第4話 同居人にならないかと勧誘される
瀟酒な装飾が施された縦長のダイニングテーブル。
その片端に銀髪の少女が静かに座っている。
青みがかったグレーの大きな瞳。ほんのり上気した頬に、きゅっとした口元。
羽織っているのは毛足の長い貴族が着用しそうなローブだ。
腰紐をきつく締めていないせいなのか、右肩のあたりが少しズレていて、動くたびに中の白い肌がちらりと覗く。
——ああ、ダメだ。
目に焼きつけるつもりは全くなかったのだが、先ほど目撃した彼女のあの姿が焼きつき過ぎて離れない……。
そんな俺の心のざわめきを知ってか知らずか、少女は明るい口調で切り出してきた。
「初対面から裸のお付き合いになっちゃいましたが、あらためてご挨拶から始めさせてください」
あれ? もしかして怒っていない?
「ようこそわが家へ。わたしはここの主でニディアと申します」
それに、わが家ってどういうことだ?
——とは思ったものの、これ以上失礼を重ねてはマズい。少しでも好感度を上げねばと間髪入れずに返事する。
「——アカツキ……です。普段はまあ、冒険者の配信の裏方みたいなことをしてまして——あの、このたびは本当に失礼を……」
言い淀む俺に、彼女は少し身を乗り出した。
「それではまず、わたしが一番聞きたかったことからお訊ねさせてください」
「あ、はい、どうぞ……」
思わず背筋が伸びる。
「どうして——」
「——はい」
「“のぞき”なんかしてたんですか!?」
「……」
“どうして”は、これまでの経緯を説明するとして、“のぞき“については是非とも謝罪しつつ訂正もしたい。
「あの……言葉尻を捉えてなんなのですが、普通のぞきってこっそり見ることを言いません?」
少し遠回しに言葉の定義から攻めてみる。
「——たしかに。堂々と姿を現してましたもんね」
堂々とはしてなかったんだけど、言葉の定義は受け入れてもらえたようなので、そこはスルーして次のステップに進む。
「確かに状況だけ見ればのぞきと言われても仕方ありません。その点は本当に謝ります。ただ、ここに来たのにはちゃんと理由がありまして——」
俺は、バッカス王子に国家反逆罪と断罪され、城の牢屋に入れられたこと。そして、濁流に押し流されてこの場所に行き着いた経緯を説明した。
彼女は、眉間にしわを寄せたり目を丸くしたりと、コロコロと表情を変えながらその始終を聞いていた。
そしてしばらく考え込んだあと、ようやく口を開いた。
「では、アカツキさんは——」
きちんと納得してもらえたのだろうか、と期待しながら彼女の言葉を待つ。
「……わたしの裸は、見たくなかったということですね?」
「はいっ?」
いや、ちょっと待て。なんでそういう話の流れになるんだ!?
しかもこれ、どう答えても地雷じゃないか!
俺が返答に詰まっていると、さらに追い打ちをかけてくる。
「もしかして、配信ってことは盗撮目的ですか!」
どんどん話が変な方向に転がっていく。
「いや、あの、ですから、そうじゃなくって……」
しどろもどろになりながら、俺は思わずテーブルに突っ伏した。
——今日は本当に、最悪な一日かもしれない……。
しばらくして、クスクスという笑い声が聞こえてきた。
その声はだんだんと大きくなる。
ふと顔を上げると、彼女は涙を浮かべて笑っていた。
「ちょっと意地悪しちゃいましたね、ごめんなさい。でも、お話はよくわかりました!」
彼女は椅子から立ち上がると、柔らかな笑みを浮かべながら、さっきよりも少しだけ畏まった口調で挨拶する。
「あらためまして、ようこそアカツキさん」
慌てて俺も立ち上がる。
「悪く思わないでくださいね。久しぶりに直接人とお話ししたので、ちょっとはしゃいじゃいました!」
悪くは思ってませんが、できれば悪ふざけは程々にしてください。
「ただ……」
——ただ?
彼女の表情がすっと引き締まった。
「残念ですがここに辿り着いた以上、もう外に出ることはできません——」
外に出られない?
「もしかして結界のことですか?」
俺はブークが言っていたことを口に出した。
「はい——。どう流れ着いてここに来られたのか分かりませんが、この場所は全体が大きな結界に覆われています。ですので、冗談ではなく本当に、外に出ることはできないのです」
どういうことだ?
「あの、ここはその、ニディアさんのおうちですよね?」
「ええ。でも世間的には幽閉場所と言うみたいです」
——!
「なので、アカツキさんも現状ここに留まるしか選択肢はありません」
せっかく自由の身になれたと思ったのに、まさかまた閉じ込められてしまうなんて——独房から少し広めの雑居房に引っ越したって感じじゃないか……。
ああ、今日は間違いなく人生最悪の日だ。
俺の気持ちは沈んでいたが、なぜか彼女の声は少し弾んでいた。
「ついてはご提案なのですが、このわたしもずっと一人っきりで退屈してたところですし——」
そこで言葉を切ると、彼女はテーブルの反対側にいた俺のもとへゆっくりと近づき、右手を差し出した。
「この家で一緒に暮らしましょう!」
「えっ!」
彼女はにっこりと微笑み、少し首を傾けた。
——とその時、彼女の右肩からローブがさらにずり落ちた。
俺はもちろん、その状況に目を奪われる。
そして——
……あっ。
反射的に手を握ってしまった。
あーあ……。
「良かった! では決定ですね! ——ということであれば善は急げ。早速ウチのなかをご案内します!」
彼女はウキウキした様子で、部屋の外へ歩き始めた。
——が、すぐに「あっ」っと声を上げ、その動きが止まる。
初めて自分がローブ一枚なのに気がついたようだ。
俺に「ちょっと着替えて来ますね」と告げると、さっきとは別の方向へ小走りに駆けて行った。
そして部屋を出る間際、俺の方を振り向くと、
「あ、ちなみに寝室は別ですからねっ」
一言そう言って扉の向こうへと消えて行った。




