雑文エッセイ「お仕事テレビ番組~校正というお仕事~」
はい、私はよくテレビで色々なお仕事を紹介するドキュメンタリー番組を観るんですけど、特にNHKはそうゆうのが多いですよね。
その中でも私のお気に入りが『ネコメンタリー 猫も、杓子も。』と『おとなの学びシリーズ NHK心おどる あの人の本棚』なんですけど、ちょっと前に放送されていたのが本の校正をなされる方を特集した番組でした。
その方は『牟田 都子 むた さとこ』さんという女性の方なんですけど、仕事に対するスタイルが中々ストイックでこりゃ大変だなぁと感じました。
だって、1冊の本を校正するのに最低でも3回は『見る』らしいんですよ。はい、『読む』のではなくて『見る』のだそうです。
これは、『文章』として読んでしまうと仮に間違いがあっても頭の中で補正してしまい気づけない事があるからだそうです。
そして校正のお仕事ってミスをチェックするものですから『取りこぼし』はすごく恥ずかしいんだとか。なので何度も確認するらしいです。
むーっ、私なんて書いたら書きっ放しだからなぁ。なので後で読み直すと誤字や表現の間違いや時系列のミスなんかが山ほど出てきます。
なので手元のオリジナルデータはちまちまと直すんだけど、ネットに投稿したものは直しません。だって面倒だから。相当意味を取り違えられるようなミスの場合はしぶしぶといった感で直しますけどまずやらない。
まっ、それくらい誤字脱字潰しってのは面倒なのよ。ましてや人様が書いたやつなんて、そもそも感性が違うから表現の違和感がありありだもの。
とは言え、それを仕事としてやってくれる方がいるから世に出回っている書籍はクオリティが担保されているんでしょうね。
で、話を牟田都子さんに戻すけど、これは彼女の仕事柄故なのでしようけど、各種辞書の保有数と使われ具合が半端無かったです。
まぁ、私も辞書はいくつか持っていますけど、あそこまでは使い込んでいない。と言うか、辞書ごとの違いなんて気にした事もありませんでした。
でもなんか辞書ごとに出版元の『色』というか、違いがあるらしいんですよね。特に『用例』部分が辞書によって『色』が出るんだとか。
はい、用例ってすごく助かりますよね。言葉自体は判っても、どうゆう時に使われるのか、またはどうゆう人が使うのかまで判ると物語に反映しやすいですもの。
で、ちょっと前、いや、かなり前の『時代』の話になるけど、出版物はその内容によって行政から発行を中止させられる時期がありました。
はい、こちらは『検閲』と言います。で、当然こちらも中止させるという事は内容をチェックしている訳ですが、こちらは『校正』とは違い、誤記や表現の間違いのチェックではなくて内容そのものに対するチェックです。
なのでやろうと思ったら言いがかりみたいな『検閲』も可能になります。有名なところでは共産党の機関紙である『赤旗新聞』とかですね。
これは内容云々の前に、『お前ら自体がけしからんっ!』という理由が大きかったようです。
まっ、これに関しては今も度合いを変えて受け継がれていて、書かれている内容ではなく、書いた作者が気に入らないという理由で読まれない事があるはずです。
いや、中にはそれを逆手にとって『炎上商法』みたいなやり方をしている人もいるんですけどね。
まぁ、ここら辺は受けて側の情報受信能力が大きく関わってくるので、そこら辺を上手に攻撃されるといつの間にか『洗脳』されている場合があるからちょっと怖い。
つまり文章ってそれくらい読み手に影響を与えるものなのでしょう。なので『表現の自由』はあれど、一般的に許容できる範囲は存在するのだと思います。
その規制?のひとつが『当て字』や『隠語』だね。はい、キラキラネームとかも今は役所に提出する祭に読み仮名を併記しなきゃならなくなったみたいだし。
隠語に関しては『本気』と書いて『マジ』と読ませたり、後はヤクザの隠語が語源なので使用を躊躇う場合があるものに『オケラ』や『サツ』があるようです。
はい、今では普通に使われている言葉にも出目がちょっとアレな言葉って多いらしいです。
因みに『タメ口』や『一か八か』、『シカト』は元々博徒用語だったそうです。
また、『素人 しろうと』と『玄人 くろうと』という言葉は元々は囲碁における言葉が由来だそうです。
これは囲碁では上段者が黒石を使うのが慣例だった事から発生した言葉らしいです。
なので『玄人はだし』という言葉も、本来上級者であるはずの黒石使い側が、相手を甘く見て負けてしまい『裸足』で逃げたという話から生まれた言葉だそうです。
まっ、このように言葉ってその意味まで理解していないとチェック出来ないはずなので、校正って仕事は大変だなぁと、テレビを観た後に色々ネットで調べていて思ったのでした。
-お後がよろしいようで。-




