第7話 旧知の配信者に連絡する
「二人分だと、やっぱり時間がかかりますねっ」
ニディアは最後の一皿を食器棚に戻すと、こちらに満足げな笑みを向けた。
「……ニ、ニディアってさ」
ニディア呼びにまだ慣れないなか、俺はここでもうひとつ、疑問に思っていたことを口にした。
「料理もそうだけど、あの剣の扱いとか、どうやって習得したの?」
彼女は口元に手を当てて視線を宙に泳がせた。
「うーん、それは、いろんな先生から教わったのです」
「先生? あ、執事さんから?」
「いえいえ、マルセルさんはお作法とか、普通に読み書きとかです。あ、魔法は全然ダメでしたけど……」
ニディアはそこで、えへへと小さく笑った。
またもとの彼女に戻ったようだ。
「そういえば、アカツキさんって普段、配信のお手伝いしてるんですよね?」
「うん、まあ、色々やってる……かな」
「じゃあ、全然見慣れているかもですけど——」
ニディアは大事な宝物を見せたがる子供のような顔で続けた。
「この後、わたしの秘密の娯楽部屋にご案内します!」
***
その部屋は、上階へと続く螺旋階段を上った先にあるらしい。
そういえば彼女はさっき、ここには娯楽もあるとかって言っていた。
こんな地下深くに娯楽?とは思ったけれど、 確かに王族の避難場所だったというなら、なにがあっても不思議ではない。
階段を上がってすぐ脇の扉をガチャリと開けた。
「じゃーん、ここがわたしの秘密の娯楽部屋でーす!」
扉の先には、ふかふかの絨毯が敷かれた、まるで王族のための広間のような贅を尽くした空間が広がっていた。
天井には柔らかな光を放つランプが並び、左右の壁に設えられた棚には、何に使うのかよくわからない魔導具がたくさん収納されている。
——けれど何よりも目を奪われたのは、奥の壁に埋め込まれた、超大型の魔導タブレットだった。まるで教会の壁画のような存在感を放っている。
俺はまたしても呆気に取られ、部屋の入口でぼーっと立ち尽くしていた。
画面には配信者のチャンネルがいくつも並んでいる。
ん? ということは——。
「えっと、料理の先生っていうのは?」
「はい、アイ・チューブです」
「あの獲物を手際よく処理してたのも?」
「はい、アイ・チューブです」
「じゃあ、あの流麗な剣技も?」
ニディアは誇らしげに胸を張った。
「もちろん、アイ・チューブです!」
***
「見ましたか? いまの上腕の動きと足捌き!」
「剣先がずっと地平線まで延びているようなイメージで、振り抜くのです」
「力を入れてはダメなんです。いかに脱力するか、それが肝です」
最初は遠慮がちにアイ・チューブについて語っていたニディアだったが、お気に入りに保存した映像の話に至っては、テンションが上がりに上がり、段々と饒舌かつ早口になっていった。
にしてもニディアさん、あなたこんなのばっか見ながら何十年も自己鍛錬してたのですか?
お気に入りの映像は完全に「武道系」と「グルメ系」の2種類だけだった。
武道系は熱い語りとともに、オススメの中のさらにオススメをいくつも見せてもらったので、続いてグルメにカテゴリー分けされた方を覗かせてもらう。
——ん?
ああっ?
そこに並んでいたのは、見知った配信者の名前ばかりだった。
「——もしかして、この酔っぱらいの動画、好きなの?」
「えっ、アカツキさん、リンタローさん知ってるんですか?」
「いや、知ってるもなにも——」
「このひと、いつも酔っ払ってて、どうしようもないんですけど。料理の腕は確かで、簡単で超美味しいレシピが多くて、ものすごく真似してます。あっ、さっきのメインもそうですよー」
あの肉汁溢れる鳥の揚げ物、そうだったのか!
リンタロー、俺の前世での配信仲間。
この世界に来てからも縁があって再会を果たし、そのつながりはより強固になった気がする。
世界の秘密を探ろうとする俺を後押ししてくれているのもリンタローに他ならない。
それにしても、アイツの姿をこんなとこで目にするなんて——。
あれ?
ここで俺はあることに気がついた。
この場所は結界に覆われていて、外の世界には出られない——でも、ここでアイ・チューブの映像が普通に再生できるってことは……配信ネットワークには接続されてるってことになる。
もしそうなら——外にいる誰かに連絡を取ることも可能なんじゃないか?
俺はニディアに、ちょっとこのまま使わせてもらってもいいかと言って、自分のアカウントにログインする。そして、リンタローが仲間内だけにしか知らせていないアドレスにメッセージを送った。
「うわ、早っ!」
暇なのか、すぐに返信があった。
しかもビデオ通話だ。
許可すると、すぐに見知った顔が画面に映った。
「おー、久しぶりっ。おまえから連絡してくるなんてほんと珍しいな。嵐にでもならなきゃいいが。どうしたんだ?」
相変わらず元気がいい。
濁流には飲み込まれたけど……とか思いつつ、単刀直入に用件を伝える。
「いや、実はちょっと困った状況にあってさ……」
俺はニディアのときと同じように、バッカスのパーティをクビになってからの出来事をかいつまんで説明した。ややこしくなりそうなので、 もちろんニディアのことを除いてだ。
一通り俺の話を聞いたリンタローは、ひとこと「おまえよく生きてたな」と呆れたように言うと、続いて「で、今おまえ——」と声を発した。
「あ、俺が今いるこの場所は——正確な位置がちょっとわからないんだ……」
「いや、そうじゃなくて——」
俺の言葉をリンタローが遮る。
「今おまえの後ろに 一瞬映った女の子、誰なんだ?」
へっ!
俺は慌てて後ろ振り向いた。
ニディアが小さく舌を出して「ごめんね」という顔をしている。
俺が通話を始めてから部屋の端のほうに移動していたんだが、我慢できずちょろっと覗きに来てしまったらしい。
「……アカツキ、今のは誰なんだ?」
「えっ?」
リンタローの追及が止まらない。
「超美人が見えた」
「あれ、えっと、カルテかな?」
「髪の色が違った」
「とすると、ブーク?」
「あんなにぽっちゃりしてなかった」
アミュレットが激しく揺れた。
ブークと顔を合わせたリンタローの姿を想像する。
きっと、水責めか、土に埋められるか、あるいはその両方に処せられることだろう。
「じゃあ、もうひとりの——」
「……漂う品格が違う」
うん、まあ、それはそうだ。
そんなやりとりをしていると、すぐ横になにか気配を感じた。
「はじめましてー!」
突然、ニディアが俺を押し退けて画面に入ってきた。
「わたし、アカツキさんの同居人のニディアと申します。いつも動画拝見しています!」
さすがのリンタローも画面の向こうで固まっている。
「リンタローさんのレシピ、超活用してます! あれ、今日は酔っぱらってないんですね?」
俺も画面のこちらで固まっている。
百戦錬磨のリンタローは早速立て直してきた。
「今日は、まだ一杯だけだから」
「あら、じゃあこれから、ぐでんぐでんになるんですね?」
「ニディアちゃんは今日なにしてたの?」
いきなりニディアちゃんだし。距離の詰め方も早い。
「うーんと、今日は途中まではいつもと変わらない一日だったんですよ。ところがお風呂に入ってたら、突如アカツキさんが——」
慌てて割って入る。
「リンタロー、まあそんなわけで、また連絡するから」
「おい! アカツキ。ニディアちゃんがお風呂のくだりでおまえの名前出したぞ。どういうことだ!?」
「アイ・チューブの混線じゃない?」
「そもそも、ニディアちゃんが同居人って言ったの、あれ、なんなんだ!?」
あー、これはもう別で時間をとって説明するしかないな。
そう思っていたら、リンタローが再びニディアに話しかけていた。
「ニディアちゃん。このアカツキ、他人の配信手伝ってるって言ってるの、違法配信とかなんだよ、知ってる?」
おい、リンタロー。
散々な初対面からやっとここまで立て直したんだ。また心象を悪くするような話はやめてくれ、 たとえ、それが事実であってもだ。
「えー、そうなんですかー。アカツキさん、わたし幻滅です」
いつものニディアに戻ったのはいいことだけど、こうなったニディアさんはノリノリでタチが悪い。
バッカスのような例外を除けば、俺が普段関わるのは、いろんな事情で国や組織を追われる羽目になった人たちだ。
そうした者たちの声を、発信場所が特定されないように偽装してアイ・チューブに流す——そんな手伝いを俺はしていた。
「アカツキさん、 それは素晴らしい仕事です!」
ニディアが感心したように頷く。
「でも、お金たくさんもらえるからやってんだろ」
リンタローがまた余計な情報をぶっ込む。
「アカツキさん、わたし、やっぱり幻滅です……」
こんなやりとりがさらに10分ほど続いた。
さすがのニディアも少し眠そうな顔になった。いつもの軽快な受け答えにもキレがなくなっている。
俺はリンタローに、また明日やりとりさせてくれとお願いして会話を締めくくった。
ニディアは「おやすみなさい」といって自室へと消えていく。
あー、もう、ほんと疲れた……。
思い返せば——
王子パーティのクビに始まり、牢屋に濁流、のぞき疑惑からの狩りにフルコース。そしてリンタローとの長話&無限ツッコミ。
気絶してた時間を除けば、マジで休みなしじゃないか……。
とりあえず今日は寝て、明日からこの場所の探索を始めるとするか。
俺はニディアが用意してくれた部屋に戻り、柔らかなベッドに身を沈めた。
全身の力が抜けていくのを感じながら、そのまま静かに意識が遠のいていった。




