第5話 手料理をご馳走になる
女子の着替えは時間がかかるものらしい。
たびたび頭に浮かぶ煩悩を振り払いながら待つこと数分。着替えから戻った彼女の服装は、部屋を案内して回るには少々似つかわしくないものだった。
黒のタイトなコスチュームに、白い胸当て。腰には大振りの剣をぶら下げている。両足は脛当てとブーツを除けば無防備に近い。
思わず凝視していたのを、服装への疑問と捉えてくれたようだ。
「あ、予定変更です! ちょっとおなかが空いたので、食材を調達に行きませんか?」
言葉は勧誘だったが、有無を言わさない勢いで支度をさせられた。
食材? いったいどこに?
そんな疑問は、ニディア邸(仮称)から一歩表に出た瞬間、一挙に解消した。
「……なんだこれ!?」
思わず声が漏れた。
その家は丘の上に建てられた、まるで貴族の別荘のような豪勢な外観をしていた。
さっきまでふたりでいたダイニングと、俺が“のぞき”の汚名を着せられた浴室は1階。その上に2階、さらに塔のような3階部分まであるようだ。
ただ、それ以上に驚いたのは、高台から見えるその景色だった。
眼下には大きな湖が広がっていた。
湖の周りは淡い緑の草原に囲まれ、その先には濃い緑の森が深く続いている。
ここって、地底のはず……だよな?
「空には光の石が埋まっていて、一日の時間に合わせて明るさが変わります」
呆気にとられている俺の脇で、彼女は説明を続けた。
「ほら、あそこが畑で——あっちは果樹園。その横のは簡易温室です」
「これ……誰か手伝ってくれてるんですよね?」
「えっ、わたし一人ですよ」
家の裏手には、干し肉や瓶詰めらしきものが棚に並ぶスペースもちらりと見えた。
「えっと、お肉とお魚、どっちがいいですか?」
俺の顔を覗き込むようにニディアが訊ねてきた。
「今日はアカツキさんのウェルカムパーティです! なので、食べたいモノなんでも言ってください。こう見えてわたし、結構料理は得意なんです」
——手料理!?
嬉しい気持ちと、味が微妙なときの反応を考えておいた方が良さそうだという考えがセットで頭に浮かぶ。
そんな思いが顔に出てしまったようだ。
「あー、さては信用してないですねー。
じゃあ、もうわたしが決めちゃいます! 一番得意な鳥料理でいきます。
ひとりで仕留めちゃいますから、手を出さないでくださいね!」
それは了解ですが、いま“仕留める”って言いました?
丘を下りてしばらく歩くと、湖の周りを囲む草原地帯に辿り着いた。
鳥という言葉につられてか、思わず上空を見上げるが、そこにはさっき彼女が説明してくれた光の石が輝いているだけだった。
この不思議な空間の構造がどうなっているのか、あとでカルテを呼び出して調べてもらうことにしよう。
そんなことを考えていると、隣から「いましたー!」という大きな声が上がった。
彼女の視線の先を追う。
そこには、二足歩行の大型の生き物がこちらを向いて立っていた。
身の丈は俺の1.5倍くらいありそうだ。小さい頭と長い首、胴体から伸びる脚は首と同じくらいの長さがある。
えっと、それは『鳥』なんですか?
その鳥もどきと目が合った。
——と感じたのも束の間、そいつはすごいスピードでこちらへダッシュして来た。
瞬く間にお互いの距離が縮まる。ぶち当たられでもしたら、当たり所が良くて大怪我、悪ければ命にもかかわりそうな突進力だ。
彼女はというと、慌てる様子もなく、俺とその巨鳥の直線上に入り半身で立っている。
おい、おい。
反射的にアミュレットに手を添える。
——いや、ちょっと待て。
「仕留めます」「手を出さないでください」って、もしかしてこのこと?
あらためて彼女の姿を見る。なんだか余裕な表情。というか逆にイキイキと感じられるくらいだ。
これは“任せる”で正解な気がする。
巨大なその鳥が目前まで迫った瞬間——ニディアはわずかに後ろ足に重心を落とし、ハラリと円弧を描くように身をかわす。
そして、勢い余ってたたらを踏んだ巨鳥の足を蹴り上げた。
大きく体勢を崩す巨鳥。
そこに一閃、いつ抜いたのか分からない速さで、剣が繰り出されると、長い首がなめらかな弧を描いて宙を舞った。
その剣筋は速すぎて、俺の目には銀色の軌跡しか見えなかった。
流麗で無駄がない、とにかく美しい剣捌きだ。
どさりと倒れた鳥もどき。
その側に立ち、両手を合わせるニディアさん。
すっかり圧倒され立ち尽くす俺。
すると、先ほどの勇ましい姿が嘘のように、満面の笑みを浮かべながら彼女が近づいてきた。
「えっとー」
……はい、なんでしょう?
「これ、一頭で足りますかね?」
ニディアさん、あなたどんだけ食べるんですか!
さすがに全部お任せするわけにもいかないと思い、獲物の解体を手伝うが、彼女の手つきは手慣れたものだった。
倒れた鳥の前に膝をつき、ためらいなくその胸元に刃を入れると、手際良く羽毛を剥ぎ取っていく。
さっきの剣の腕前といい、感心を通り越してほんと驚くことばかりだ。
***
自己申告に偽りはなく、彼女の作る料理はどれも本当に美味しかった。
<鳥もどき>づくしの本日のお料理。
一品目:サラダ
胸肉をボイルしてスライスし、緑や黄・赤色の野菜と合わせ、爽やかな柑橘系のソースで仕上げたヘルシーな前菜。
——いきなり洒落た料理が出てきてビビる。
二品目:鳥と卵のスープ
一口大に切った鳥肉を出し汁で煮て、そこに溶き卵を散らした、身体に優しいお味の一品。
——あの鳥もどきのモノとは思えない。
メイン:モモ肉の揚げ物
塩と豆を発酵させた秘伝のソースに30分ほどつけ置き。パン粉をつけて高温の油で二度揚げ。余熱を少し冷ましてからナイフでざくざくっと切り分ける。肉汁がこれでもかと溢れ出す至高の一皿。
——美味すぎ、これ一生食べていられる。
食後:デザート
二品目でも使った卵を泡だて、砂糖、薄切りにしたフルーツを加えて型に入れ、ふっくらと焼き上げた甘さ控えめのもっちりケーキ。
——絶対ブークが好きなやつだ。
剣の扱いや狩りの仕方、そして料理の腕前といい、ほんとにどこで習ったんだろう?
慌ただしく台所と食卓を行き来していたニディアが、ようやくテーブルに戻ってきた。
気がつけば、俺はひとりで全品平らげてしまっていた。
「ごめん、なんか、ひとりで先にいただいちゃって……」
俺が申し訳なさそうに言うと、彼女は首を大きく左右に振った。
「なにを言ってるんですか。今日の主役はアカツキさんですよ? わたしの分は別でありますから、全然気にしないでください!」
ニディアは席につくなり、揚げ物にフォークを突き刺して勢いよく口に運んだ。
「あ、美味しい!」と目を輝かせながら、次々と料理に手を伸ばしていく。
——あの浴室での初対面から考えると、ずいぶんと距離が縮まった気がする。
「ちょっと、スープを温め直してきますね」
俺は、席を立つニディアの背中を見送りながら、彼女が戻ってくるのを待って、ずっと訊ねたかった——この場所のこと、そしてニディア自身のことについて、話を切り出してみることにした。




