表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

[短編小説]女々しくて俺

作者: 木野キヤ

この物語はフィクションです。実在する人物や作品とは関係ございません()

――これから話すことは、誰にとってもどうでもよくてつまらない、そんな恋のお話。そして誰とも知らない馬の骨の独白――



結論から言うと、俺は振られた。長年好きだったわけでも、一世一代の大勝負ってわけでもない。でもいざ相手から「ごめん」と言われると、辛いものがあるな。


その日はいつもどおり、VRchatにログインした。通例になっている写真撮影も終え、いざフレンドのところへ行こうと思った。そのフレンドのステータスは「仕事中」と表記されていた。時間帯は夜、もうそろそろ深夜になりつつあるときだったため、この時間まで残業かなと思いつつ、彼女のいるワールドへアクセスした。


ワールドにつくやいなや、彼女を探した。微動だにしない人が鏡の前で座っている。フルトラッキングで離席したためか、腕がとんでもない角度で曲がっている。おそらく電話でもかかってきて席を空けているのだろうか。


俺はそんな忙しそうな彼女のために、鏡の周りにデフォルメ化されたクラゲを数匹描き、励まそうとした。クラゲだけでは物足りないなと思った俺は、海の様子を描こうと海藻も付け足した。


そこに彼女が帰ってきて俺に声をかけた。


「フカ、いたんだね」


「うん、君のステータスが「仕事中」って書いてあったから応援しようと思って来たんだ」


「あぁ、それは替え忘れただけだよ。今はお風呂に入ってたんだ」


何だそういうことか。てっきり珍しく残業でもしているものかと。


俺の勘違いだったらしい。描き始めた海の様子をここで終わらせるのはもったいないと感じた。クラゲ、海藻だけでなく、貝、魚群なども描き加えた。そのうち、彼女のフレンドさんが二人ほどやってきた。そのうち一人は俺ともフレンドになった人で、一度聞いただけでもいい声だと思うほど美声の持ち主だ。彼は最近彼女とも仲が良いようで、二人で一緒にいるときが多いように感じていた。


その二人ともう一人を尻目に俺は海を描き続けていた。エビ、カニ、色鮮やかな魚群、魚、チンアナゴ。徐々に海が騒がしくなってきた。


「フカ、君に謝りたいことがあるんだ……」


彼女が弱々しい声で話し始めた。


「え、どうしたの?」


俺は描いていた手を止めて、彼女のかを見つめ話に耳を傾けた。


「ずっとまえ、君は私とお砂糖になりたいって言ってたのを覚えている?」


「え、うん」


俺はここにいる彼女とVRchatの恋人関係、「お砂糖」になりたいと常々彼女に伝えていた。


詳細は長くなるが、数ヶ月前、俺はこの女性に恋心を抱いていた。だが彼女は以前のお砂糖と別れたばかりということもあり、そのトラウマや悲しさでお砂糖になることに恐怖を抱いていたらしい。


「でも、ここにいる彼とカップルになったんだ」


「……」


俺の心にあった太い糸が「バツンッ!」と切られた音がした。それが何なのか、どんな糸なのか思い出している今もわからないが、とにかく二つのものを繋いでいた糸が切れた感覚がした。


「君があんなに言ってくれてたのに……ごめんね」


「大丈夫大丈夫! ごめんねなんて言わないで」


大丈夫と言い聞かせ、海の絵に再度取り掛かった。


この海は広すぎる。一面いっぱいに描き続けるにはつらすぎる。でも描くことを諦めて「違う場所に行ってくる」なんて言えば、彼女は悲しむだろうか。そう考えながら広大な海に一匹づつ海の生物を書き加えていった。俺の後ろには二人が息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、今にも接吻してしまいそうな雰囲気だった。


俺は彼ともフレンドだったため、彼には怒り、妬み、嫉み、憎しみなど決して抱いてはいけないと考えていた。だから彼が話しかけてきてもいつもどおり、普段と変わらない顔で接していた。もう彼との会話内容は覚えていないが。


あっという間に数分が経ち、ある程度海が出来上がっていた。なんともさみしい海だ。魚は少し群れる程度、海底には海藻が等間隔に並んでいる。蟹の手足は貧相なもので、海老は装飾が足りない。俺が描いた海の生物は何もかも現実とかけ離れており、幼稚で単純なものだった。


海を描き終え、役目を果たした俺はその世界(ワールド)から逃げた。


ロード画面が変わり、視界に入ったホームはいつもより冬の寒さを含んでいた。外の風景には雪が降っており、部屋はいつもより暗かった。数分、放心した。


心の表面はいつもと同じ感情だった。心の奥深くはずっとヤスリで削られているように、ナイフで切り刻まれているように痛かった。


彼女とお砂糖になりたかった。それは本当だ。だが彼女がトラウマを抱え、恋をすることに抵抗を感じている以上、俺から深く関わることは許さなかった。俺は彼女と距離を取り、友達としてV睡したり、友達としてゲームワールドに行ったり、友達として接吻も交わした。


俺は彼女を支え続けた。彼女が元気になるように、彼女が笑えるように、彼女が辛くならないように。ただ笑ってほしかった。そうだ、俺は彼女に笑ってほしかったんだ。


常日頃から、彼女は「ゲームは楽しむもの」と言っていた。彼女いわく、ゲームは開発者から楽しむために提供されているものだから、楽しまなくちゃならない。悲しんだり、辛くなるためのものではない。そんな事を言いながら、彼女はフレンドに隠れて涙を流したり、悲しさのあまり慰めを求めてきたりしていた。


時計を見ると、もう寝る時間が迫っていた。これからパブリックに行って気を紛らわすこともできるが、そんな元気はなかった。いつものワールドに行き、寝る準備を始めた。


ずっと頭の中を五月蝿い思考が飛び回っていた。それほどまでに今回の出来事は俺にとって大きいことなんだと自覚した。いつもは寝るためのBGMとしてASMRを聞いていたがそんな気力も気分もなかった。ただ天井に出したミラーで自分の姿(アバター)を見つめながら、夢の中へ落ちるまで思考を巡らせた。


すると、いつも一緒に寝ているフレンドさんが合流してきた。彼/彼女はいつもどおり俺の隣に横たわり、まぶたを閉じた。


絶対にこの人には話せない。この人に話せば俺の中の様々なものを失うような気がした。例えば男としてのなにか、とか。そんなものだった。


最近、「男」について考える機会が多くなった気がする。Xでは「ふにゃオス」は恋愛に関して云々というものを見ていたり、パブリックで彼らのことを見て感じたことがあったり。自分の中にある「男らしさ」に変化が生じているのは確かだ。やっと変化が起きたというべきか。今まで自分が「男だ」という確信が少なかった。それは家庭環境だったり、過去の出来事からだったり色々ある。詳しいことは省くとする。


「男」として、彼に負けたのだ。彼はとても落ち着いていて、包容力がある。それは俺も憧れるほどだった。英語も大変達者で声も美声そのもの。誰もが彼に何らかのポジティブな感情を抱くだろう。そう感じた時点で俺は彼より劣っている。それに気づいた時点で彼女のもとから離れるべきだったのかもしれない。そうすれば今まで支えてくれていた糸を切ることや、心をヤスリで削ることも、泣きそうになっている心を抑えてあの場から逃げることもなかったのかもしれない。


VRchatは現実の見た目が反映されない。それが意味することは、第一印象が視覚だけに収まらないということ。見た目は自由に変えられる。動物、人外、美青年、美少女、美男子、美人、ネタアバター、よくわからんアバター。このゲームにおいて見た目は重要ではない。多少影響するが微々たるもの。この世界では聴覚、性格などが判断材料になる。たった二つだ。たった二つの判断材料において俺は彼に負けた。それだけだろう。これ以上考えても自分の心をさらに斬りつけるだけで解決には至らない。


天井のミラーには美少女に化けた俺と、愛らしいフレンドさんがいる。彼/彼女は俺の右腕を枕にして、抱きつくように眠りに入った。俺はどうしても眠れなかった。外の風景はまた雪が降りそうな薄暗く灰色の空だった。ゴンドラに揺らされながら着くともわからない駅を目指しながら進む。


きっと彼女は俺に掛ける言葉について頭を悩ませたのだろう。彼女はそういう人だと知っているから。せめて、彼女がこれ以上悲しい思いをしないために、明日感謝のメッセージを送ろう。


それで俺の恋は終わりにしよう。

彼女から連絡がきた。内容は昨日伝えたこと、それについて謝罪の気持ちがあること。そして僕を励ます言葉。彼女はこれからも一緒に遊んでいきたい旨を伝え、最後に「And thank you for your blessing.i hope you can also find your lover.」(原文ママ)と書き、締めくくった。


おそらく君は見ていないだろうからここで吐露させてほしい。僕は君が好きだった。君の愛情を受け取るたび、満たされている気分がした。僕もお返しとして愛情を与えていたつもりだった。君と過ごした日々は今まで経験したことのない夢のような出来事だった。今となっては本当に夢になってしまったけど、僕にとっては忘れがたい夢。僕はまだこの夢から醒めないけど、君は目を開けて彼との時間を大切にしてほしい。僕はもう少し夢の中で楽しむとするよ。


君の進む道に彼との祝福があらんことを。


親愛なる君のフレンドより。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ