家出大作戦②
その食べっぷりを見て、花野は飛んで喜んだ。いつでも食べに来てくださいねと言われて、玲奈はつい甘えたくなる。しかし今日の本題は食事じゃない。お互いの『隠し事』について話しに来たのだ。
「すみません。花野さんがあんなに張り切るなんて……お腹大丈夫ですか?」
姫乃の自室に玲奈を案内して、腰を落ち着けたところでぎこちなく会話を始める。
「大丈夫! あんなに美味しいご飯を毎日食べられるなんて、姫乃ちゃんが羨ましい。もしかしてこの前のパウンドケーキも……」
「……はい。うちには滅多に両親が帰ってきませんので、家のことは花野さんと黒岩さんがやってくださいます」
「そっか。てっきりお母さんが作ってくれてるんだと思ってた……ごめん」
「いえ! 言わなかった私が悪いですし、家に親が居るのがきっと普通です。玲奈さんは、何も悪くありません」
「……親が家に居ても、なんにもしてくれないってパターンもあるよ」
「え?」
「実はさ、あたしんち、あたしが家事してて、お祖母ちゃんの介護もあたしがやってんの」
「それはどういう……?」
玲奈の家は、玲奈と弟、両親、祖母の5人暮らしで、祖母は玲奈が中学生になった頃から認知症が始まった。最初こそ母親が祖母の面倒を見ていたが、我関せずで家になかなか帰って来なくなった父親に母親がキレて、祖母の介護を段々としなくなった。玲奈の母は口を開けば、「義理の親の介護をなんであたしがしなきゃいけないの!」と文句を言い続ける。
祖母への当たりもどんどん強くなる母親と可哀想な祖母を放っておくことができず、ある日玲奈は祖母の介護を1日担った。そうすれば、母親も休めて少しでも気持ちが落ち着くと思ったのだ。しかし玲奈の予想は外れ、それ以来母親は祖母の介護を玲奈に押しつけるようになった。
元々弟贔屓の母親ではあったが、それから弟への溺愛っぷりは加速し、ついには家事と介護を玲奈にすべて投げて、母親は弟ばかりを可愛がるようになった。一緒に出かけるのも何かを買い与えるのもお小遣いも玲奈の弟ばかりが多く、父親はそれを見て見ぬフリをし、相変わらずほとんど帰って来ない。
「学校行ってる間は母親が介護するってことになってるけど、心配でさ。本当は部活とかやりたいんだけど、できないんだ。最近は夜もお祖母ちゃんが徘徊したりトイレ失敗したりしてほとんど眠れないし。憎んじゃいけないのに、お祖母ちゃんのこと憎くて仕方ないって思う時もある」
寂しそうに笑顔を作る玲奈を見て、姫乃は心が痛んだ。玲奈が遅刻ギリギリになる理由も、学校が終わったらすぐに帰る理由も、本来なら玲奈には降りかからないはずの問題だったからだ。それを玲奈は中学からずっと続けている。
「じゃあ、その……パパ活の噂も……」
「中学の頃から今みたいな感じだったからさ、川島辺りが面白がって根も葉もないこと言いふらしたんだろうね。ほら、あたし目立つからさ、気に食わなかったのかも。すぐ先生に言ったんだけど犯人はわからなくて。どんなに違うって言ってもなかなか信じてもらえなくてさ。しばらく学校行けなくなったんだ。先生にも相談しながらなんとか復帰したけど、ずっと周りの視線は冷たくて」
「介護のこと、先生には言わなかったのですか?」
「軽ぅくは言ったけど、その先生は女が介護するのは当然って考えだったみたいであんまり取り合ってくれなかったんだよね。むしろ不登校が自分のクラスに居るのが許せないって感じだった」
「……サイテーですね」
「今ならあたしもそう思う。まぁ今日まで川島が犯人なんて思わなかったし、なんとか学校は行ったけど。まさかあいつの頭の中が成長してないとは……」
「もしかしてそれで殴ったんですか?」
「そ。あたしだけじゃなく姫乃ちゃんのことまで。許せない」
「私は……半分は事実ですから」
「半分って、階段から人を突き落としたってやつ?」
「……はい」
「でも姫乃ちゃんのことだから、何か理由があるんでしょ?」
「……そうですね。どうやらお相手は約束を破ったようですし、私が玲奈さんにお話ししても問題は無いでしょう」
「約束?」
「私は確かに学校の階段で同級生を突き飛ばしました。でもあれは事故だったんです」
今度は姫乃が自分のことを話し出す。私立坂江星蘭女学園は、名だたる令嬢たちが集まるお嬢様学校。小中高とエスカレーター式の学校で、もちろん姫乃も小等部からそこに入学した。自分の意思ではない。親の命令でだ。姫乃の両親は微塵も姫乃に興味を示さず、世話はすべて花野と黒岩に任せ、自分たちは仕事を盾に姫乃との関わりを持とうとしなかった。
学園に入学した直後に両親が、「男なら良かったのに」と話しているのを聞いてしまって以来、親に期待することも甘えることも、親と思うこともやめた。
それでも天文台のイベントに来てくれた時には、やはり親として自分を大事に思ってくれているんだと思って姫乃は嬉しく思った。しかし帰り際の両親の言葉でそれすらも砕かれる。
「こんなストラップの為に数億って商談をふいにしてきたなんて」
「付き合ってやったんだからもういいだろう。あの家では好きに過ごしていいから、これ以上仕事の邪魔をするんじゃない」
姫乃にとっての家族の思い出は、それが最後になった。両親は姫乃に家庭教師をつけ、遥かにレベルの高い勉強と成果を姫乃に求めた。当然子供らしく遊ぶことも無い。




