波乱②
姫乃の全身から冷や汗が噴き出す。呼吸が上手くできない。声を出せない。
双子も姫乃を見て固まっている。ニヤニヤとその様子を眺めるリーダー。その口からの暴露はもう止まらない。
「こいつ、同じ学校のバレー部部長を階段から突き落として大怪我させたんだよ。見てた人も何人も居るってさ。それで転校してくるとかちょー怖いんですけど」
「えー俺らのことも突き落とそうとしたりして」
「そしたら次は殺人未遂で逮捕されるんじゃね?」
「うける。むしろ学校来んなし」
「みんなの為に学校来ないでくださーい」
3人が口々に「来るな」と詰め寄って来る。姫乃は耐えきれなくなって車に乗ろうとした。
「逃げんの? 木崎とよくお似合いだよ」
姫乃の手が止まる。
「どういう意味ですか?」
「あいつ中学ん時、パパ活してるってみんな噂してたんだよね。もしかして知らなかった? 嘘つきは嘘つき同士お似合いじゃん?」
またゲラゲラと笑い出す3人に背を向けて、「お2人とも、すみません」と小さく言って姫乃は車に乗った。黒岩もすぐに車を出す。「お嬢様は何も悪くないのに」と、黒岩は強くハンドルを握った。姫乃は手を強く握りしめ、その上に涙が落ちる。
姫乃が去った後、残された双子はどうしたら良いかわからず立ちすくんでいた。3人組は姫乃が居なくなると満足したのかすぐに居なくなってしまったし、自分たちが遭遇してしまったことをどう処理したらいいのか、2人にはわからなかった。
「本当なのかな」
「何が?」
「全部」
なんとか駅まで足を動かし始めたが、気が重い2人はいつもの調子が出せないでいた。
「どこまでかはわからないけど、社長令嬢ってのはほんとなんだろうね」
「まさかお金持ちだったなんてねぇ」
「でもお弁当の感じとか、言葉遣いとか、今思えばやっぱりなーって思うよね」
「だねー。じゃあ前の学校のことも……」
「さーねー」
「みんな、騙されてたのかなー」
「本当のことを言ってなかったのは事実だよねー。しかも住む世界の違う人」
「そういう人、星見会に来るのちょっと嫌だな」
「まぁ普通はそう思うよね」
「でもそれで言うとさ」
「うん」
「……話すタイミング、無いまんまだよね」
「でも変に同情されるのも嫌だし……」
「そうだよね。早く、2人で暮らしたいね」
ここまで話して、駅に着いてしまった。沙代は改札を潜り、美代は外から手を振る。はたから見れば、友達がその日の別れを言っているだけに見えるだろう。美代は沙代の姿が見えなくなるまでそこに居た。
電車に乗り込む沙代の姿を見送って、美代は家に向かった。駅前にそり立つマンションのエレベーターを5階で降りて、角部屋に行く。扉の横には『真壁』と書かれた表札が貼られていた。カードキーをかざして、誰も居ない家に「ただいま」と言う。
その頃沙代は、自分が座る席を確保して、ふーと息を吐き出していた。1人になると、途端に寂しくなる。体の半分が無くなってしまったような気分だ。
電車に揺られ、改札を出て暫く歩くと、『吉田』と書かれた表札の家が見えてくる。玄関を開けると、祖母が出迎えてくれる。
「あら、おかえり」
「ただいま」
「今日お母さん遅くなるって」
「いつものことだね」
「……美代ちゃんは元気?」
「元気だよ。毎日学校で会ってる」
「そう……。大人の事情に巻き込んでごめんねぇ」
「お祖母ちゃんは何も悪くないよ」
「お祖母ちゃんは2人の味方だからね。なんでも言っておくれ」
「うん、ありがとう」
祖母の視線から逃げるように自室に行く。古い畳が窓から差す夕日で赤く染まっている。まるで今の心みたいだと沙代は思った。早く明日になれと思いながら、カーテンを勢いよく閉めた。




