家出大作戦⑨
「はーい。青春真っ盛りってとこ悪いけど、先生からも話があるから席に着けー」
杉本だった。その口ぶりに何かを察した数人のクラスメイトが、「スギちゃん先生ずっと聞いてたな!?」、「廊下から見てたんでしょ!」と杉本に集中砲火を浴びせる。
「いやーいいもん見たなぁ。先生も話があったから早めに来てみたら、お前ら青春してんなー」
のらりくらりと受け答えする杉本。ブーイングを入れるクラスメイトたち。姫乃と玲奈は、この日常がどれほどの幸福か、視線を交わして頷き合った。
「いいから話を聞け。大事な話だ」
杉本が名簿を教卓に置いて改まる。杉本のいつもと違う雰囲気に全員が押し黙った。
「よろしい。ちょうど全員登校したな。単刀直入に言う。川島が学校を辞めた」
一瞬ざわっと声が上がる。だがすぐにまた静かになった。
「川島は商業施設内で複数回に渡り万引きやカツアゲ、暴力行為を繰り返していたため警察に現行犯で補導された。これらはれっきとした犯罪だ。学校としても重く受け止めている。そして朝、本人から退学の申し出があったため今日付で受領した。一緒に居た野崎と前田については6か月の謹慎処分となった」
誰も何も言わない。普段の杉本からは想像できないような緊迫感と、その口から出た犯罪という言葉に、全員が緊張していた。玲奈もなんとか鼻水を堪えようとするが、どうしても出てきてしまうので静かな教室で何度も鼻をかまざるを得なかった。
「本来ならこういうことは秘密にするもんだが、お前らの中に同じような馬鹿をする奴らが出ないとは限らん。まぁ、もうこれ以上の問題はお前らなら起こさないと思うが、自分がしたことの責任は自分で負うことになるってことは覚えておくよーに。それじゃ、朝の会始めんぞー」
杉本の雰囲気が急にいつもと同じに変わった。それを感じ取ってクラスメイトも戸惑いながらもいつもの調子に戻っていく。出席確認が終わり、特に他の連絡事項も無く、ホームルームは呆気なく終わった。杉本が教室からの去り際に玲奈に声を掛ける。
「木崎」
「ふぁい!?」
鼻をかみすぎて鼻の下を真っ赤にした玲奈がティッシュを持ったまま杉本に返事をする。
「気づいてやれなくて済まなかった。俺ら教師は生徒を守るために居るのに、面目ない。20分休みに筑比地と一緒に職員室に来てくれ。とりあえず話を聞きたい」
「以上だ」と言って杉本は教室から去った。全員粛々と1時間目の準備をしながら、思い思いに杉本の話を話題にする。姫乃と玲奈の話も杉本のお陰で信憑性が増したようだった。
朝には姫乃と玲奈へ向けられていた疑心や好奇の目はあっという間に川島たちへのヘイトへと変わり、さも以前からそうであったかのように川島たちに対する嫌悪がクラスを満たした。それを感じ取った姫乃は思わず吐きそうになり口を押さえた。横を見ると玲奈も同じ思いだったのか不快感を顔全体で主張している。兎にも角にも、作戦1は無事に終わった。
20分休みに姫乃と玲奈が職員室に行くと、杉本が手招きして来賓室へと2人を通した。来賓室はしっかりと冷房が効いていて、杉本がよく冷えた紙パックのリンゴジュースを2人に渡す。他の生徒には内緒だと言うように人差し指を口に当てて、「しー」と言いながら、自分は濃いブラックコーヒーが入ったカップをしっかり持っている。
「さて、どこから聞いたらいいものか。手短に聞こう。2人が朝教室で話していたことは全部本当だな?」
「はい」
「うん」
2人の返事を聞いて、杉本は小さく、「なるほどな」と呟いた。
「とすればだ。事情は大体は把握した。筑比地に関してはそちらの大人たちがすでに手を回しているだろうし、先生に何かできることや話したいことがあればいつでも言ってくれ。いち教師にできることなんぞたかがしれてるが、困ったことがあれば力にはなろう」
「ありがとうございます」
「筑比地は何も悪くない。自分の身を守ったんだ。あとは大人に任せなさい」
杉本が優しい声で姫乃にそう言った。姫乃にとって、身内以外の大人に、「何も悪くない」と言ってもらえたのはこれが初めてだった。伊沢たちにされたことや取り囲まれて階段から落とされそうになったことが蘇ってきて体が震える。姫乃は初めて心から『怖かったのだ』と認識できた。杉本が姫乃にリンゴジュースを飲むように促す。
杉本は次に玲奈に向き合う。目を真っ赤に腫らして、鼻も赤くなってしまっている玲奈を見て、杉本は非常に困惑した。こうなった女子とどう接したらよいのかわからないというのが本音だった。
ふと、杉本の頭の中に幼い日の記憶が蘇る。体の弱い妹が、みんなと一緒に遊びたいと泣いて目を腫らす。まだ若かった父親がそんな妹に、「みんなどこかで我慢や苦労を覚える。穂乃香は人よりそれが早かったけど、その分早くにたくさん幸せになれる。みんなが穂乃香を大好きになる。人生は長い。幸せな時間が長い方が嬉しいだろ?」と言ってそっと抱き上げる。それを申し訳なさそうに見る母親と、キョトンとしている妹。そんな妹を、守りたいと思った自分。
結局妹は早くに亡くなってしまった。昔からの夢だった、子だくさんのお母さんになるという夢を叶えて。妹は幸せそうだった。父親の言う通り、妹は誰からも好かれ、誰よりも幸せな時間を過ごして、その寿命を終えた。




