第13話 パージ参上
扉の向こうのヤツがこちらにやって来る気配はない。
それでも念のため、ブークが作った石壁の裏にみんなで身を寄せ車座になる。
カルテがこの場所の位置関係を説明してくれた。
「ここは王宮の地下——城内に立つ時計塔の真下に位置しています。
整理すると下から順に、ニディアさんが幽閉されていた空間、空の裏側、この上層階となり、その遥か上に時計塔があることになります」
「あの先は?」
俺は大扉の向こうを指さした。
「横幅の広い大きな通路——少し行った先のつきあたりに転移魔法陣がふたつあるようです。たぶん王宮へとつながる移動手段かと——」
カルテが解説を続ける。
「大扉を挟んで配置された二体の巨竜——先ほど倒したのは、私たちを外に出さないためのドラゴン。そしてあちらは——外からの侵入者を迎え撃つためのドラゴンと考えて間違いないでしょう」
リンタローには色とか形状とか、確認できた範囲の情報を伝えた。すぐにでも何か反応があればいいんだけど、こればかりは待ってみるしかない。
ずっと俯いたままのブーク、その横で物思いに沈むニディア。
いつも賑やかなふたりが黙ったままなので、お通夜のような雰囲気になっている。
まあ、あれだけの戦いをした後だ。
ギリギリ倒せた強敵のあとにまた難敵が控えていたとあっては、言葉が出ないのも当然だろう。
うーん、どうしたものか……。
「うわぁ!」
すぐ横で叫び声が上がった。
ブークが顔を上げてキョロキョロしている。
「わ、ボス、思いっきり寝ちゃってました!」
ええっ!
その声にニディアが反応する。
「ブークちゃん、大活躍だったから仕方ないですよー。わたしなんて最後だけだったのに、もうお腹が空いちゃって、ぼーっとしてましたー」
おいおい。
「マスター、これは私の推論に過ぎませんが——」
そんなふたりとは対照的に、カルテが普段にも増して硬い口調で語りかけてきた。
「二体の竜が人為的に配置されたとすると、同じ属性のものを置く可能性は低いように思います」
確かに。
俺が配置する立場だったらたぶん違う属性を二体配置するだろう。
「この世界の魔法は、火、水、風、土、それに光と闇の六属性。それは竜種も例外ではありません」
「で、同じ属性は配置しないとすると、まず火は外れる——と」
「はい。さらにこの場所ですが——」
カルテは上方を指し示した。
「天井の高さがありません。先ほどの火鉱竜もそうでしたが、この狭い空間では飛翔が難しくなります」
「あ、そうか。なら、風の可能性も低いと言うわけか……」
属性ごとの優劣は、必ずではないが基本次のような傾向にある。
水 > 火
火 > 風
風 > 土
土 > 水
そしてこれとは別に、お互いに拮抗する闇・光がある感じだ。
いまの戦力から考えてみる。
カルテ:風、ブーク:水と土、ニディア:腕力、俺:口だけ……。
普通の属性ならまだ何とかなるかもしれない。
光だって雷撃なら、耐えることはできるだろう。うまくやれば突破できる可能性もなくはない。
問題は闇の場合だ。
そのときは……。
撤退の二文字が頭に浮かぶ。
その時だった。
「あ」
「うわっ!」
「おおっ!」
考え込んでいた俺に、三人三様の叫び声が届いた。
え! なに?
みんなの視線は俺の方を向いている。
え! まさか後ろから!!
慌てて振り向くが、そちらには例の石棺があるだけで他には何もない。
俺が気づいていないのを察したカルテが、冷静にことの次第を告げる。
「パージ、戻ったようです」
えっ!
急いで胸元を見る。
アミュレットの紫の石がしっかりと点灯していた。
「やったー!」
両手を大きく掲げ、歓声を上げるブーク。
「ボスぅ、早く早くっ」
そう言って、子供のように俺に腕を絡めて激しく揺する。
ふーーーーっ。
もしかしてこれで、形勢が大きく変わるかもしれない。
「わかった、わかった」
俺は身を隠していた石壁から少し移動して、アミュレットに手をかけた。
目を閉じ詠唱する。
「パージ、汝の身を此処に。禍福の剣となり敵を穿て」
アミュレットから放出された紫色の光がフロア全体に広がった。白壁に光が反射し、明るさが一層増す。
その光が収束すると、俺と三人のちょうど間にひとりの少女がゆっくりと姿を現した。
赤みがかった長い髪。背格好はカルテより少し高い。そしてその装いは——本人のセンスなのだが、少々というか、かなり布地の部分が少なかった。
パージは、地面に両手をついて頭を下げた平伏の姿勢で、第一声を発した。
「師匠! ただいま出所して参りました。このたびは、ご迷惑をおかけしました!」
「おつとめご苦労様でした。パージ」
「アネキ、生まれ変わったぜ!」
「パージ姉。なんか、やつれたね」
「ブークは太ったよな」
「パージ、またよろしく頼むよ」
「はっ、師匠の命とあらば——」
パージは俺のことを「師匠」と呼ぶ。もちろん何か教えた記憶は微塵もない。
「で、パージ……早速なんだけど……」
「あのー、初めまして!」
話を振ろうとしたところで、 元気いっぱいの声に遮られる。
「わたしニディアと申します。カルテさんとブークちゃんには、いつも良くして貰ってます!」
あの、ニディアさん、自己紹介はできれば後に。
というか、”いつも”ってあなた、ふたりと会ったの今日初めてだよね?
「ところで、その服、どうされたんですかー?
あちこち破れてしまって、胸とかお尻とか、思いっきり見えちゃってるじゃないですかー。
謹慎されてたって伺ったのですが……、もしかして、それ、えっと、イジメに合って破かれちゃったとかですか!?
わたしで良かったらお直ししますので、遠慮なく言ってくださいね」
「……」
さすがのパージも返答に窮しているようだ。カルテとブークへ交互に視線を送っている。
あ、そっか。アミュレットにいなかったから、これまでの出来事とか把握できていないんだった。
「……えっと、師匠。こちらの方は?」
パージが戸惑った顔をこちらに向ける。
「あの、ニディア、その服装は……」
「あれ? もしかしてこれ、アカツキさんの趣味です?」
目を見開いて俺を見つめるニディア。
いや、どうしてそうなる。
話がどんどん違う方向にいってしまいそうなので、ニディアの問いかけは無視して、パージに話しかけた。
「パージ、出てきてばかりのところ申し訳ないんだけど、ちょっとお願いかあってさ」
またニディアに邪魔されないうちにさっさと説明する。
ニディアから解放され、ちょっとホッとした顔のパージ。
「師匠、だいたいの状況はわかりました」
カルテみたいな答えが返ってきた。
「ではまずはワタシがちょっと攻撃を浴びて、どんなヤツか確認してきます」
——いや、いつも思うけど、それ必要?
「うーん、今回はできれば早めにやっつけてくれた方が助かるんだけど……」
「謹慎中に新しい技も開発したので、おみまいしてやります!」
——えっ、また変な技の名前を叫ぶの?
師匠の切なる願いは無視され、パージは意気揚々と大扉へと向かって行った。
ああ、もうこうなったら、なるようになれだ。
ダーーーーーーーン!
パージは何のためらいもなく、大扉を一気に開け放った。
冷気がフロア全体に満ちるように、空気が張り詰めた
巨大な影が、ズズズ……と音を立ててこちらを振り向いた。
それは——銀白色の体を持つドラゴンだった。
背中から尾にかけては青く、金属のような光沢を放っていた。
全身には切れ込みのような溝が走り、肩のあたりには、何か文様のようなものが浮かんでいる。
ギャォォォォォォオーーーーー!!!
ドラゴンが咆哮する。
パージは一歩も引かず、仁王立ちのままヤツを睨み返していた。
「ブーク、俺たちはあそこに退避しよう」
ドラゴンからどんな攻撃が飛んでくるかわからない。
それに——パージがまたやらかすかもしれない。
なるべく遠くから見守るのが賢明だ。
俺たちはブークの土魔法で壁沿いにあったテラスへと移動した。
その時、手元のタブレットから呼び出し音が鳴った。
リンタローからだ!
「おい、アカツキ! そいつ、さっきのヤツより全然ヤバかもしれないぞ!」
その情報を耳にした俺は、ドラゴンの前に立ちふさがるパージへ、ありったけの声で叫んだ。




