ペルセウス座流星群の下で④
5人は玄関ホール中央にある大きな螺旋階段を登って2階に行く。登り切るとこれまた広いラウンジのようなホールが螺旋階段の周りに広がり、その両サイドに5部屋ずつ計10部屋の客室、展望室への連絡通路、その反対側の奥には姫乃の部屋がある。まるで高級ホテルの廊下のようで、姫乃以外の4人はここが個人宅であることを未だに信じられないでいた。
10部屋ある客室のうち、連絡通路側の5部屋の扉を姫乃は開けて行った。通路の左手側には3部屋並び、どの部屋にもベッドが1台とベッド横に引き出しと鏡付きのドレッサー、洗面台、ソファー、クローゼット、テレビ、手触りの良さそうなラグといくつかのクッション、テーブルが備え付けられている。通路の右手側には2部屋とトイレがあり、部屋にはベッドが2つずつあって少し広い。それ以外は3部屋ある側と同じ造りになっている。
5つの部屋はそれぞれテーマカラーがあり、お城の内装に使われてそうな格式高い赤い部屋、貴族が着るコートのように品のある紺、森の中にある洋館を思わせる深い緑、お姫様のドレスのように美しい薄い紫、サバンナのように明るく元気の出る黄色とオレンジの部屋には大きな動物のぬいぐるみがたくさん置かれていた。もちろんトイレも庶民で言うところの『ホテル仕様』だ。
「こちら側の部屋でしたら、お好きな部屋を使っていただいて構いません。シーツも新しくしてあります」
「い、至れり尽くせり……」
「まるで5つ星ホテルに来てしまったようだな」
「この紫の部屋がいい!」
「なんで!? 黄色の部屋の方がいいじゃん!」
どちらの部屋がいいかで美代と沙代が喧嘩を始めてしまった。別れて使うという選択肢は無いようで、どちらの部屋の方がより良い部屋かを激しく言い合う。
「紫の部屋ならお姫様気分が味わえるんだよ!?」
「黄色の部屋なら動物の王様気分味わえるよ!?」
「まぁまぁ。お2人とも落ち着いて。1日ずつ交互に使ったって構いませんよ」
「「ほんとに!?」」
「は、はい。みなさん以外お客様が来ることはありませんし」
「「やったー!!」」
両手を挙げて喜んだ双子は、それぞれの部屋を行ったり来たりしてはしゃいだ。まるで小さな子どものようで、優紀は2人の様子を見て、「懐かしいなぁ。初めてホテルに泊まった時の妹たちを思い出すよ」と言った。
「ちなみにそれはいつの話ですか?」
玲奈はわかっていても聞かずにはいられない。
「そうだな。中3の時だったから、一番下の妹が3歳の時だったかな? その上が6歳で、奏汰が誕生日前だったから、11歳だったか」
たぶん3歳と6歳の妹たちみたいなはしゃぎ方をしているのだろうなぁと玲奈は思うに留めた。ひとしきり騒いだ双子は満足したのか、他の3部屋にも入って行った。玲奈と優紀も後に続き、玲奈が赤い部屋を、優紀が緑の部屋を選ぶ。
「アクア先輩はてっきり紺の部屋を選ぶと思っていました」
姫乃が驚いて思わずそう言うと、「たしかに青は好きなんだが、こういう青緑みたいな濃い緑も好きなんだ」と優紀が言った。
「レオはイメージ通り赤を選んだな」
「だってこの部屋貴族みたいじゃないですか!? ちょーかっこいい!」
「似合っていますよ、レオさん」
「レオ先輩が貴族って感じしなーい」
「どっちかっていうとナイトって感じー」
「あ、ナイトもかっこいいよね! 守られるより守りたいはたしかにある!」
「ははは……そうなんですね」
姫乃は心の中で、「がんばれ、佐々木君」とここには居ない天邪鬼な男子にエールを送った。それと同時に、玲奈にはずっと鈍感でいてほしいとも思った。
ルームツアーが終わって、それぞれの荷物を姫乃の部屋から自分の部屋に運び込む。荷物の整理が終わったら誰も選ばなかった紺色の部屋に集合ということになった。それぞれが荷物整理をしている間、姫乃は花野に、全員で座れる椅子とテーブルを紺色の部屋に運び入れるようお願いすると、すぐに部屋は整えられた。たくさんのハウスキーパーたちが来て部屋を準備しているのを見て、これは普通じゃないんだぞと改めて姫乃は自分に言い聞かせる。姫乃がそのまま紺色の部屋で4人を待っていると、玲奈、美代と沙代、優紀の順番で集まった。
花野が、「お時間早いですが、おやつができましたよ」と5人を呼びに来た。時刻は午後2時半。花野と一緒に甘くいい匂いが部屋に入ってくる。
「こちらにお持ちしましょうか?」
「いえ。食堂に行きます。みなさんにお庭も案内したいですし」
「今日は暑いですから、外に出るなら気をつけてくださいね」
「わかってる。ありがとうございます」
食堂に移動するとすぐに花野がお得意のパウンドケーキを持ってきてくれた。今日のパウンドケーキにはブルーベリーが練り込まれていた。甘酸っぱく、しゅわっと口の中で溶けてしまうパウンドケーキは暑い夏にぴったりで、みんなペロリと平らげてしまう。
「あたし、太っちゃうかも……」
と玲奈が小声で言った。
「だから普段、あまり食べないようにしてるんです」
姫乃が苦笑いする。4人は頷きつつも、心の中で覚悟を決めた。もちろん、太る方のだ。
おやつを食べ終えてから、5人は庭へとやって来た。まるで焼かれているように日差しに肌を痛めつけられたが、あちこちから噴き出すミストのお陰で多少は涼しく感じられた。作業している庭師によると、花野から言われて稼働させたとのことだった。
「いつもお庭を綺麗にしてくれてる森さんです。森さんのお世話するお花はどれも綺麗に咲くんですよ」
「いやーお嬢様がこうして褒めてくださるからですよ。植物も喜んでまさぁ」
「このお庭は私のお気に入りの場所のひとつですから」
「ありがとうございます。また気になる花があったら言ってくだせぇ。すぐに取り寄せるんで」
「いつもありがとうございます。みなさんこちらへどうぞ。この先に小さいですが池と東屋があって、夜になると星も綺麗に見えるんですよ」
姫乃の庭は、庭と呼ぶにはあまりに広く、有料施設の庭園のようにしっかりと区分けして整えられていた。夏を代表するひまわりを始め、ハイビスカス、マリーゴールド、サルビア、ダリア。朝顔のトンネルに薔薇園まである。姫乃お気に入りの池と東屋の周りには星形の花が咲いていた。
今までの洋風の庭とは打って変わって、池の周りは和風庭園のように静かで、穏やかに時間が過ぎていく。木で造られた東屋の周りにだけ差し色のように花が咲き、景色に色を付けていた。姫乃が咲いている星型の花を指差す。
「この花は桔梗とペンタスと言って、星の形の花が可愛くて森さんに植えてもらったんです」
「たしかに可愛い! ペンタスって初めて見た!」
「桔梗は宮沢賢治の銀河鉄道の夜にも出てくるな。私の好きな花だ」
「ピースさんとシーズさんは何を見てるんですか?」
「池に鯉いるかなーと思って」
「お金持ちの家には錦鯉がいると聞いて」
「すみません、うちに鯉はいないんです。代わりにメダカが泳いでて、秋になるとトンボもたくさん来ます」
「へー」
「急におばあちゃんち感ー」
「ここは元々祖父の家でしたからね」
懐かしそうに池を眺める姫乃。姫乃に記憶は無いが、赤ん坊だった姫乃を連れて、祖父はよくこの東屋に来ていたと、黒岩から聞かされている。引退した祖父から仕事を引き継いだ両親は忙しく世界中を飛び回っていた為、祖父が親代わりになって姫乃の面倒を見ていたのだという。
「先代はお嬢様をそれはそれは可愛がっていた」と、祖父の話になるといつも黒岩は目を細める。その記憶が無く、祖父の記憶すらないのが姫乃は残念でならなかった。祖父は姫乃が2歳になる前に他界してしまったのだ。




