第8話 探索してたら見つけてしまう
翌日——。
まずは、この謎だらけの場所の全容を把握し、できれば地図も作っておきたい。そう考えて、さっそく調査を始めることにした。
こうした細かな探索は、妖精三姉妹の長女——風魔法を駆使するカルテの得意分野だ。
ただ、うちの使役妖精については、まだニディアに紹介できていない。
タイミングを誤れば、面倒くさいことになりそうな予感がする。
そんなわけで、「ひとりで探索に出かける」という体裁で家を出た。
「いってらっしゃーい!」
新婚夫婦って、こんな感じなんですって? ——と、満面の笑顔で送り出される。
どう反応すればいいのか、もう正直わからない。
きっとこれもアイ・チューブで仕入れた知識なのだろう。
女王様、あなたの娘はこんな感じに育っていますが——大丈夫でしょうか?
家の視界から外れたところで、カルテを呼び出す。
調査は家の方角を仮に北と定め、そこから時計回りに東、南、西とエリアを分けて順に進めていくことにした。
カルテが腕を伸ばし、細かく角度を変えながら周囲を丹念に探っていく。
かすかな振動音が空気を震わせる。
時おり木々がざわめく音や、遠くから獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。
ちなみに、一度だけ例の鳥もどきが襲ってきたが、あの程度の大きさなら、もちろんカルテの敵ではない。
以前のようにこちらへ突進してきたそいつは、カルテがその手を軽く払っただけで、側面から凄まじい衝撃波を浴び、身体ごと大きく捻れながら、すぐ脇の木立に叩きつけられた。
カルテは何事もなかったかのように調査を続行する。
その間、ピクリとも動かない鳥もどきを見に行くと、身体のあちこちがありえない方向に曲がっていた。
食料として持ち帰ることも考えたが、この惨状だとたぶん味に影響が出そうだ。
狩りのときは、カルテに任せない方がいいかな——。
そんなどうでもいいことを考えていると、カルテの声が耳に届いた。
「マスター、一通り確認を終えました」
えっ?
何日もかかると思っていたのに、仕事が早すぎないか?
詳細を報告してもらうと合点がいった。
カルテの説明によれば、この空間は実際には巨大な半球状の構造になっているらしい。一見、森がどこまでも広がっているように見えるが、それは巧妙な錯覚で、どの方向に進んでも最終的には行き止まりになる仕組みだという。
となると、俺がここに流れ着いたような、特別な入口しか存在しないのか?
いや、最初にニディアを幽閉したときに使った入口が、必ずどこかにあるはずだ。
そんな俺の考えを見透かしたように、カルテがすっと人差し指で上空を指し示す。
そこには、光の石が埋め込まれた空が広がっていた。
「あれは魔導発光装置ですね。昼夜を再現するために設置された魔導具の一種です」
カルテは続けて、湖の真上を指差した。
「——湖の上、ちょうどこの半球の頂点部分だけ、光の反射が不自然に揺らいでいる箇所があります。真下から調べてみないと断言できませんが、何かあるとすれば、あそこでしょう」
湖の真上か——。
どうやって調べる?
カルテは風魔法の使い手だけど、残念ながら空を自由に飛べるわけではない。
湖。みずうみ。みず……。
——あ。
ちょうど適任がいた。
横を見ると、いつもはすまし顔のカルテが珍しくニコッと笑っていた。
***
「ふたりが並んでるの、久しぶりに見たな。いつ以来だっけ——ああ、確かあれはブークが——」
「あの、ボス。そんな事は思い出さなくていいです……」
ブークを呼び出すと、ちょっとイヤそうな顔をしながらその姿を現した。
最初は小声でブツブツ文句を言っていたが、姉の目に見えない圧があるのか、今はおとなしく彼女の隣に並んでいる。
「じゃあ、ここはふたりの息を合わせてもらって——」
段取りを伝えると、ふたりはすぐに動き出した。
ブークが水際にしゃがみ込み、右手をそっと湖へと伸ばす。すると、水面が静かに左右へ割れ始め、やがて湖底が姿を現した。
水底が見えた瞬間、全員で足を踏み入れる。中央へ向かって歩きながら、カルテは上空の様子を丹念に調べていく。
ここだ、というポイントを見つけたら、カルテがブークに合図を送ることになっている。
「ブーク!」
カルテの声が響いたその瞬間、ブークが土魔法を湖底に放った。
さすがは姉妹、まさにあうんの呼吸だ。
俺たちの足元が、ものすごい勢いで隆起し始める。さっきまで歩いていた湖底の道は、すでに水で満たされていた。
光の石——魔導発光装置の空が、目前に迫る。
このままでは空にぶつかる——そう思った瞬間、わずかに光が弱い箇所が目に入った。
なるほど、光が乱反射しているし、そもそもこのサイズの裂け目なら地上から見つけるのは不可能だ。
なんの抵抗もなく、ふっと光る石の空をすり抜けた。
到達したのは空の裏側だった。隆起させた湖の底が、そのまま突き刺さったような形でその裂け目部分にはまっている。
その周りは、淡く光るパネルが一面に広がっていた。
パネルは半透明で、その下には——さっきまで歩いていた湖の水面が、ゆらゆらと揺れて見えていた。
「この空間はなんだろ?」
あたりを見回す。
広さは宿の大部屋くらい、天井は俺の背の倍ほどの高さがある。
「制御室のようですね」
カルテが静かに答え、端に並ぶ制御装置らしきパネルを指差す。近づいてみると、表面には埃が積もっているものの、ところどころがかすかに光り、まだ動作していることが窺えた。
「ボスー、これで降りれるんじゃないです?」
ブークが、俺たちが登ってきた位置の真上を指さす。
そこには、箱型の昇降装置のようなものが設置されていた。こちらも長く使われていなかったのか、表面は苔むし埃にまみれ、あちこちが錆びついていた。
「これがリフトだとすれば、ここが俺たちの探していた本来の出入り口で間違いなさそうだな」
さて、どうするべきか——。
慎重に行くなら、一度戻って作戦を立て直す選択肢もある。
——だが、装置類が並ぶ壁の反対側に、らせん状に上へと伸びる階段があるのを見つけてしまった以上、その考えは消えた。
階段を上り切った先の天井には、スライド式の隠し扉のようなものがはめ込まれている。
あの先に“何か”がある——そんな予感が背中を押す。
足元に注意しながら、一段ずつ階段を上っていく。最上段にたどり着き、扉の取っ手を握って横にスライドさせる。
長い間使われていなかったせいか、何度も引っかかる。
そのたびに持参した短剣の刃を差し込み、慎重にこじ開けていった。
人ひとりの頭が入るくらいの隙間ができたところで、そっと中を覗き込む。
そこは、大人がひとり寝そべって入れる程度の狭い石造りの空間だった。
上部は同じ材質の蓋が被さったような構造になっていて、そのわずかな隙間から差し込む光のおかげで内部の広さがわかる。
これって——もしかして石棺?
いや、石棺を模した——出入り口だ。
頭を引き抜き、カルテとブークに視線を送った。
カルテが心配そうに声をかけてくる。
「マスター、どうしても行かれるというのであれば、お止めはしませんが——」
——あれ? この状況、このセリフ、なんだか最近も経験したような……。
「ボス、ファイトです!」
ブークのいつも通りの能天気な声援に背中を押され、俺はもう一度、頭をその狭い空間に突っ込む。
——あ。
カルテのセリフをいつ聞いたか思い出した……。
ということは、この先にまた裸体が待ってるってこと?
いやいや、さすがにこんな場所でそんなことは……ない、よな?
そう思いつつも、階段を上り始めた時とは違う種類のドキドキが胸の奥で高鳴る。
隠し扉に力を込める。
ギギギ……と鈍い音を立てて扉が横にスライドしていく。
その隙間が肩幅くらいまで広がったところで、俺は石棺に身体をねじ入れた。
そして一番光が漏れている隙間に顔を寄せると、恐る恐るその先を覗き込んだ。
ああ! なるほど。
確かに……。
——そこには何ひとつ身につけていない生き物が、堂々と鎮座していた。
ただ、肌はすべすべではないし、きゅっとした腰もしていない。
今回はお湯を浴びることもなかったので、遠慮なくその全身を確認できた。
その体は見事なまでに鱗で覆われ、立派なしっぽまでついている。
俺の記憶が確かなら、この特徴を持つ生き物は——総じて「ドラゴン」と呼ばれる種族のはずだった。




