第14話 ドラゴン vs パージ
「さあ、お相手はここだぜ!」
パージはドラゴンに向かって片手を突き出すと、挑発するように声を上げた。
俺の渾身の叫びは、どうやら彼女の耳には届かなかったようだ……。
ギャォォォォオーーーーーッ!
——巨竜が再び吠えた。
瞳が獲物を射貫くように細められる。
次の瞬間、ゴウンと風を切る音がした。
巨大な尾が大きく弧を描く。
——そして大扉をめがけて叩きつけられた。
ドガアアァァアンッ!
爆音とともに扉が崩れ去る。
その衝撃が床や天井を揺らし、粉塵がむせるほど舞い散った。
ダン、ダン、ダン——。
地が震える重い足音とともに、ドラゴンがこちらへ進み出てきた。
先ほどの火鉱竜より小ぶりだが、その分動きは確実に速い。
間髪入れず竜が口を大きく開く。
喉の奥にうごめく青白い輝きがフロアを一瞬だけ照らし出す。
次の瞬間、その光が一気に収束し、轟音とともに冷気をまとった閃光がパージへと打ち放たれた。
空気を切り裂くようにうねる光が、一度も止まることなくパージへ迫る。
不敵な笑みを浮かべ、一歩も動かないパージ。
強烈な閃光がまともにパージを捉えた。
衝撃で彼女の身体が弾かれ、勢いのまま石棺の背後の壁へ叩きつけられる。
ギャヤォォォォォォオーーーーーッ!
フロア全体に歓喜のごとき竜の咆哮が響き渡る。
氷哭竜——その氷のブレス。
パージの周りに凄まじい速度で氷が広がっていき、その姿はたちまち分厚い氷塊に覆われてしまった。
「パ、パージさん!!!」
ニディアが絶叫する。
俺に向き直ったその瞳は潤み、顔は青ざめていた。
まあ、パージの戦い方を初めて見たらそんな反応になるよね。
「水属性の効果はすべて無効化されてます」
「ブークは昔、散々訓練に付き合わされたのです」
「物理ダメージも無効です」
「ブークは痛くなくてもイヤです」
隣でカルテとブークが冷静に解説を始めた。
「ニディア、多分アレ、喜んで受けてるから大丈夫」
「ええええ!? だっていま完全に直撃だったじゃないですか——も、もしかしてパージさんって、思いっきりドMなんですかー?」
ニディアが目を真ん丸に見開いて混乱するなか、カチリと小さな音が鳴った。
——氷がひび割れる音。
次の瞬間、パージを包みこんでいた氷塊が一気に弾け飛び、四方へ砕け散る。
「はー、こんなもんか。ちょっとがっかりだな……」
砕けた氷の中心には、服についたホコリを払うような仕草で軽口を叩くパージが立っていた。
「師匠から早く片付けろと言われていたから、これで全部なら、さっさと終わらせてしまうぜ!」
「ボス、そろそろ、来ますよ」
「叫ばなくても魔法って使えるよね?」
「気持ちの問題だそうです」
パージは右手を胸元からまっすぐ前へ突き出した。
「焦土に還れ」
そして半身をひねり、右腕を円弧を描くように大きく振り払う。
《焦界灼陣――エンシェント・グレイヴ!!》
次の瞬間、その軌跡に沿って空間が裂けるように紅蓮の火が走る。
烈火が周囲を覆っていた氷を瞬時に溶かし、足元から沸き上がる湯気が、床を水で満たしていく。
「前とポーズ変わったですね」
「謹慎中に考えたのかな?」
「技の前に小さくつぶやくのもお初です」
「ブークもやってみたら」
「ボスの命令でもそれは勘弁です……」
俺たちのやり取りをよそに、パージはノリノリだ。
「では……これで、終わりにしようか」
パージは息をひとつ吐き、 人差し指と中指を交差させ、片手を高く天へと掲げる。
「終焉を灯せ」
そして、真っ直ぐに空を斬るような動きで手を振り下ろす。
《雷鳴終陣――ラグ・ネメシス!!》
その叫びとともに、氷哭竜めがけて頭上から幾重にも重なった雷光が降り注いだ。
氷哭竜の巨体がバチバチと火花を上げ、痙攣するように仰け反る。
同時に水面にも電流が走り、フロア全体がビリビリと震える音に包まれた。
全身に電撃を受けた氷哭竜は、ひときわ大きく身をよじると、叫ぶような声を上げる。
グァアアアアァァン――!
——そして、崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだ。
「こんなんじゃあ、リハビリにもならないんだけどな」
パージの力が尋常ではないとはいえ、なんともあっけない幕切れだ。
ただ、多分これで終わりではない気がする。
リンタローからの連絡を聞いているカルテ・ブーク、そしてニディアは、緊張の面持ちを崩していなかった。
ひと仕事終えたという顔でこちらを振り向いたパージの背後を注視する。
先ほどのリンタローとのやり取りが頭に浮かんだ。
「そいつの種類は氷哭竜——水属性のドラゴンで多分間違いはない……」
「ん? 珍しく自信なさげじゃないか」
「——そいつ、体のどこかになにか模様のようなものは無かったか?」
「……模様?」
「氷哭竜だが、ここ何年も目撃談がなくて絶滅したんじゃないかという噂なんだ」
「もともと数が少なければ、そういうことだってあるんじゃないのか?」
「もちろん、その可能性はある。ただ——」
「なんだ? 勿体ぶらずに早く言ってくれ」
「ドラゴンや魔物を改造し、自在に操作できるようにした個体を作り出す集団がいるらしい……」
「それは……いま目に前にいるヤツがそうじゃないかと——」
「ああ。その場合、体のどこかに魔法陣が刻まれている。もしそれを見つけたら、悪いことは言わない。とにかく逃げた方がいい!」
やはりと言うか、最初に気づいたのはカルテだった。
「……復活しますね」
カルテの視線の先に目を凝らした。
「あっ!」
横たわった氷哭竜から細かな塵のようなモノが立ちのぼるのが目に入った。
肩にあった文様が青く光り、ゆっくりと明滅している。
「あれは魔法陣です。本来の水属性に闇属性——復活・蘇生に関わる能力が追加されているものかと……」
パージも異変に気がついたようだ。
その歩みを止めると、やる気満々の様子で踵を返した。
「パージ!」
いくらパージがチートだからって、この状況で闇属性の相手はしたくない。
アンデッドなんて相手してたらきりがないし、そもそも俺たちの目的は脱出だ。
無駄な戦いは避けられるなら避けたい。
俺はテラスから降りると、急いでパージのもとにかけつけ、その手を引っ張った。
「師匠ぉ〜」
パージがこんな時にしか出さないような甘えた声を上げるが無視をする。
「みんな! コイツは放っておいて先に進もう!」
俺たちは、氷哭竜の尾の一撃で瓦礫と化した大扉の残骸を飛び越え、その先へと駆け出した。
そこはカルテの言ったとおり、横幅の広い通路だった。左右には太く重厚な柱が等間隔で並んでいる。
前方少し先に転移魔法陣がふたつ設置されているのが見えた。
青白い光が明滅している。
ちゃんと稼働しているようだ。
——ただ移動先がどこなのかは、もちろん分かりようがない。
みんなで顔を見合わせる。
「どうしようか?」
「先に進むには、どちらかに乗るしかなさそうです」
「多数決にする?」
「ブークはボスに一票」
「いや、それは多数決って言わないだろ」
「ワタシは師匠と一心同体です」
「……そういうのはいいから」
そこへニディアの声が飛ぶ。
「あー、なんかもう立ち上がりかけてますよ」
振り返るとそこには、まだ足をばたつかせているが、その二本の足で立ち上がろうとする竜の姿があった。
これはいよいよマズい。
「ここは、やっぱりワタシが——」
なにがなんでも戦いたい感じのパージを急いで止める。
——その時
「わあ!」
今度はブークが声を上げた。
その視線の先を追う。
転移魔法陣のひとつが急速に動作を始めていた。
「隠れよう!」
俺たちは慌てて通路を戻り、左右二手に別れて柱の影に身を隠した。
程なくして、 転移魔法陣に三人の男のシルエットが浮かび上がって来た。
(あっ!)
その中に見知った顔を見つけた俺は、思わず声を上げそうになる。
……なんで、おまえがこんなとこに来るんだよ!
そこには、何日ぶりかに目にするあの髭面——第三王子バッカスの姿があった。




