家出大作戦⑤
どのケーキ屋よりも美味しいであろう花野特製デザートを食べながら、全員が本題を話し出すきっかけを待っていた。デザートの味がわからなくなるくらい緊張が最高潮に達した時、食堂の扉がノックされ、全員の肩が跳ねた。扉を開けて入ってきたのは落ち着いたダークグレーのスーツに身を包んだ黒岩と、さっきと変わらないエプロン姿の花野だった。黒岩のスーツの衿には何かのピンバッジが光っている。
「お食事中に申し訳ありません。粗方片付きましたのでご報告に参りました」
「早かったですね。このまま聞かせて? みんなも、食べながらでいいから聞いててください」
この状況で食べ物が喉を通るとは思えないが、姫乃は優雅に紅茶を啜る。他の4人はまるでドラマのようなこの状況に息も止まる思いだった。黒岩がスーツケースから何やら分厚い書類を取り出した。
「まず、姫乃お嬢様の件ですが、伊沢愛実とその取り巻き、及び関係者を調査しました結果、重大な契約違反が発覚したため、然るべき対応を致しました。これによって姫乃お嬢様の冤罪は晴れ、伊沢愛実以下数名は退学処分。現在お嬢様、ひいては筑比地家に対する名誉毀損等で裁判の準備を進めております。上手くいけば相応の額の示談で済むかと」
「勝率は?」
「聞かずもがな」
「そうね、黒岩さんですものね。よろしく頼みます」
「え、なになに。どういうこと? 姫乃ちゃん、黒岩さんって一体……」
「黒岩さんはね、私の運転士兼敏腕弁護士なの」
「敏腕など、ただの老いぼれ弁護士にございます」
「老いぼれだなんて。負け無しの強い味方です」
「恐れ入ります」
「べ、弁護士……」
優しそうで運転の上手な黒岩さんは、一番怒らせたらダメなタイプの人間だったということか——と玲奈は鳥肌が立つ思いだった。姫乃の話していた伊沢という女子生徒は、学園生活どころか自分の選手生命もこれで絶たれてしまったということだろう。しかもたった2日足らずで。
「次に、木崎様の件ですが」
「え。あたし!?」
「もちろん。川島さんにも罪を償っていただかないと。私だけでなく、玲奈さんの名誉を傷つけた。大切な友人を傷つけられて黙っていられるほど、私も黒岩さんも花野さんも穏やかな人間ではありませんの」
「え、花野さんも?」
今度は優紀が驚いた。美代と沙代も何が何だかわからず顔を見合わせるばかり。
「あとでちゃんとご説明します。黒岩さん、続けてくださる?」
「はい。川島洋介とその取り巻きについてはわたくしの目の前でお嬢様の名誉毀損行為をしましたのですぐに動けました。調べによるとこの辺りでは非行を繰り返す問題児として有名だったようで、警察ともすぐに連携が取れました。昨日の午前中にゲームセンター内で迷惑行為をしているところを警察に確保していただきました」
「すごい……」
「ドラマみたい」
「ドラマだね」
「でも、あたしあいつのこと殴っちゃったし……」
「木崎様については中学時代の川島からの名誉毀損被害の件もありますので、こちらが姫乃お嬢様への名誉毀損を裁判沙汰にしない代わりに、木崎様の暴行についても言及しないという示談の方向で保護者様方と話を致しました」
「でも証拠が!」
「玲奈さん落ち着いて。うちの調査員はとっても優秀なの。お料理だってプロに負けないくらい美味しかったでしょ?」
「え、じゃあ調査員って……」
「ふふ。花野さんはね、日本で一番の探偵なの。少なくとも私が知ってる中で。花野さんが抱えている優秀な調査員は日本中に居る。こういうことを調べるのはお料理の片手間で足りてしまうの」
「褒めすぎですよお嬢様。でも、お嬢様の為なら私たち調査員はどこへでも行きますよ!」
4人が大きく息を吐いて椅子に深くもたれかかった。まるで他人事のように会話が進んでいく。
「それで? 話した結果はどうでした?」
「もちろん、示談成立です。保護者様方も手を焼いていたようで、よく書類を読まずに捺印してくださいました。よって協議の結果、姫乃お嬢様への名誉毀損行為、及び度重なる迷惑行為と犯罪行為により川島洋介には自主退学していただき、取り巻きについては6か月の停学処分。木崎様の暴行も咎められません」
「え、でも姫乃ちゃんへの名誉毀損については裁判にしないって」
「その通りです木崎様。裁判には致しません。あくまで書類に書かれた方法で示談をお願い致しました。筑比地家との裁判に比べたら安いものです。これでも温情をかけたのですよ」
ニヤリと黒岩が笑う。姫乃が、「また悪い癖が出ていますわ、黒岩さん」とため息をつくと、「おや、これは失礼いたしました」と楽しそうに笑った。理解が追いつかない玲奈は小さな声で姫乃に尋ねる。
「お、終わったの?」
「はい。終わりました。お2人ともありがとう。これでゆっくりみなさんと話ができます」
黒岩と花野が食堂から去った後、5人の間に沈黙が横たわる。しかし僅かずつ空気は揺れ、その揺れが全員に行き渡った時、5人は同時に笑い出した。まるでお菓子パーティー中のように、賑やかに。
「はー。もうなに? 『それで結果はどうでした?』って。もうエアリーそんなキャラだったのー?」
「レオさんこそ、いつもはあんなに自信満々なのに」
「いやーすごいものを見てしまったなぁ」
「息止まってたー!」
「まばたきもー!」
そこからは5人とも肩の力が抜けて、デザートを食べながら姫乃と玲奈それぞれの身に起こったこと、それぞれの家庭のことを話した。「黙っていてすみませんでした」と姫乃が謝ると、「あたしも、家のこと言えなくて。休みの日の集まりにもあんまり行けなくてごめんなさい」と玲奈も頭を下げた。
すると、優紀と美代と沙代も同時に、「すまん!」、「「ごめんなさい!」」と頭を下げた。全員で頭を下げ合って何かの儀式のようになってしまい、また5人で笑う。




