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ペルセウス流星群の下で②

「うん。大人というのは少々厄介でな。本当にヤバいって状況じゃないと動かなかったり、誤魔化したり、なぁなぁにしようとしてくることがある。だからその『本当にヤバい』という状況をこちらから作る必要がある」

「なるほどー」

「たしかにー」

「それぞれの家の状態を考えると、口八丁で上手くかわされかねない。レオもお祖母様のことが心配だろう。杉本先生にも準備の時間が必要だ。だから、8月までは今まで通り過ごしながらそれぞれに準備をしてもらう」

「それが、家出の準備ってこと?」

「そうだ。レオはお祖母様の安全確保も含めてになるかもしれないがな」

「その、私に協力してほしいというのは」

「家出場所を、ここにしたいと思ってる」

「え!? ここですか!?」

「なんと豪華な家出!」

「お泊まりパーティーだ!」

「エアリーの家って泊まっても大丈夫なの!?」

「そりゃ……私は大歓迎ですし、花野さんも黒岩さんも協力してくださると思いますが……」


 姫乃は表情を暗くして考え込んでしまった。父親と母親がそんなこと許すはずがない。ひょっとすると自分に興味が無い分、意外とすんなり許可してくれるかもしれない。いや、ただの庶民と仲良くするなんてと逆鱗に触れかねない。いっそ黙っていればいいのでは。そんなことをグルグルと考えて、姫乃は黙り込んでしまった。

 4人は静かに見守る。優紀は、「エアリーの気持ち次第だ。エアリーは本当はどう思ってるんだ? 私たちのことや、他の人たちのことを」と穏やかに問うた。その言葉を聞いた瞬間、姫乃の中で火花が弾ける。

 自分が知らず知らずのうちに、周りや自分に抱いていた思いが一気に体を駆け抜けていく。姫乃の息が止まり、目は見開かれ、本人ですら気づかなかった感情がまざまざと姫乃の前に立ち上がった。


「私……アクア先輩、どうして……」

「まぁ。幼い頃から妹たちを育ててきて、大人や他人の感情やら事情というのにはかなり敏感になってしまったからな。最初からなんとなく感じてはいたんだ」

「なんのことー! あたし全然わかんないー!」

「ピースもわかりませーん!」

「シーズにも説明してくださーい!」


 姫乃は全員の顔を恐る恐る見る。玲奈と双子が、ここまで怯えた人を見たことないと思うほど、姫乃の顔は恐怖と嫌悪に溢れていた。3人はふざけた調子をやめて、大人しくなるしかなかった。自分の体をきつく抱き、荒く呼吸しだした姫乃の背中に、優紀は優しく手を置き、言葉を掛ける。


「大丈夫。私たちはそんなことでエアリーを嫌悪したりしない。むしろそう思うのは自然だ。そういう環境で育ってきたのだから」

「エアリー」


 玲奈が姫乃の両の手をぎゅっと握った。包み込むように握られた玲奈の手は温かく、姫乃はその体温を感じて我に返った。呼吸も少しずつ戻っていく。


「大丈夫。あたしたちが居るよ」


 玲奈が言い切る。その言葉に、姫乃は今までに無いくらい大粒の涙をこぼした。鼻水も止まらない。姫乃は、初めて大声を出して泣いていた。赤ん坊が親を求めて泣くように。癇癪を起こす子どものように。姫乃はたっぷりと泣ききった。

 ようやっと落ち着いて話せるようになった時には、姫乃の声は枯れ、ご令嬢とは思えないほどパンパンに腫れた顔になっていた。優紀が自分で持ってきていた水のペットボトルをカバンから取り出し、姫乃に渡す。姫乃は遠慮無くそれを受け取って、飲んだ。

 その水はどこにでも売っているはずのただの水のはずなのに、体に染み渡り、優しく潤していくのを姫乃は感じた。指の先、血管の先、細胞ひとつひとつ、そのすべてに水を通して全員の優しさが姫乃に流れ込んでくる。競争の相手としてでも、蹴落とす相手としてでも、妬みの対象としてでもない4人の視線が、姫乃を見ている。純粋に友だちを心配する、優しい目だった。


「ごめ、なさい……みんな、ごめん」

「何を謝ってるの? エアリーは何も悪いことしてないよ?」

「違う……私、みんなのこと、他の人のこと……」

「うん」

「心の、どこかで、見下してたの」


 また姫乃が涙を溢れさせる。玲奈は背中をさすり、優紀は何も言わず、美代と沙代はオロオロとしながらそれぞれティッシュとハンカチを持って姫乃の次の言葉を待った。


「私、みんなのこと、庶民だって。私は社長令嬢だから、つらいんだって」

「うん」

「庶民には、私の苦労はわからないって。どうせ、仲良くなんかなれないって」

「うん」

「だから、距離を置いた方がいいんだって。どうせみんな、私じゃなくて、私の家にしか、興味無いって」

「うん」


 玲奈は姫乃の手を握りながら、短く相槌を打ち続ける。


「でもそれは、親が私に言ってきたことと一緒で。そんなふうになるもんかって。そんなふうに思うもんかって。思ってたのに」

「うん」

「私、心の奥で、みんなのこと、そう思ってて。そんな自分が嫌ぁ」


 姫乃がまた手で顔を覆い隠して泣き出す。すると玲奈が姫乃の手を無理矢理取った。驚いた姫乃の頬を今度は両手で押さえる。姫乃は玲奈から視線をそらせなくなった。玲奈は至近距離でじっと姫乃を見つめる、というよりも睨んでいるに近い目で姫乃を凝視する。姫乃は怖くなってぎゅっと目を閉じた。


「あたしを見て」

「へ?」

「あたしを見なさい。筑比地姫乃」

「は、はい!」


 ゆっくりと姫乃が目を開ける。恐怖で体が震えている。その震えは頬から両の手を伝って玲奈にも感じられていた。


「いい? 貴女は事実、社長令嬢で、あたしたちは一般庶民。住んでる世界も暮らし方も違えば、悩みだって違う」

「……はい」

「それに、貴女はそういうふうに親から教えられてきた。小さい時から」

「はい」

「あたしたちは、少なくとも親に一度や二度褒めてもらった記憶とか、甘えた記憶は持ってる。家族で過ごした記憶もある。大抵の人は、だけど」

「……」

「でも貴女には、それが無い。その寂しさのほんとのとこは、あたしたちにはきっとわからない」


 そこで玲奈は姫乃の頬から両手を離した。それでも姫乃は玲奈から目をそらさない。


「そうだな。きっとみんな、それぞれが苦しみを抱えてて、その本当のところは誰にもわからない。それは貧乏だろうがお金持ちだろうが一緒だな。比べるものではない」

「そうそう。同情とかイヤだもんねー」

「知った風な口きくなって思っちゃうー」


 姫乃が優紀と美代、沙代の顔を見る。3人とも微笑んでいた。最後に視線を合わせた玲奈の顔も、やはり微笑んでいた。


「だからさ、たぶん見下してたんじゃないと思うよ。そう思うのが普通の世界に居て、それが当たり前だっただけ」

「でも、私……」

「それにあたしは見下されてるとは思わなかったもん」

「まぁ、たしかに。エアリーのそれは他人を見下すのとはちょっと違うな」

「お嬢様感は満載でしたけどねー」

「ずっと壁も作られてたしー」

「こら! 2人とも追い打ちかけないの!」

「きゃー! レオ先輩が怒ったー!」

「逃げろー!」


 3人がわちゃわちゃと姫乃の部屋を走り回る。呆然とした様子でそれを見ている姫乃。優紀が話を取り次いだ。


「人は大なり小なり誰かを見下すことはある。それはほとんどしょうがないことだと私は思う。でもエアリーは親から与えられた価値観を持った自分に嫌悪した。それがどういうことかわかるか?」

「……わかりません。こんな気持ち、初めてで」

「それはな、反抗期というやつだ」


 そう言われた姫乃がハッとして優紀を見る。優紀は構わず話を続ける。


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