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始まりの出会い②

 転校初日。それは転校生であれば誰もが緊張と不安を覚えるイベントだろう。しかし姫乃が入ったクラスは比較的穏やかな人間が集まっていることと、隣が学級委員の木崎玲奈だったお陰で、平和に時間が進んでいった。

 午前中の休み時間にクラスのグループチャットにも入ったところで、質問の嵐になった。玲奈の計らいで一問一答形式にはなったが、姫乃は心の中でぐっと身構えた。


「筑比地さんって前はどこに住んでたの?」

「えっと、引っ越しはしてなくて。学校だけ変えたんです」


「前の学校はどこ?」

「えっと……坂江の方の学校です」


「部活は何かやってた?」

「いえ。勉強に、忙しくて……」


「何かやりたい部活ある?」

「すみません。まだよくわからなくて」


「ねぇねぇ彼氏は?」

「い、いません!」


 手を大きく振って全力で否定する姫乃。恥ずかしがっているのだと誰もがわかるうろたえっぷりに、男子たちはますます鼻の下を伸ばした。今度は男子たちが女子たちをかき分けて質問を投げる。


「好きなタイプは!?」

「すみません。そういうのを考えたことがなくて」


「休みの日って何してるの?」

「えっと、勉強か、お庭で読書とかでしょうか」


「筑比地さんってお嬢様なの?」

「え……。ち、ちが……」


 姫乃の顔色がサッと青くなった。さっきとは違ううろたえ方をした姫乃を見て、クラスメイトたちの空気も変わる。姫乃は言葉を続けない。


「あんたちいい加減にしなさい!!」


 いたたまれなくなった空気を壊したのは玲奈だった。


「まったく! 女子のプライベートなことをズケズケと聞くなんてデリカシーが無さすぎるんだよ!」

「うるせぇ! ゴリラに言われたくねぇよ!」

「誰がゴリラだ! もっぺん言ってみろ佐々木ぃ!!」


 その後は玲奈と佐々木が教室で鬼ごっこするのを鑑賞する時間になった。クラスメイトたちもすぐにそっちに興味を移してくれたみたいだったので、姫乃はこっそりとトイレに逃げた。

 姫乃は正真正銘のお嬢様だ。姫乃の両親は、その会社を知らない人は居ないくらいの大企業を経営している。だから姫乃は元々日本中のお嬢様たちが通う女学園に通っていた。そこで陰湿なイジメに遭うまでは。

 知られてはいけない。前の学校で何があったのか。自分がただのお嬢様ではなく、誰もが羨む大企業の令嬢だとバレたら、それを良く思わない人もきっと居る。すでに玲奈には車も黒岩のことも見られてしまっているが、玲奈はそれを悪く言うタイプの人間ではないことはなんとなく感じていた。だからこそ、もうこれ以上他の人にバレてはいけない。


「明日から、別の場所で降ろしてもらいましょう。黒岩さん、納得してくれるかしら」


 休み時間の終わりを告げる予鈴がなったので、姫乃はなんとか嫌な記憶を頭から追い出し、気持ちを落ち着けてから恐る恐る教室へ戻った。本当は保健室へ行きたかったが、ここで保健室に行ってしまうと良からぬ噂が立つかもしれない。

 姫乃がそっと席に戻ると、玲奈はもう自分の席で次の授業の準備を済ませていた。鬼ごっこは玲奈の圧勝だったらしく、佐々木という男子は自分の席でぐったりしている。周りの席の男子が「お前じゃ勝てないって」、「いい加減諦めろよー」などと茶化していた。


「あ、姫乃ちゃん! 大丈夫だった? ごめんね。あいつのことはとっちめておいたから!」


 右腕の力こぶをふんすと掲げる玲奈の姿があまりにも勇ましくて、姫乃は笑いを堪えられなかった。


「ふふふ。ありがとうございます。さっきはすみません。えっと、ずっとトイレに行きたくて、タイミングを逃してたので助かりました」


 姫乃は咄嗟に嘘をついた。


「そうだったんだ。大丈夫だった? ほんと、遠慮しないでいいからね。みんな悪い奴らじゃないからさ」

「はい。それで、玲奈さんにお願いが……」

「ん? 何? もっかい男子たちとっちめて来ようか?」


 今度は両腕の力こぶを掲げてみせる玲奈。姫乃は、「そうではなくて」と慌てて訂正して、玲奈の耳にこっそりと話す。


「今朝のこと、みんなには言わないでほしいんです」

「今朝のことって、車のこと?」


 玲奈も小声で返事をする。


「はい。明日からは私も気をつけようと思っていますが……その……あまり家族が過保護というのを知られるのは……」

「あー親がそういいうのって恥ずかしいもんねー。わかった、私だけの秘密にする」


 ニカッと笑う玲奈に、姫乃は強い罪悪感を覚えた。我ながらよくこんなにスラスラと嘘が言えるものだと、姫乃は苦笑いをしながら自分を恥じた。

 それからは特に問題無く時間も過ぎ、昼休みの時間になった。とにかく1人になりたい。そういう気分に姫乃はなっていた。お弁当を持って姫乃が席を立つと、玲奈がぐんと顔を近づけて話しかけてきた。


「ねぇ! お昼一緒に食べない!? 紹介したい人たちがいるの!」

「え、え? でも」

「あのさ、そのカバンのストラップ。天文台で売ってた限定のストラップだよね」

「へ?」


 脈略の無い質問に思わず固まる姫乃に構わず、玲奈は小声で続ける。


「実はあたしも持ってるんだ!」


 そう言って見せたポーチには、しっかりとストラップが付いていた。獅子座のマークだ。


「朝それ見つけた時はもうびっくりしちゃって! 他にも持ってる人がいるから、紹介したいの!」


 さっきの嘘の手前断りにくいという気持ちに負けて、姫乃は玲奈の後に続くことにした。

 案内されたのはまたしても旧棟3階。理科実験室の隣の空き教室から何やら賑やかな声が聞こえてくる。玲奈が元気にその教室に入った。


「やっほー!! 転校生を連れてきました!」


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