宗教的な病気
東欧の食卓
私はその家族の末っ子として生まれた。
東欧のどこか、国の名前はわからない。石造りの古い家で、大きな木のテーブルを囲んで、いつも家族みんなが笑っていた。兄が何人いたのか、姉が何人いたのか、数えようとすると不思議と思い出せないのだが、とにかく大勢いた。食事のたびに誰かが冗談を言い、誰かが笑い、スープの匂いが部屋中に漂っていた。
幸福な家族だった。少なくとも、そのころは。
ある晩、兄のひとりが食卓に来なかった。
翌朝も来なかった。部屋で横になっているという。熱があるのか、痛みがあるのか、誰も詳しく教えてくれなかった。私は心配になって家族の顔を見回したのだが、誰も心配していなかった。母も、父も、他の兄弟たちも、まるで兄がそこにいないことが最初から決まっていたかのように、普通にスープをすすっていた。
数日後、その兄は死んだ。
葬儀があったのかどうか覚えていない。ただ、次の食事の時間には、テーブルの席がひとつ減っていた。誰もそれについて話さなかった。
また数日が経った。
今度は別の兄が、食卓に来なくなった。
私は焦って医者を訪ねた。村外れの古い建物で、白髪の老人が分厚い本に囲まれて座っていた。症状を説明した。原因不明の衰弱、家族の無関心、そして死。
医者はしばらく黙って私を見てから、こう言った。
「それは肉体の病気ではないかもしれない」
「では何ですか」
「宗教的な病気、とでも呼ぶべきものだ」
私は聞き返した。宗教的な病気とは何か。
医者は答えなかった。ただ静かに本へ視線を戻した。まるで、自分で気づくべきことだと言うように。
その兄も、死んだ。
またある夜の食卓。スープの匂い、笑い声、暖かな光。何事もなかったかのように家族が囲んでいる。
その場の空気に流されたのか、あるいは何かが緩んでいたのか、私はふと口を開いた。ある宗教についての話を始めた。よくない話だった。批判とも悪口ともとれる言葉が、気づけばするすると出てきていた。
しゃべり終えた。
顔を上げると。
家族全員が、こちらを見ていた。
スープを持つ手を止めて。笑いをやめて。無表情に。全員が、静かに、まっすぐ私を見ていた。




