第6話 ニディアの秘密を聞いてしまう
「——いくつか訊きたいことがあるんだけど……」
ずっとモグモグしていたニディアの食欲が収まった頃合いを見計らって、俺は声をかけた。
小首をかしげてこちらを見る彼女に、俺はいちばん気になることから訊ねてみる。
「……今いる場所——この家のあるここって、どこ……なのかな?」
自分でもちょっと妙な質問だと思ったせいか、自然と声が探るようなトーンになった。
その問いにニディアはきゅっと口角をあげて答えた。
「うーん、ここがどこかは——」
ただ気のせいか、さっきまでの底なしに明るい雰囲気が少し陰った気がした。
「わたしにも、わかりません」
「えっ?」
思わず声が出る。
「分からないんです。物心つく前にこの場所に連れて来られたみたいで。それからずっとここにいるので……」
——ちょっと待て。
ニディアの年齢。見た感じ15歳くらい、いや、どんなに年上に見積もってもせいぜい20歳くらいだろう。物心つく前に連れて来られた? ずっとここに——?
「えっと、ちょっと立ち入ったことを訊くようだけど——」
俺は頭を整理しながら質問を続けた。
「——ここには、何年くらいいるのかな?」
ニディアは「えっと——」と呟きながら、指を折って数え始めた。
両手の指を使い切っても止まる気配はない。三巡目が終わったところで、俺の表情に気づいたのか、にっこり笑って言った。
「たぶん、30年くらいです」
さ、さんじゅうねん!?
頭の中で数字がぐるぐる回る。
俺はニディアの顔をまじまじと見返した。
「あっ、わたし、言ってませんでしたね」
俺の驚いた表情に気づいたのか、ニディアは小さく肩をすくめて、はにかむように言葉をつけ加えた。
「わたし、エルフなんです。まあ、半分だけですけど——」
半分? ——ハーフエルフってこと?
「最初は、マルセルさん——あ、執事さんなんですけど、一緒にいてお世話をしてくださっていたんです。でもある日を境にいらっしゃらなくなって……。もうかれこれ、25年くらいはひとり——ですね……」
ニディアは静かに微笑んでいたが、瞳の奥にわずかな影を感じた。
「久しぶりに人と直接話して、はしゃいじゃった」という彼女の言葉が、脳裏をよぎった。
——と同時に、彼女が口にした話の断片が頭の中でひとつに繋がっていった。
幽閉場所と呼ぶこの家。
エルフである彼女。
かつての執事の存在。
そして、30年という歳月——。
俺は確信めいた思いを抱きながら、問いかけた。
「もしかして、ニディア……いや、ニディアさんって、この国の女王……?」
「それは、たぶん——母の話ですね……」
母親!?
そうか。世間には知られていないが、女王には子供——娘がいたのか。そしてそれが、このニディアというわけか!
「ここは、もともと王族のために設けられた緊急時の避難場所なんだそうです。なので結界があったり、あと、こんなにいろんな物が揃っているんだと思います」
ニディアが幽閉されたというのなら、その母親もやはりここに幽閉されていたのか?
いや、彼女はずっと一人きりと言っている。
じゃあ、女王は別の場所に?
強力な魔法を扱うエルフが、まったく抵抗もしないで?
様々な疑問が頭に浮かぶ。
——が、俺はここで母親のことを口に出すことがどうしても出来なかった。
女王は殺されたのかもしれないじゃないか。もしそうなら、そんな辛い話を彼女にさせてしまうことになる。
「ここから外に出ようとはしなかったんだ?」
代わりに俺はそうニディアに問いかけた。
「お話したとおり、ここには結界があります」
「エルフなら魔法で結界を破ったりできるんじゃ……」
「あ、そう思いますよね」
彼女は苦笑いを浮かべた。
「わたし、魔法は使えないんです」
「えっ……」
「エルフと同じで長命ではあるようなのですが、魔法の方は、マルセルさんにも教えてもらったんですけど全然ダメなんです。やっぱりハーフエルフだからでしょうかね」
彼女は肩をすくめた。
その顔には、諦め半分と、ほんの少しの悔しさが浮かんでいた。
俺は何て返せばいいのか分からなくなって、思わず黙り込んでしまった。
「アカツキさん、そんな顔しないでください。確かにわたしはずっとひとりでしたけど、それなりにずっと楽しくはやってきたんです」
彼女は言葉をひとつひとつ紡ぎ出すように語った。
「いろんな作物を育てたり、新しいお料理に挑戦したり、あとそうそう、ちゃんと娯楽もあるんですよ。それに——」
ニディアの瞳が俺を捉えた。
「今日からはアカツキさんもいますし……」
俺は彼女に笑いかけた。ちょっと作り笑顔だったかもしれないけれど……。
それに対する彼女の笑顔もちょっとぎこちなかった。
「なんだか美味しいご飯の最後に湿っぽいお話になっちゃいましたね。さあ、片付けますよ。アカツキさんもここは手伝ってくださいね」
ニディアがお皿を重ねて台所へと歩き出した。俺も残りの食器を携えてその後に続く。
「あの……ニディア、あっ、ニディアさん……」
その声に彼女はピタッと立ち止まった。
こちらを振り返ったその顔はちょっと不満げだった。
「アカツキさん、わたしに”さん”とかつけないでください」
「あ、いや……」
(でも、王女様だし、ずいぶん年も……)
また思ったことが顔に出てしまったらしい。
「……アカツキさん、もしかしてわたしのこと年寄り扱いしましたね。いいですか! エルフとヒトを同じ年齢で比べないでください」
「はい……」
「じゃあ、わたしのことはこれから”ニディア”でお願いします!」
ニディアは俺の顔をじっと見つめた。
「わたしを呼ぶ時は……はいっ!」
「ニディア……」
「よく出来ました!」
彼女は少しおどけるように微笑んだ。
それは今日見た中で一番の笑顔だった。




