家出大作戦⑥
「なんだ、全員隠し事があったのか。ピーズとシーズは一体何を隠してたんだ?」
「んーとねー。うちの親、この前離婚したんです」
「え!? 離婚!?」
「レオさん、声が大きいです」
「あ、ごめん」
「それで、今はうちら別々に暮らしてるんです」
「別々に? それぞれの親に1人ずつ引き取られたということか?」
高校入学前の春休み中のこと。美代と沙代の両親は離婚した。原因は性格の不一致。仕事で忙しい両親は顔を合せれば喧嘩ばかりで、2人が物心つく頃には母親はしょっちゅう家出をしては1人リフレッシュして帰ってくるということを繰り返していた。そういうところも父親は気に入らなかったのだろう。久しぶりに家族全員で夕飯を食べていた時にまた両親は些細なことで喧嘩を始め、母親が出て行ってしまった。そしてそのまま帰って来なかった。
我慢の限界に達した父親は母親に離婚届を突きつけた。母親は離婚にはあっさり応じたものの、今度は2人の親権で揉めた。2人の意思を聞かれることは最後まで無かった。
「最終的に、どっちが優れた人間に子どもを育てられるかって議論になってしまって」
「母親がうちを、父親がピースを引き取るということに」
「何それ、酷い!」
食い気味に怒ったのは玲奈だった。続けて姫乃と優紀も玲奈に賛同する。
「お2人をそんなことで引き裂くなんて」
「子どもは親の飾りじゃないんだがな」
3人が同情よりも自分たちの為に怒ってくれたことに安心して、2人は話を続ける。
「今、シーズは名字が変わって、母親の実家で暮らしています」
「お祖母ちゃんは優しいけど、やっぱり2人一緒に暮らしたくて」
「その為にはバイトをたくさんしないとだし、集まりに来れる回数も減っちゃうかもって相談したかったんですけど……」
「同情されるのも嫌でなかなか言えなくて……」
子どもの心の成長というのは本人でも手に余るほど厄介で、後から考えればそんなに意固地になる必要も無かったのにと思うこともある。しかしそれを自分で経験し、乗り越えて心を成長させていくのが子どもに必要なことでもある。
それをわかっている黒岩と花野は、あれやこれやと口や手を出したいのをグッと堪えて姫乃のことを見守ってきた。今ようやく、姫乃にも自分たち以外の心強い友ができそうだと、食堂を出て扉の前で5人の話に聞き耳を立てていた2人は安堵してそれぞれの持ち場へと戻ろうとしていた。
「もっと早く動いて差し上げたかったんですけどね」
「先代の言いつけを忘れましたか」
「黒岩さんは先代がお元気な頃から筑比地家に務めていらっしゃるんでしたっけ」
「はい。坊っちゃんのおしめも替えましたよ」
「社長を坊っちゃんと呼べるのは黒岩さんだけですわ」
「坊っちゃんと奥様のご様子から、姫乃お嬢様が寂しい思いをすることは明白でした。ですから先代は、わたくしたちに姫乃お嬢様のお世話を任せてくださったのです」
「先代はお嬢様をそれはもう溺愛なさっていましたものね」
「それでも坊っちゃんの機嫌を損ねないよう、姫乃お嬢様への干渉は最低限にするようにと先代は仰った。『あの子を厳しく育てすぎてしまった』と、先代は最期まで嘆いておられました。坊っちゃんは不器用なだけなのです。奥様は元々筑比地家の家柄にしか興味ありませんが」
「……お嬢様は、きっと大丈夫です。良いご友人に恵まれたようですから」
「そうですね。わたくしたちは自分の仕事を全うしましょう」
黒岩と花野がそんな会話をしている中、優紀が自分の話をし始めていた。「みんなに比べれば大したことはないんだが……」と前置きして、優紀は冷めた紅茶を飲み干した。
「金曜日、身内に関係者が居ると2人に言ったろ? あれ、杉本先生のことなんだ」
「え、杉本先生って、スギちゃん先生のことですか!?」
「そうだ。杉本先生は母の兄でな」
「スギちゃん先生ってアクア先輩の伯父さんだったんですか!?」
「そうだ。まぁしっかり交流するようになったのは母が死んでからなんだが」
全員が息を呑んだ。全員の視線が優紀に注がれる。「母が死んだ」という一言はあまりにも重い言葉だったからだ。
優紀の母親は元々体が強い方ではなかった。しかし人一倍子ども好きで子だくさんに憧れていた母親は、医師と相談しつつ優紀たちを産んで育てていた。一番下のるりを妊娠した時は1番状態が悪く、何度も入退院を繰り返すものの、なんとか陣痛までは無事に過ごすことができた。しかし出産後、出血が止まらなくなった母親はそのまま命を落とした。るりの命と引き換えに。
初めのうちは、母親の命を奪ったるりを強く憎んでいた。しかし世話をしないと死ぬのが赤ん坊。父親も仕事をなんとかやりくりして子育てをしているのに、自分が放棄するわけにはいかないと、責任感の強い優紀は率先して育児を担っていた。小学6年の時だった。
その頃の優紀の毎日は、学校帰りに保育園に寄り、下の妹2人と一緒に帰宅。その後は3人の妹たちの世話をしながら家事の一切を引き受けていた。最初は酷く疲れてしまい、何度も妹たちとは大喧嘩になった。そんな様子を父を通して知った母親の兄である杉本が、気に掛けて優紀の家を訪れるようになった。と言っても教師という仕事柄ほとんど顔は出せず、土日にたまに来る親戚のおじさん止まりではあったが。
ある日るりが、「ねね」と言って優紀に笑いかけた。その瞬間、優紀の心に衝撃が走った。
――こんなに可愛い子をずっと憎んでいたのか。こんなに憎んでいたのに、この子は私を受け入れてくれているのか。
優紀の中で憎しみは一気に解け、代わりに強い庇護欲が生まれた。『この子も、妹たちも、私が守る』と心に誓い、一層母親の代わりになって過ごした。そのうちに妹たちも手がかからなくなり、勉強にも集中できるようになっていった。
そんな時、父親が恋人を連れてきた。見た目は少し派手だが、とても優しい顔で微笑む品のある女性だった。どことなく母親の面影も感じる。と同時に父親に対して嫌悪感を抱いた。『子供に紹介するということは、そういうことなのだろう』とすぐにわかったからだ。杉本も何かを察したのか、家に来る頻度は徐々に減っていった。
実際その女はすぐに妹たちに好かれて、あっという間に馴染んだ。それが優紀には面白くない。1番大変な時に世話をしたのは自分なのにという気持ちが、女に対しての嫌悪と苛立ちへと変わっていく。
「自分でもわかってるんだ。ただの嫉妬だって」




