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第2話 独房に収監される

「……ヤバいな、この雨」


 外は想像していた以上に激しい雨が吹き荒れていた。


 石畳は一面の水浸しで、風にあおられて波立っている。

 時おり吹きつける強風に雨粒が舞い上がり、水しぶきがギルドハウスの軒下まで容赦なく降り注いでいた。


 俺は両脇を衛兵にがっちりと押さえられ、そのまま豪雨の中へと引きずり出される。

 外套はあっという間にびしょ濡れになる。

 ほんと最悪だ……。


 メンテナンスの行き届いたギルドハウスとは対照的に、通り過ぎる街並みは雨のせい以上にさびれて見えた。


 ——かつて七つの海を支配したという繁栄の国の、いまの姿がこれか。


 ロンディニウム王国は長きにわたりエルフの女王が治めていた国だ。それが30年ほど前、女王が突然姿を消して以来、大公一族が実権を握っている。バッカスもその出身だ。

 正史では「女王の失踪」とされているが、実際は大公派のクーデターで女王を幽閉した——というのが世間の通説でもある。


 5分ほど歩いただろうか。川沿いに架かる石橋が視界に入る。王宮の中にそびえるロンディニウムの象徴——時計塔の上部も、雨に煙ってぼんやりと見えていた。


 衛兵に両脇を固められたまま、俺は無理やり橋へと引きずられる。

 時を告げる鐘の音が六つ鳴り響くのが聞こえた。

 

 土の匂いが強い風に乗って鼻を突いた。

 ずっと気になっていた音——水か何かが流れる轟音——も、歩を進めるごとにどんどん大きくなっていく。


「これ、本当にヤバいんじゃないか……」


 思わず声を漏らすが、衛兵たちはまるで聞こえないふりで俺を引っ張っていく。


 橋を渡り裏手へと回り込む。

 石造りの壁にある小さな鉄扉を開けると、そこはおよそ城の中とは思えないほど薄汚れた中庭のような場所だった。


 その片隅に古びた木造小屋がぽつんと建っていた。


「歩け!」


 衛兵に促され、水たまりに足を突っ込みながら進んだ。


 小屋の入口には、無精ひげを生やした中年の男が立っていた。

 俺を見るなり、口元を歪めてにやりと笑う。


「お前、何やったんだ?」


 問いかけには答えず、黙って睨み返す。


 男は肩をすくめて言った。


「ここはな、王族に楯突いたとか、ちょっと訳ありの連中を目立たないように閉じ込めておく場所だ。

 残念だが、今の体制が続く限り外に出られることはない。まあ待遇は悪くないさ。若いのに気の毒だが、諦めて余生をゆっくり過ごすんだな」


 そう言うと、男は小屋の扉を開けた。


 中は狭く、奥には地下へと続く石段が口を開けていた。

 階段の中はひんやりと冷たく、外から流れ込んだ雨水が階下へと広がり始めている。


 何度も折れ曲がる階段を下り、ようやくたどり着いた先には、分厚い鉄格子の扉がずらりと並ぶ独房フロアが広がっていた。

 人の声こそないが、他にも囚人がいることがわずかな気配から窺える。


「入れ!」


 背後から低く短い声が響き、俺は鉄格子の中へと押し込まれた。


「食事の時間になったら鍵が開く。詳しい規則は看守から聞け!」


 そう言い残し、衛兵は扉を閉め足早に立ち去っていった。


 独房の中は狭いながらも、簡素なベッドと小さな机が置かれていた。


「なるほど。待遇は悪くない——か」


 外套を脱ぎ、両手でぎゅっと絞る。雨水が床にぽたぽたと滴り落ちた。


「——さて、どうしたものかな……」


 服も髪もびしょ濡れで、体温がどんどん奪われていくのが分かる。

 俺は胸元のアミュレットに手を伸ばし、ため息混じりにぼやいた。


「また怒られそうだけど、ここは頼るしかないよな……」


 冷たいアミュレットの感触を確かめ、俺は目を閉じた。


「ブーク、汝の身を此処に。抑止の楯となり我を守れ」


 途端に、アミュレットがカチリと反応し、まばゆい光が独房の暗がりを切り裂いた。


 光の中から、小柄な人影が徐々に形を成していく——。

 やがて、あどけなさの漂う少女の姿となったそれはゆっくりと顔を上げると、俺に向かって口を尖らせながら第一声を発した。


「ボスー。ブークのこと、便利屋さん扱いしてません? まあ、いいですけどぉー」



 ***



「にしても、なんですか、さっきのあのブサイク王子! もっと早く呼び出してくれれば、思いっきり殴ってやったのにー!

 あーもう、思い出しただけで超ムカつくーっ!!」


 召喚した途端、息もつかせぬ勢いでまくし立てるコイツ——俺が頼りにしている使役妖精で名前はブークという。


「そうだ! アイツら3人だったから、こっちもお姉ちゃんたち呼んで3対3でやっちゃいましょう!

 うん、いい考えだ! いまからでも遅くないです! ギルドハウスにみんなで突撃しちゃいましょう!

 ねーねーボス、聞いてます?」


 俺が呼び出す使役妖精・三姉妹の末っ子。水と土系の魔法を扱う、防御が得意な楯役だ。


「ブーク、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ……今ここ、どこか分かってる?」


「……はいはい」


 ブークは独房の中をぐるりと見回した。


「牢屋ですね」

「うん、そうなんだ」

「出たいです?」

「できれば服も乾かしたい」


 ブークは腕を組んで、うーんとうなりながら部屋の中を行ったり来たりし始めた。

 壁を指でコンコン叩いたり、ベッドの下を覗き込んだりもしている。


 やがて椅子に座り、机の上に頬杖をついてこちらをじっと見てきた。


「ボスは、ブークが使える魔法、知ってますよね?」

「水と土系だっけ?」

「なので、ここで魔法を使うと、もっと水浸しか土まみれになっちゃいますよ」


 うん、それは嫌だ。


「乾かすんだったら、パージ姉ちゃんですけど——」


 パージというのはブークのすぐ上の姉、三姉妹の次女。

 火・光・闇の三属性を操る、戦闘では一番頼りになる存在だ。


 ただその暴れっぷりは尋常でなく、しょっちゅう色々とやらかす。

 先日も由緒ある建物を木っ端微塵に吹き飛ばして、関係者全員から大目玉を食らったばかりだ。


「パージはさ、こないだ盛大にやらかしちゃったから……」

「謹慎中って、カルテお姉ちゃんが言ってました」

「なんだよね……」


 ブルッと身体が震えた。

 マズい。いよいよ体が冷え切ってきた。


「あっ!」


 突然、ブークが大声を上げた。

 そのまま俺のびしょ濡れの服の裾をわしっとつかんでくる。


 ん? なんだ?


 次の瞬間、独房——いや、このフロア全体が、ガタガタと大きく揺れ始めた。


「うわっ!」


 立っていることもできないほどの激しい揺れに、俺は思わず膝をつき、ブークを脇に引き寄せる。

 頭上の照明がちかちかと明滅し、廊下の赤い警告ランプが赤く灯る。


『魔導システム異常、魔導システム異常。非常モードに移行します』


 無機質なアナウンスがこだまし、続けざまに「ガン!ガン!」と、金属がひしゃげるような音が鳴り響いた。

 鉄格子が、壁際に叩きつけられるように開いていく。


 石壁には細かな亀裂が走り、天井の照明は今にも落ちてきそうなほど大きく揺れていた。


 ——しばらくして揺れは収まった。


 俺はブークを抱えたまま、独房の外にそっと顔を出した。


 周囲の牢からも驚きと戸惑いの声が漏れ、数人の囚人たちが廊下へとよろめき出てきた。


 何が起こったか分からないけど、これで外に出られるかも。


 ——と、安堵したのも束の間、ブークが叫ぶ。


「ボス、ヤバいです! 水が、水がやって来ます!!」


 耳を澄ますと、遠くから「ゴゴゴゴ……」という不気味な音が聞こえてきた。


 その直後、地上へと続く長い階段の上の方から、「バン!」と何かが弾け飛ぶ音が響いた。

 轟音が一気に大きくなる。


 階段の上を見ると、大量の水がこちらへ押し寄せてきていた。


「マジかよ……」


 俺は咄嗟にブークの頭を胸に抱き寄せる。


 次の瞬間、濁流が俺たちを飲み込んだ。

 激しい水の音が耳をつんざき、視界が真っ白に染まった。


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