだ。お前、戦闘の方はどうなんだ」
「強いよ。盾持たせたら負けない自信ある」
「それは後で確認する。——セリア、どう思う」
セリアに話を振った。セリアはスプーンを拾い直して、ニーカを見ていた。
いや、見ていたっていうか……すごい顔で睨んでる。
「……強いなら、いいんじゃない。盾役は……確かに欲しかったし」
声にちょっとだけ棘がある。
気づいてるのかいないのか、いや……気づいてないんだろうな。
「あ、一つ聞いていい?」
ニーカが俺とセリアを交互に見た。
「あんたらって、付き合ってんの?」
しーん、と空気が凍った。
フロストウルフの冷気よりも冷たい凍り方な気がした。
「付き合ってない。ただのパーティー仲間だよ」
「…………」
俺がそう言うと、セリアは黙った。
黙って、スープを飲んだ。何も言わない。何も言わないことが、一番怖い。
「パーティー仲間かー。でもさっきからずっと隣にいるし、装備の手入れ毎日してあげてるんでしょ? それって、普通じゃなくない?」
「パーティメンバーの装備を手入れするのは普通だ」
「えー、私前のパーティで誰にも手入れしてもらったことないけど」
「前のパーティの装備管理がおかしいだけだ」
「ふうん、じゃあ普通なんだ。——でも二人とも、なんか顔赤くない?」
「赤くない」
「赤くない」
同時に言った。同時に言ったことで、余計におかしくなった。
「まあいいや。よろしくね、パーティの人たち! 私の盾をよろしく!」
「まだ正式には決まってないんだけど——」
「決まりでしょ。盾役欲しいんでしょ? 私盾やれるよ? 相性ばっちりじゃん」
強引だな。でも、間違ったことは言ってない。盾役は欲しい。ニーカの体格と装備構成は前衛の壁として理想的だ。戦闘能力はまだ確認してないけど、D級で二年やっているなら最低限の実力はあるはず。
「……一回、一緒に依頼をやってみよう。それで判断する」
「やった、任せて! 盾のことなら負けないから!」
ニーカが盾を掲げてガッツポーズした。でかい盾が食堂の天井にぶつかりそうになった。
「お前、ちょっと落ち着け」
「あはは、ごめんごめん」
セリアが小声で呟いた。
「……なんか、すごいの来たね」
「ああ……そうだね」
「手入れが増えても、わたしとの時間……減らさないでよ」
「うん、減らさないよ」
「約束ね! 絶対に、約束!」
「分かってるよ、約束」
三回目の約束だ。追い出さない約束、手入れの約束、そしてセリアとの時間を減らさない約束。セリアとの約束がどんどん増えていく。何のためなのかは分からないけど。
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