第7話 黄金の湖
暗い森の中で己を主張するように、音もなく静かに光を帯びた湖面。
焚火だけだった森の中の光源に、湖の金色も加わって、すぐに光量を追い越して。
「……すごい」
思わずそんな声が出た。
月の光を集めた湖面は、思っていたよりもずっと強い光を反射していた。
湖の周りには広場が一定の距離広がっているが、その向こうの森の草木にまで、光は届き、淡く照らしている。
光が金色だからか、昼間見たよりも草木が黄みを帯びた若草色に見えた。
昼間見たのと同じ『何か』が、水面からバシャンと飛び上がる。
その魚も、魚の尾びれから飛んだ水滴さえも、金色で。
目が眩むような美しさに、目を離す事ができなかった。
胸がグッと温かくなる。
それが気のせいなどではなく、スキルを行使した時の反応である事を、経験から僕は既に知っていた。
心臓の位置から、小さな光が具現する。
光は薄く、長方形に伸び、僕が今この目で見たまま感じたままを焼き付ける。
『絵描き』。
僕が何かに強く心を揺さぶられ気持ちを高ぶらせた時に、見ている景色を僕が感じたまま、スキルで作った紙に転写するスキル。
そんなひどく情緒的で不確かな代物が、完成と同時にゆっくりと発光を終える。
「キュッ」
宙で生まれた紙がヒラリと落ちてきたのを、リーベの小さな口が器用にキャッチした。
そこには僕が見たのと同じ、暗闇の森の中、幻想的に光る金色の湖が美しく描かれている。
それを受け取った僕は、リュックを漁り、中から小さな筒を取り出した。
蓋を開け、筒状に丸めた絵をそこに収める。
中の時を止める筒だ。
入れた物は、環境や年月による劣化を免れる。
大切なソレを片付けてから、改めて目の前の光景に向き合った。
湖は、依然として静かに神々しく輝いている。
「そういえば、あの飛び跳ねてるのは、何なんだろうな」
「キュ?」
僕の呟きに律儀にもこちらに向かって首を傾げてくれた管狐の、顎の下をよしよしと指で撫でてやる。
フワフワとしたその感触に、嬉しそうに、気持ちよさそうに目を細める彼に、思わず僕も微笑が漏れる。
あれ程までに一瞬で石も溶かしてしまう、酸の湖だ。
普通は生物なんて存在できない。
それでもアレは動いていた。
生き物のように、僕には見えた。
「見た目は、湖の底と同じ銀色に見えたけど」
昼間の記憶を思い起こしながら、考える。
何なら先程の、満月の日の月の光を受けて金色に色づいていたところまで、湖の底とお揃いだ。
ともすれば仮説は立てられるが。
「だとしても、ただの鉱石があんなふうに動くだなんて、とてもじゃないけど説明が付かない」
そんな存在の報告は、一度も耳に届いていない。
これでも王城の、比較的国内外の情報が集まる部署にいたのだ。
そんな事の存在がこんなふうに国内で確認できていれば、少なくとも概要くらいは耳に届いてきそうなものだけど――。
そこまで呟いた時、指先を湿り気のある物にペロリとされた。
どうやらいつの間にか、彼の顎の下を撫でる指が止まっていたらしい。
可愛らしい催促にクスリと笑い、撫でる指を再開しながら口を開く。
「世の中、僕の知らない事はまだまだたくさんあるんだなぁ」
仕事柄、色々な事を聞いてきた。
知っていると思っていた。
でもやはりあの日あの絵を見て抱いた「まだ世の中には自分の知らない、見た事のない世界がある」という感覚は、決して間違ってはいないのだろう。
「いいもんが見れたな。あの魚? も含めて」
パチンッと、また焚火が軽く爆ぜた。
飾りっ気のない、何なら質素な一人と一匹の夕食が、幻想的な湖を眺めつつの物になった瞬間から、少し特別な時間になった。
そのまま眠気に任せてその場で眠り、再び瞼を上げた時には、既に黄金の湖は銀色に戻っていた。
火の後片付けをしっかりとして、荷物をリュックに収納し、リーベと共に街に帰る。
僕の身を案じてくれた商人がいるあの店に、次の目的地に向かうために必要な買い物をしに行った。
無事を喜ばれ、僕も「あのお守りのお陰かもしれない」なんていうお礼を言い、「湖は見れたのか」という話になる。
「えぇ。最初は曇り空で、もしかしたら見れないかもしれないなと思っていたんですが、なんか急に空が晴れて。……そういえばあれ、何だったんだろう」
「『あれ』?」
「えぇ。なんか遠くの方でドンッていう音がしたかと思ったら、急に雲が避けるように晴れて」
素朴な疑問を口にした僕に、商人は「あぁ」と声を上げた。
「そりゃあ多分、『激昂の魔女』がまた何か、したんでしょ」
「『激昂の魔女』?」
聞いた事のない名前だ。
思わず首を傾げた僕に、商人は更に教えてくれた。
「最近隣町に来た、冒険者だよ。隣町を経由してきた商人曰く、三か月くらい前にスキルを取得したらしいんだけど、怒ると暴発しちゃうらしくて。最近はスキルを空に向かって打つ事を覚えたから、町への被害は減ったって言ってたなぁ」
なる程。
たしかに僕も、スキルを使おうと思っていなくてもスキルが発動する事は、たまにある。
本人が行った、被害の最小化。
それはきっと自身のための工夫なのだろうが。
「間接的に助けてもらっちゃったなぁ」
お陰でとてもいい景色が見れた。
今度どこかでその人に会う機会があったら、その時はお礼を言おう。
そんなふうに思ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第一章、完結です。
第二章以降は7月下旬からまた転載を再開予定です。
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