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銀貨の重さ


 ラーデン村を発ったのは、翌日の昼過ぎだった。


 本当は朝に出るつもりだったんだけど、村人たちが朝飯を用意してくれて、それがまたやたらと量が多くて。断れる空気じゃなかった。


「焼きたてのパンですよ、食べて食べて」


「こっちのシチューも! うちの牛のミルクで作ったんだから!」


「あんたたち若いんだから、もっと食べな!」


 人間、恐怖がなくなると元気になるもんだな。


 セリアは遠慮なく三杯おかわりしていた。よく食うなこいつ。


「だって、美味しいんだもん。ギルドの食堂のシチューと全然違う」


「それはそうだけど。三杯は多くないか」


「戦闘でカロリー使ったから。必要経費」


 必要経費って。


 結局、出発が昼にずれ込んだ。


 村の入り口まで、村長とゲルトと何人かの村人が見送りに来てくれた。


「ラグさん、セリアさん。本当にありがとうございました」


 村長が深く頭を下げる。昨日「F級の若造」って言ってた人と同じ人とは思えない。


「ギルドにはC級パーティを待つって伝えてありますが、もう必要ないでしょうな。あんたたちのおかげで」


「一応、ギルドにはダイアウルフを駆除した報告を入れておいてください。正式な記録として残した方がいいので」


「分かりました。——それと」


 ゲルトが横から口を出した。


「また何かあったら、ギルドなんか通さずに直接うちに来てくれ。報酬はこっちで用意する。等級なんざ知ったことじゃねえ」


 ギルドを通さない信頼。ハインツの時と同じだ。制度の外に、少しずつ繋がりができていく。


「ありがとうございます。何かあれば」


 手を振って、街道に出た。


 しばらく歩いて、村が見えなくなった頃。


「ねえ、ラグ」


「なんだ」


「ああいうの、いいね」


「ああいうの?」


「村の人たちに感謝されるの。F級でも、ちゃんとやれば伝わるんだなって。……ギルドの掲示板で銅貨五枚の依頼剥がしてる時とは、全然違う感じ」


「ああ……そうだね」


「……なんか今、めちゃくちゃ冒険者やってる感じする」


 セリアがにかっと笑った。朝の日差しの中で、その笑顔がやけにまぶしくて——


 前を向いた。


 道を見よう。道を。



    ※



 街に着いたのは夕方。そのままギルドに直行した。


 ダイアウルフの素材を窓口に持ち込む。牙六本、爪十二本、毛皮三枚。C級上位の魔獣三体分。


 受付に座っていたのはエルマだった。


「換金をお願いします」


「はい。——内容を確認しますね」


 エルマが素材を一つずつ確認していく。牙を持ち上げて、爪の状態を見て、毛皮を広げて。手際がいいけど、いつもより少し丁寧だ。


「ダイアウルフの素材ですね。三体分。状態は良好です」


 エルマの目が一瞬だけ俺たちのプレートに行って、戻った。


 F級、いつものことだ。


「換金額は……銀貨十四枚と銅貨三十枚になります」


 セリアが横で息を呑んだ。無理もない。F級の依頼報酬で銀貨を見ることなんかまずない。


「受け取ります」


 銀貨と銅貨を受け取って、カウンターを離れ——


「ラグさん」


 エルマに呼び止められた。


「少し、よろしいですか」


 何だろう。セリアと顔を見合わせた。


「素材の出所について、記録に残す必要があります。どちらで討伐されたものですか」


「ラーデン村の近辺です。村の東側の森から出てきたダイアウルフ三体を、牧草地で迎え撃ちました」


「ラーデン村。——現在、ラーデン村の魔獣被害についてC級緊急依頼が出ていますが」


「それは知ってます。ただ、依頼としては受けてません。受注資格がないので」


「F級では受注できませんからね」


 エルマの声は平坦だった。責めてるわけでもなく、皮肉を言ってるわけでもなく、ただ事実を確認している。


「依頼を受けずに討伐された場合、実績としてはギルドの記録に反映されません。素材の売却記録のみが残ります。——それでよろしいですか」


「構いません」


「分かりました」


 エルマがペンを走らせている。記録に何を書いているのか、カウンターの向こう側からは見えない。


「以上です。お疲れ様でした」


「どうも」


 カウンターを離れた。セリアが小声で聞いてくる。


「あの人、なんか気にならない?」


「エルマさんか?」


「うん。なんか、私たちのこと観察してる感じがする」


「職員だからだろ。記録を取るのが仕事だ」


「それはそうだけど……」


 セリアの勘は鋭い。実際、エルマは俺たちを観察している。何のためにかは分からないけど、敵意は感じない。今のところは放っておいていいと思う。



    ※



 窓口を出てロビーに向かう途中、鑑定石のコーナーが目に入った。自由に使える鑑定石が一台置いてある。レベルや能力値を確認したい冒険者が随時使えるやつだ。


「ねえラグ。ちょっと寄っていい?」


「鑑定石?」


「うん、最近レベル確認してないから。オークとかダイアウルフとか倒したし、さすがに上がってると思うんだよね」


「だろうな」


 セリアが鑑定石に手を置いた。光る。数字が浮かぶ。


 レベル13。


「——じゅう、さん?」


 セリアが固まった。


「13? 嘘でしょ。私のレベル、8だったよね? 一ヶ月前」


「8だったな」


「一ヶ月で5も上がるもの?」


「D級のオーク四体と、C級上位のダイアウルフ三体倒してるからな。経験値はかなり入ってるはずだ」


「いやそれは分かるけど……二年間で8だよ? 二年間F級の依頼やって8だったのが、ラグと組んで一ヶ月で13? おかしくない?」


 おかしくはない。理屈は通る。F級依頼のゴブリンやネズミとD級C級の魔物じゃ、一体あたりの経験値が桁違いだ。実戦の密度が上がれば、レベルの上がり方も変わる。


 ……ただ。


 5レベル分の上昇は、それでも多い気がする。D級C級の魔物をそれぞれ数体倒した程度で、本来ここまで跳ねるものなのか。


 いや、考えすぎだ。たぶん。


「実戦経験が増えたんだよ。F級依頼のネズミ退治とダイアウルフ討伐じゃ、入る経験値が全然違うだろ」


「まあ、そうなんだろうけど……。なんか釈然としない」


 セリアが鑑定石から手を離して、自分の手のひらを見つめている。


「でもレベル13ってことは、E級の昇格ラインまであと2だよね」


「15がラインだから、そうだな」


「……このペースなら、そんなに遠くない?」


「かもな」


「やばい。E級とか考えたこともなかった。二年間ずっと遠い目標だったのに」


 セリアの声がちょっと震えている。嬉しいのか戸惑ってるのか、たぶん両方。


「……ラグのおかげだね」


「俺は何もしてない。戦って経験値を稼いだのはお前自身だ」


「でも、ラグがいなかったらD級やC級の魔物と戦う機会なんてなかったよ。一人じゃゴブリン三体で死にかけてたんだから」


 それは——まあ、そうかもしれないけど。


「あと、剣」


「剣?」


「ラグが手入れしてくれた剣じゃなかったら、ダイアウルフは斬れなかった。オークだって怪しい。私がレベル上がったのは、半分くらいこの剣のおかげだよ」


 セリアが腰の短剣に手を置いた。


「だから、ラグのおかげ。……ありがとう」


 まっすぐこっちを見て言うから、目を逸らすタイミングがつかめなかった。


「……装備師の仕事をしただけだよ」


「そればっかり」


「そればっかりだよ」


 セリアが呆れたように笑った。笑った顔が近い。距離感バグってないかこいつ。


 ……いや、これが普通なのか。コンビってこういうもんなのか。分からない。三年間パーティにいたけど、こういう距離で笑いかけてくる人間はいなかった。


「帰るぞ。明日も依頼がある」


「はいはい」


 ギルドを出て、安宿に向かう。


 銀貨を半分ずつ分けて、それぞれのポケットに入れた。F級コンビの手元にある額としては破格だ。しばらくは素材代にも飯代にも困らない。


 装備の手入れをして、飯を食って、寝る。明日からもF級の日常だ。


 でも一ヶ月前の「F級の日常」とは、中身がだいぶ違ってきてる。


 隣を歩いてるこいつが笑ってるだけで、同じ道が違う道に見えるんだから——って、何考えてんだ俺は。


 装備の手入れのことを考えよう。明日はセリアの革鎧の肩当てを補修する。あの部分、縫い目が甘くなってきてるから早めに直さないと。


 ……うん。装備のことだけ考えてればいい。それが俺の仕事だ。

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