ペルセウス流星群の下で①
「いよいよだな」
8月1日。姫乃の家には玲奈、優紀、美代、沙代の星見会全員が集まっていた。姫乃以外の4人は大きなリュックやカバンを持って、それぞれが不安と期待を胸に抱いた顔をしている。優紀の言う通り、いよいよ『家出作戦』が幕を開けた。
――つまりだ、家出を決行するんだ。みんなで。
あの日、姫乃の部屋で優紀発案家出作戦の会議を始めた。優紀は久しぶりにワクワクとした気持ちを感じて気分が高揚していた。それぞれの秘密、それぞれの家庭の事情、それぞれの思いを話した今、自分たちは無敵なのではなかろうかとさえ優紀は思っていた。前のめりになった優紀は話を続ける。
「みんなで家出をして、自分は家族にとって一体なんなのかを、自分にも家族にも向き合わせるんだ」
「みんなでって、あたしたちもですか!?」
「そうだ」
「ピースも?」
「シーズも?」
「そうだ」
「私もですか?」
「そこはイレギュラーというか、むしろエアリーには全面的に協力してもらいたいのだが」
「え?」
「作戦は2段階。まず最初に解決しなきゃいけないのはレオとエアリーと川島という男の件だ。このままだと2人は教室に戻りにくくなる。レオは相手を殴ったのを見られているし、いくら解決したと言っても噂は立つだろう」
「う、たしかに……」
「だから、杉本先生を使う」
「え。スギちゃん先生を?」
玲奈が素っ頓狂な声を出す。
「どうしたそんな声を出して」
「いやぁ。あの人頼りないんだよなぁ」
「あぁ見えて近年稀に見る教師らしい教師なんだよ、あの人は。私や妹たちのことも、不器用ながらにずっと見守ってくれてる。それに」
優紀は言ってもいいものか少し悩んで、やっぱり言った方が話が早いだろうと思い至ってひとり頷いた。
「杉本先生の友人が市役所に勤めていると以前話していた。特にレオの家庭のことは杉本先生に相談するのが一番早いと思う」
「えー! 知らなかったぁ!」
「意外と顔の広い先生なのですね」
「スギちゃん先生、今にも死にそうな顔してんのに、意外としごでき?」
「あ! ゾンビ先生かー」
「あー! あの顔色の悪い先生かー。名前覚えてなかったから今繋がったー」
「杉本先生、1年にそんなふうに呼ばれているのか……」
優紀は苦笑いして杉本のことを内心哀れんだ。実は根っからの生徒思いで、連日残業に次ぐ残業により重度の睡眠不足に陥っている杉本のことを、優紀はずっと見てきた。実際杉本の授業はわかりやすいし、生徒からも慕われている。社会の教師というのは意外ではあるが、子どもの為の福祉制度の知識や各方面への繋がりの強さを考えれば納得もする。だからこそ、玲奈を任せられると踏んだのだ。
「まず2人には月曜日、朝のチャイムが鳴る10分前くらいを目処に教室に行ってもらう」
「10分前ですか?」
「あたし行けるかなぁ」
「10分前ならクラスのほとんどの生徒が登校してきているだろうし、杉本先生を廊下に待機させておきやすい」
「スギちゃん先生を?」
「そうだ。杉本先生には教室に入らず、廊下に居てもらう。2人は教室に入ったら自分たちのことをみんなに話すんだ。短くてもいいし、言い方はそれぞれに任せる。ただ、嘘偽りなくみんなに伝えるんだ」
「……信じてもらえるかな」
玲奈の脳裏には中学の時のトラウマがよぎる。勇気を出して話しても信じてもらえなかったら、またあの苦しみを繰り返すだけだ。
「レオさん……」
「2人には勇気の要ることかもしれないが、これは杉本先生に聞かせるのが第一目的なんだ」
「杉本先生にですか? クラスのみなさんではなく?」
「そうだ。クラスの中で身の潔白を表明することで、先生には本気度が伝わってこちらの話を聞いてもらいやすくなる可能性が上がる。さらにクラスの中でも2人の話を信じてくれる人が少なくとも何人かは居るはずだ。2人の普段の様子をちゃんと見ていれば」
「まぁレオ先輩の普段を見てればねー」
「うちらも信じられなかったもんねー」
「フォローされてるのかされてないのかわからない……」
双子がにししと笑う。
「1人でもこちらの話を信じてくれさえずれば、噂が立っても変に大きくならずにそのうち消える。杉本先生には私からそれとなく伝えておくから、たぶん上手く取り計らってはくれるだろう」
「あたし、ちゃんと話せるかな……」
「私も、不安です」
「これはみんなの記憶が新鮮なうちが要だ。さっきの話で川島という奴は退学するみたいだし、取り巻きも謹慎。そうなれば根も葉もない噂が余計に一人歩きするだろう。それを先に食い止める」
双子が心配そうに姫乃と玲奈を見やる。2人は少しの間沈黙した後、玲奈が覚悟を決めた顔で強く頷いた。姫乃もそれに応じるように頷く。それを見て、優紀は話を続けた。
「それが無事済んだら、レオにはいつも通りの生活をしばらくしてもらう」
「そんな! レオさんにこれ以上無理させるなんて!」
「まぁ聞け。杉本先生には全部話すんだ。そうすればあの人のことだ、すぐに必要な場所にコンタクトを取ろうとしてくれるだろう。先生にはそれを待ってもらう」
「なぜですか?」
「全員が、家族の本音を見るためだ」
しーんと静まる部屋。きちんと整えられたベッドとホコリの無い家具、絨毯もカーテンも上質の物とすぐにわかる肌触り。お嬢様らしい部屋は、とても冷たく感じられた。優紀の言いたいことがなんとなくわかるような、わからないような、不安な状態になって4人は目を合わせる。美代が優紀に質問する。
「どうして本音を見るために待つ必要があるんですか?」




