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第10話 全員そろって作戦会議

 結局よく眠れないまま朝を迎えた。


 ——昨日ニディアに告げた女王生存についての噂


『王都の時計塔は今もまだ動き続けている。その動力は魔力であり、その魔力を供給しているのは女王本人だとされている。つまり、時計が動いているということ自体が、女王が今も生きている証しである』


 この話を彼女はどう受け取っただろう?


 時計塔が魔力で動いていること、それが女王と深く関わっていること、これは事実らしい。

 とはいえ、果たしてそれだけで生存の証拠と言えるのか? ——そう考えたとしても不思議ではない。


 眠い目を擦りながらダイニングに顔を出すと、いつもの席に座り、勢いよくパンにかじりついているニディアに出くわした。


「んぁ、おはようございます!」


 口の中の食べ物を一挙に飲み込んで、そう声を発したニディアの装いはいつもの朝とは違っていた。

 腰に剣こそぶら下げていなかったが、初日に狩りに出かけたときと同じ出立ちだ。


 ああ——そうか。

 決心したんだな……。


 椅子をひき腰を下ろす。高まっていた緊張が一気に緩むのを感じた。


「アカツキさんも食べますよね?」


 ニディアが席を立って台所へと向かう。


 ふと周りを見ると、積み上げられていた日用品が姿を消し、全体的にすっきりしていた。


 俺がきょろきょろとしていたのを見ていたのだろう——台所から戻ってきたニディアは、「ちょっと片付けてみました」と、ひとこと言って、皿に載ったパンを俺の前に置き自分の席に戻っていった。


「さてと——」


 ニディアは少し畏まって居住まいを正した。


「お返事……しないとですよね」


 状況から見てその答えは俺の想像通りだろう。

 ただ、いざそれを聞く段になるとやはり緊張した。


「わたしも……アカツキさんと一緒にここを出ることにしました!」


 ほっとした感覚と先ほどまでとは違う緊張感。

 それらが相まったせいだろうか。


「……本当に……いいのかな?」


 自分から誘っておきながらどうかと思うのだが、そんな言葉が口をついて出た。


「はい!」


 ニディアは澄み切った声でそう答えると、少し相好を崩した。


「あの……初めてアカツキさんと、この場所でお話をしたときのこと覚えてますか?」


 俺はニディアを見つめ小さく頷いた。


「わたしはあの時、本当に久しぶりに人と直接お話ができて、とてもとても楽しかったんです。そして、同時にもうひとつ——」


 ニディアは少し目を細める。


「ああ、これってきっと——わたしの運命が変わる転機なのかなって、そんな風にも思ったんです」


「……」


「なので本当は、昨日お返事はできたんです。でも、ちゃんと覚悟を決めてお答えすべきだと思って、それでお時間をいただきました。ごめんなさい」


 俺はニディアの強い気持ちをヒシヒシと感じて、あらためて身が引き締まる思いがした。



 ***



 朝食を終えた俺たちは本格的に準備を開始した。


 と言っても、あのドラゴンが待ち構えている空間までは何度も探索し下見をしているので、そこから先の行程で必要になりそうな食料や装備・薬などを用意するのがメインだった。


 身支度を終え、家の扉を静かに閉める。


 ニディアは手のひらで扉をそっと撫で、名残惜しむように二、三歩あとずさりした。そして、別れを告げるかのように、しばらくのあいだその家を見上げていた。


 数日しかここで過ごしていないこの俺ですら、胸の奥に寂しさが湧いてくるくらいだ。物心つく前からずっと暮らして来たニディアの想いは、きっとその何倍も——想像もつかないほど重いに違いない。


「では、行きましょうか!」


 自分自身を鼓舞するようなニディアの掛け声を受け、俺たちは家のある高台をあとにした。


 まばゆい朝の光が降り注いでいた。

 これから先に待ち受けているであろうさまざまな困難を、いっとき忘れさせてくれるような穏やかさだ。


 一歩一歩進むに連れて標高は低くなり、湖が近づいてくる。


 特に会話を交わすことなく黙々と歩いていたニディアの首元に、初めてみるペンダントがぶら下がっていた。


「昔、執事のマルセルさんに渡されたものなんです。母からわたしにって——」


 ニディアはペンダントにそっと手を添えた。


「なんだか形見の品みたいに思えて、ずっとつけるのが嫌だったんです。でも、もしまた母に会えるのなら、わたしってすぐに分かるようにしようと思って……」


 そう言った彼女の表情は、朝の光に負けないくらい輝いて見えた。



 ***



 湖畔へはすぐに到着した。

 青みがかった緑色の水面が、空からの光を浴びてキラキラと輝いている。


 さて、いよいよこれからだ!


「……あのー」


 隣にいたニディアが少し不安そうな声で訊ねてきた。


「湖の上っていうのは……この上っ?」


「うん」と、頷く俺。


「……まさか、それって、あの空のことですかっ!?」


 上空を指差すニディア。


「わたしがその……よく聞いてなかったかもですが、これ、どうやって行くんです?」


 ああ、そこは俺がわざと説明から省いていました、ごめんなさい。

 まあでも、これでようやく、ウチの使役妖精たちを紹介する機会に至ったというわけだ。


 早速話を切り出す。


「……実はずっと隠していたことがあって——」


「おっと」


「驚かないで聞いて、というか見て欲しんだけど……」


「わかりました!」


 顔の前に両手の拳を握って身構えるニディア。


「……俺ね」


「はい」


「ひとり、じゃなかったんだ」


「……はい?」


「他にあと二人、正確にはあと三人なんだけど……」


「はあ」


 あ、マズい……。

 やっと明かすことができると思って、安心してなにも考えず喋り始めてしまった。

 ちゃんと整理して話すべきだった。

 カルテに「私が説明した方が良かったですね」とか言って、冷たく諌められそうだ。


 これはもう見てもらうで、いいのかもしれない。


 俺はニディアから数歩離れ、首元のアミュレットに手を置いた。

 詠唱とともに湖面が輝き始め、幻想的な雰囲気を醸し出していく。


 前方から、ニディアの「おー」という叫び声が聞こえてきた。


 アミュレットから伸びる光が一箇所に収束し——やがて、カルテとブークが並んでその姿を現す。


 いつものように片膝をつき恭しく挨拶するカルテ。

 胸を張って仁王立ちのブーク。


 ニディアはというと、しばらく目を丸くして固まっていた。


 ——が、程なく


「これ、こういうの、アイ・チューブで見たことあります!」


 と大きな声を上げて、ふたりを交互に指差した。


 いろんな情報の入手元がアイ・チューブなのが、なんとも彼女らしい。


 ふたりは使役妖精で、カルテとブークという姉妹であることを伝え、これから先、彼女たちの力を借りて進んでいくことになると説明した。


 なるほど、とか、へーとか、すごーいとか。

 そんな合いの手を入れながら、ニディアは俺の話をずっと聞いていた。


 やがてふたりに「よろしくお願いします」と愛らしい笑顔で告げると、今度は俺の方へ向き直る。

 さっきまでとは違う、いたずらっ子のような笑みを口元に浮かべた。


「つまり、わたしに黙って女性をふたりも囲っていたということですね?」


 あ、ニディアさん、また例の悪ノリですね。


「マスター、ちゃんとしてください」

「モテる男はツラいですね、ボスぅ」


 カルテとブークがそれに続く。

 あれ、もしかして俺、今後もこの調子でみんなからイジられるの?


「あ、でももうひとり囲ってるんですよね?」


 いや、囲ってるんじゃないってば。


 ニディアのその問いに、ブークが口を挟んだ。


「ボスぅ、パージ姉はまだ出禁のままなんです?」


「うーん、そろそろ解けるはずなんだけどなー」


 これから先のことを考えると、パージの戦力は是が非でも確保したい。


 確か謹慎期間は90日間だったから——。


 あれ?


 この場所で過ごすようになってから、日にちの感覚がくるってきてるとは言うものの、でもこれ、もう過ぎてない?


 アミュレットのギミックはよく出来ている。

 彼女たちが戻ればコツンと音がするし、中で不平不満を示せば振動として伝わってくる。そして不在の場合は、はめ込まれた石の光が消える。


 パージの存在を示す紫の明かりはまだ消えたままだ。


 少し離れた場所でカルテとブーク、それにニディアが混ざり合って皆でワイワイしていた。すっかり仲良くなったようだ。

 なんだかちょっと寂しい……。


 いじってくれてもいいので交ぜてもらおうかな。

 そんなことを考えていたら、カルテから鋭い視線が飛んできた。


「マスター、あらためて作戦会議をされた方がよいのでは?」


 確かにその通りだ。

 カルテとブークの紹介が済んですっかり安心してしまっていた。

 そもそもニディアにはまだ細かな内容を伝えていない。


「ボス、作戦会議、始めちゃいますよ!」


 ブークに呼ばれて俺は、みんなの輪へと駆け出した。


 こうして全員が揃った。

 この閉じられた世界からの脱出作戦が、いよいよ始まる。

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