第1話 配信係をクビになる
「全くひでぇ仕事しやがって! おまえのせいでオレ様の勇姿が台無しじゃねぇか!」
王立ギルドハウスに併設された酒場に怒声が響き渡る。
そう罵ってるのは丸テーブルの向かいにどっしりと座るパーティリーダー——ロンディニウム王国の第三王子、バッカス。
罵られてるのはその王子パーティに配信係として雇われたこの俺、アカツキだ。
左右に座る他のメンバーは、その通りと言わんばかりに首を縦に振ってる。
あの日、意識が途切れた後、俺が目覚めたこの世界。
——そこは、案の定というべきか、剣と魔法が支配する異世界だった。
マジか……
マンガのような出来事にすっかり呆れ返った俺だったが——それはほんの序の口に過ぎなかった。
ア、アイ・チューブ?
——って、どういうことだよ!?
そう、この世界にはなぜか、あの<アイ・チューブ>が同じ名前のままで存在していた。
しかも、魔力で動く配信ネットワークとして、だ。
「なんで、こんなものを流しやがった!」
バッカスが右手に持った魔導タブレットを俺に投げつけてきた。
画面には、突如現れたミノタウロスにビビって、一目散に逃げ出すバッカスの間抜けな顔が大写しになっている。
:バッカス……くっそダセーw
:演技じゃないよな? マジで焦ってるよな、コレ
:ほんと、ロンディニウムの恥さらしだよ
:おい、あんまり言うと、ヤバいぞ。こんなんでも一応、王子様だから
:親兄弟からも馬鹿にされてるらしいけどな
:まあ、お笑い枠としてはいいんじゃね?
:だな、毎回なんかやらかしてくれるしw
動画のコメント欄は辛辣な言葉であふれていた。
:おい、もう切り抜きもあがってるぞ!
:仕事早っ!
:タイトル『王子にミノタウルスは早かった』
:草
:ワロタ
:でも、配信切れた後、倒したって話だぞ
:んなわけないだろー
この世界でも<アイ・チューブ>の使われ方は同じだった。
冒険者たちは戦いの様子をライブ配信して小銭を稼ぎ、そして名を売るためのひとつの手段としていた。
——なんなんだ、この世界!?
「!」
俺の脳裏に、最後の瞬間に見たアラートが浮かんだ。
『再構築プロセスを開始します』
『初期化:進行中……』
——あのメッセージと無関係なはずがない。
バッカスの罵声は続く。
「……寛大なオレ様に免じて、この件はまあ不問としてやる。——問題はだ!」
声のトーンが一段上がる。
「この後、オレ様が繰り出した会心の一撃! ミノタウロスを一刀両断にしたあのシーン——それがなぜ撮れてねぇんだ! あれこそ視聴者に届けるべきモンだろうが!」
その意見には俺も激しく同意する。こんな髭面の汚いオッサンのアップにニーズなんてあるわけない。
じゃあなんで配信が中断したのかって?
それはきっと——またあの現象が起きたからだ。
——この世界に来てから、何度か経験している、あの感覚。
「いやー、アレは凄まじい一振りでしたなぁ。さすがバッカス様。このアリフォン、九死に一生を得ました」
ここがヨイショの絶好機とばかりに、右手に座ったパーティメンバー——痩せぎすの魔法使いアリフォンが猫なで声で語り出す。
そう、あの一撃がなかったらきっと俺も含めパーティは全滅、バッカスも今頃は棺の中だ。
「ギルドの連中もさすがバッカス王子と感心してましたぜ」
左手から、筋肉お化けの前衛タンク・ボルケスがあとを継ぐ。
「なにを喜んでやがる、おまえら!」
バッカスが振り上げた拳をテーブルに叩きつけた。
皿に載った食べ物が宙に舞い、グラスが倒れて酒が四方に飛び散った。
予想外の反応に慌てふためく腰巾着たち。いや、ほんと、オモリ役も大変だ……。
「これまで経験したことのない溢れんばかりのパワーが、オレ様の愛剣に満ち渡り、放たれたあの一撃……」
お供ふたりにかみついていたのも束の間、怒りの矛先が再び俺に向かって来た。
「アレがちゃんと撮れてりゃあ、どれだけバズってたと思う!? こいつがちゃんと仕事さえしてりゃあ、えっ、そうだろっ!」
首を上下に忙しく振るふたりに目をくれることなく、バッカスは荒々しく椅子の背にもたれ一息おくと、吐き捨てるように言った。
「——おまえ、今日でクビだ」
その言葉を合図に、ボルケスがガッハッハと嘲笑を響かせる。
「すげーな、初日でクビかよ!」
右隣のアリフォンが、グラスをちびちびやりながら皮肉を飛ばす。
「次の仕事探しに時間もかかるだろうから、ダメな場合は即クビに。さすがバッカス王子、ほんとお優しい……」
「おい、なにをぼーっとしてる? おまえはクビなんだよ、ク・ビ・! さっさと出てくんだな、この下手くそ野郎!」
バッカスの顔にあざけるような笑みが浮かんだ。
「……おや、さてはおまえ、ショックで動けねぇのか? へっ、そうかー、そりゃあショックだよな。せっかく高名なバッカスパーティの一員になれたのに、即日クビじゃなあ」
悦に入った表情を浮かべるバッカス。
俺が無表情でいるのが、意気消沈に見えたらしい。
もちろん俺はクビになったことにショックなんて受けてはいない。
配信ネットワークなんていう異物が混じったこの世界の謎を解くため、そして当座の日銭を稼ぐため——俺は旅をしながら、冒険者たちの配信を手伝いっていた。
バッカスのパーティに潜り込んだのもそのためだった。
腐っても国の第三王子。近くにいれば王族しか知り得ないような情報を漏れ聞く機会もあるのでは——と。
だが、少しでも期待した俺がバカだったようだ。
醜悪な笑みを浮かべるバッカスに、俺は右手を差し出した。
「クビにするのは雇い主の自由だ。不満はないよ。今日の報酬だけもらったら、さっさと出ていくさ」
バッカスは呆れたように鼻で笑う。
「おまえ、配信の腕がからっきしなだけならまだしも、頭のデキも最悪らしいな」
アリフォンが魔導端末を突き出してくる。
「これがオレ様のパーティとの契約書だ。下の方をよく見ろ」
【本契約はロンディニウム王国法第632条に基づき締結されるものとする】
「で、その632条ってのはな」
【本条は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約する契約を規定する】
バッカスは淀みない口調で条文を諳んじると、こう言い放った。
「つまり、おまえは仕事を完成させてねぇ。だから支払い義務はねぇ。そういうことだ」
……なんだ、それ!
「法律に文句があるなら、王子のオレ様から陛下の耳に入れてやってもいいが。まあ時間の無駄だがな」
高めの報酬とはいえ、王子にしたら端金だ。それをわざわざ法律を持ち出して踏み倒すとは——正直、呆れるしかない。
ダンジョンを出たときには小降りだった雨が、今はギルドハウスの屋根を激しく叩いている。遠くで雷鳴も響いた。
「わかったよ、ロンディニウム王国の第三王子ってのは、ずいぶんケチくさいんだな」
そう言い捨てて椅子を立ち、胸元で揺れるアミュレットを押さえながら背を向ける。
「おい待て! 今おまえ、オレ様を——いや、この国を侮辱したな!?」
背後からバッカスの怒声が飛ぶ。
「ボルケス、アリフォン、そいつを取り押さえろ!」
巨漢のボルケスがすぐさま俺を羽交い締めにした。
「侮辱だけじゃない。法律にまで文句をつけ国の評判を貶めるとは……ふむ、これは国家反逆罪だな」
国家反逆罪!?
——おい待て、それはおかしいだろ!
アリフォンはすでに、城の衛兵を呼ぶ手配を始めていた。
「おまえには特別に、城の地下深くにある独房を用意してやろう。入った者は二度と出てこねぇらしいが……よほど居心地がいいんだろうな。楽しみにしておけ」
身動きできないまま、バッカスの嘲る声だけが耳に届く。
「そうそう、おまえの後釜がついさっき決まってな」
羽交い締めにされた俺の目の前に、見知らぬ少女がにこやかに顔を覗かせた。
俺の肩くらいの身長。右の口角を上げて蔑むような視線を俺に送っている。
「あら先輩、お疲れさまでしたぁ。あたしもザコ呼ばわりされないように、王子パーティの“後輩”として先輩の分まで頑張りますねー」
「おいおい、ヴェリザ。さすがにザコなんて言ってねぇぞ」
バッカスの甘ったるい声が響く。
「最近は牢獄でも配信が見られるらしいぞ。まあおまえも新しい王子パーティの配信を見て、一から勉強し直すこったな。——おっと、牢から出られなきゃ成果も発揮できねぇか」
バッカスの高笑いが、雨音さえもかき消すようにギルドハウス中に広がった。




