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ペルセウス流星群の下で⑥

 玲奈が大きく伸びをする。姫乃がちらと玲奈のノートを確認すると、10問目までは解き終わったようだった。しかし途中で集中が途切れたのか、ノートの隅に猫の落書きがしてある。どことなく佐々木に似ている猫に見えて、姫乃は玲奈に聞こえないように笑った。


「こんなにずっと勉強してたの始めてかも……」

「レオさんは家の事がありますもんね」

「うん……勉強、ちょっと楽しかった」


 えへへと玲奈が頭を掻く。

 玲奈は普段家事と祖母の介護があって勉強に集中できないだけで集中できる環境さえあればと、姫乃は玲奈に勉強を教える時いつもそう思っていた。環境が違えば、例え同じように育てられても人はまったく違う成長をする。姫乃と同じように裕福で生活にゆとりのある環境で育った学園の生徒たちでも、それぞれの家庭の違いが性質や性格、行動パターンに現れる。

 特に伊沢は姫乃と真反対の性格をしていて、それゆえに姫乃への敵対心が強かったのかもしれない。そんな伊沢は今、自分が追っていた未来をなくし何を思っているのだろうかと、姫乃は一瞬かつての同級生に同情した。

 一方で姫乃とはまったく違う環境で育った星見会の4人は、違う環境で育った姫乃を受け入れ、こうして笑い合っている。それぞれ違うのに、それを認め合い、助け合う。学園に居た時に憧れた関係性を、姫乃は確かに手にしていた。

 玲奈の集中力が切れたこともあって、夕食ができるまでの時間は展望室で好きに過ごすことになった。優紀は本棚に並べられた数々の書籍に目を輝かせ、読んでみたかった本を見つけて興奮を隠さない。それは有名な星景写真家の本で、今ではなかなか手に入らない初版本だった。本人のサインまで入っている。


「こ、これをどこで……」

「あ、その人が父の知り合いの写真家さんです」

「なんだって!?」

「私に星の写真の撮り方を教えてくれたのもその人で、今でもたまにやり取りするんです」

「う、羨ましいぃぃぃ!」


 いつも冷静沈着な優紀が感情を露わにして叫び崩れるのは、あまりに新鮮な光景だった。優紀は壊れやすい宝物を扱うが如く、恐る恐るページを開いた。美しい写真には文が添えられている。その写真を撮った時の状況や使ったカメラの情報、写真家自身の話、詩、短編小説、写真によってはタイトルだけの物もある。優紀はひとつひとつを何度も何度も読み返して、そして読む度に感動していた。


「そんなに気に入ったのでしたらその本は差し上げますよ?」

「いやいやいや! それはダメだ! これは貴重な物だからこれを貰うわけにはいかない!」

「そ、そうなんですか? でしたら、連絡して新しい物にサインを書いて送っていただきましょうか。初版ではなくなってしまいますが」

「いいのか!?」


 優紀の目がらんらんと輝く。まるで幼い子どもが親におもちゃを買う許可を出してもらった時のように、優紀の笑顔が眩しい。姫乃は優紀のことを頼もしい姉のような先輩とずっと思っていた。しかしこの表情を見れば、甘やかしたくなる可愛い妹と誰もが思うだろう。姫乃の心の奥の方がくすぐったくなった。


「もちろんです」

「本はこちらで買う! ぜひサインしてもらいたい!」

「別にこちらで用意しますのに」

「いいやダメだ! きちんとご本人の生活を潤すのがファンの勤めだ!」


 優紀が熱弁している最中に、玲奈が1本のDVDを持ってきた。本の作者と同じ名前がケースに印刷されていて、星と12星座のイラストが美しく描かれている。それを見た優紀の目は見開かれ、動きが止まった。


「これ、同じ人のですよね?」

「こ、こ、こ……これは……!」


 期間限定で販売された映像作品集のDVDで、今はサイト会員限定で不定期販売されるのみ。しかも一瞬で売り切れてしまい、手に入れるのはとてもじゃないが学生には不可能。作者が撮りためた星空の映像に解説を付けたものだったり、全編CGの星座ファンタジーだったり、作者のインタビュー映像だったり、ドキュメンタリー映像だったりと、ボリュームたっぷりな内容となっている。

 それを早口で説明する優紀を見て、双子は『優紀はオタクである』を確信した。長い付き合いでこんなに興奮する優紀を見たのは、玲奈も双子も初めてだった。


「このDVD、そんなに手に入りにくい物だったんですね」

「そうだ。中古でも手に入らないから、私は見たことがない。まさかここで実物を見れるなんて……」

「よかったら合宿中にみなさんで見ませんか?」

「いいのか!?」


 本日2度目の優紀の絶叫。


「はい。この部屋にはプロジェクターもありますので、シアタールームとしても使えるんです」

「見よう見よう! アクア先輩の話聞いてたら見たくなっちゃった!」

「ポップコーンを所望します!」

「コーラがあればなお嬉しいです!」

「ありがとう! 本当にありがとう! 嬉しすぎて死にそうだ!」


 優紀が姫乃に抱きついて飛び跳ねる。興奮冷めやらぬな状態の優紀はその後も何度もため息をつきながらその作者の本を読み込んでいた。

 美代と沙代は初めて見る巨大な望遠鏡やプラネタリウム機械をマジマジと観察する。姫乃の家にあるのはハイブリット式投影機で、リアルな星空とデジタル映像の両方を楽しめる物だった。機械操作用装置では天井開閉ボタンや照明調節つまみ、空調、音響、プロジェクターに至るまで全ての操作ができるようになっていた。

 2人はお金持ちの実力を実感し、羨ましいと他意無く姫乃に伝えた。そしてこの装置の操作と望遠鏡の使い方を自分たちに教えてほしいと姫乃に頼んだ。姫乃は快諾し、操作方法を2人に教える。元々器用な2人はすぐに望遠鏡と装置の操作を覚え、夜になるのが待ち遠しいと手を取り合ってはしゃいでいた。

 玲奈はその間、壁に飾られた写真を静かに鑑賞していた。この部屋に飾られている写真は全て姫乃が撮った写真だが、どれも素人が撮ったとは思えないくらい綺麗だった。望遠鏡を使って撮ったと思われるアンドロメダ銀河の写真、スバルと牡牛座のアルデバラン、双子座流星群、冬のダイヤモンド。月の写真も飾ってあった。玲奈は三日月と金星の写真をとても気に入り、ずっとそれを眺めていた。


「その写真は、私がまだカメラを覚えたばかりの時に撮った物です。あまり上手ではないのですが、記念に」


 双子への説明を終えた姫乃が、玲奈の隣に来ていた。


「え、めっちゃ綺麗じゃん! あたしこれ好き!」

「ふふ。ありがとうございます。レオさんにそう言っていただけると自信が持てますね」

「自信持っていいよ! プロの写真家さんみたいだもん!」

「褒めすぎですよ。まだまだプロには敵いません」


 姫乃は顔を赤くして照れた。


「そういえば、あそこの壁だけなんにも貼ってないけど」


 玲奈が指差したのは部屋の入り口の真正面。広く空間の開いた壁には1枚も写真が貼られていなかった。


「あそこには、特別だと思える写真を飾りたいんです。1番上手く撮れたと思える写真を、大きく」

「わぁいいねそれ! 目標があるとやる気出るもんね!」


 花野が夕食の良い匂いをエプロンにまとわせて5人を呼びに来るまで、それぞれ思い思いに過ごした。全員携帯を持っていないことを気にもしなかったし、ちっとも思い出さなかった。

 今夜の夕食は、オニオンスープ、シーザーサラダ、牛肉のステーキ、グリル野菜、大きなエビのグラタン、そして焼きプリンだった。あまりに豪華なメニューを見て、玲奈と優紀と美代と沙代は一気に申し訳ない気持ちになってしまった。それを汲み取ったのか、花野が朗らかに笑う。


「本日は合宿1日目ですから。何事も最初というのは盛大にしませんと! 遠慮無く召し上がってくださいね!」


 そう言われれば4人も遠慮はできない。大きな声で、「いただきます!」と宣言すると、そのあまりの美味しさに全員の手は一切休むことなく料理を口に運んだ。花野は嬉しそうに、「ご飯のおかわりもできますからね」と言ってキッチンへと戻っていった。普段はあまり食べない優紀も1度おかわりをしたし、美代と沙代は2回ずつ、玲奈は4回おかわりした。食事も済んで全員で紺色の部屋に戻ってくると、玲奈はソファーをいち早く陣取った。


「レオさん、そんなに食べて大丈夫ですか?」

「いやー美味しくてつい」

「気持ちはわかるぞ」

「ピースもうお腹いっぱーい」

「食べ過ぎて動けなーい」

「合宿中に花野さんに料理を教えてもらうのもいいかもしれないな」

「いいですね。きっと花野さんも喜びます」


 今日は早めにお風呂に入って寝ようということになった。時計の針は午後8時を過ぎたところ。折角の広いお風呂なのだからみんなで入ろうと玲奈が言い出した。全員がそれに賛成し、全員で入っても十分足を伸ばせる広いお風呂が姫乃の家にはあるとなれば、合宿初日には相応しいイベントだろう。


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