第2話 予定にない出会いを求めて
強い、弱いにかからわず、世界には人類の脅威である魔物が生息している。
だからこんな田舎の町であっても、町を守るための外壁と、外と中を行き来する門がある。
長年見てきた王都程の立派な門は、ここにはない。
それでもこの街を守るために立っている衛兵は、むしろ王都にいる同業よりも余程熱心なように見えた。
「今日来たばかりで、もう町を出るんですか?」
「あぁいえ、外に用事があって」
また明日くらいには戻ってくる。
そう答えると、日焼けした顔の衛兵は「なる程、では、行ってらっしゃい!」と言って僕を見送ってくれた。
絵描きスキルを得て以降、王都から出て気の向くままに旅をしている僕にとって、ここは三つ目の旅先になる。
移動旅に、というよりは、移動先での立ち居振る舞いや不便の中の快適さを探すのに、最初こそ結構手こずった。
しかし三か所目となると、流石に勝手が分かってくる。
例えば。
「今は、午後二時。太陽の位置があそこで、町がこっち」
帰りに森の中で道に迷わないように、手持ちの懐中時計で時間帯を、目視で太陽の位置を確認して、大体の方角を覚えておく事。
これが結構土地勘がなく見通しの悪い場所を一人で歩く際には、結構頼りになったりする。
この森を案内してくれる人を、町で見つけてついてきてもらうというのが、土地勘のない人間にとっては一番安全なのだろうけど、僕はこの道中にも価値を見出している。
「周りに頼るより、一人の方が気楽だしな」
人嫌いという訳ではない。
しかし人付き合いには、少し疲れてもいる。
一人になって解放感を得た僕には、気ままに行動できる一人の方が、肩が軽くて楽でいい。
リュックから地図を出し、改めて目的地の方角を確認する。
件の湖があるのは、森の奥。
ここから見てちょうど南側だ。
「つまり、何となくこっち」
太陽の位置からおおよその方角を見立てた僕は、一人そう呟き、歩き出した。
天気がいいお陰で、青々とした森に落ちてくる、木漏れ日が適度に温かくて心地よい。
何だか木々から癒し成分が、出ているような気がしてくる。
空気が美味しいだなんて感覚、旅を始めるまで知らなかった。
「この、ちょっと行き当たりばったりみたいな感じが、いいんだよなぁ」
元々時間制限がある旅ではない。
制限で言えば『黄金の湖』が見れるのは、満月の日の夜だけ。
つまりちょうど今夜ではあるものの、もし湖が見つからなければ、次の満月まで待てばいい話である。
「一応『正確な方角を示す羅針盤』とか、『探し物の場所を教えてくれる道具』はあるけど、アレはなぁ」
足元に生えている草をサクサクと踏みながら、僕は小さく苦笑する。
性能のいい道具は値も張るが、別に買えない程ではない。
この旅に出る前は、それなりに仕事にまい進していた。
それなりの額の給料は貰っていたし、忙しくて使う時間はなかったから、金はそれなりに貯まっている。
それでも、僕は敢えてそれらを買わなかった。
理由は幾つかあるものの、総じていえば「それを買ったって僕が送りたかった生活にはならない」からである。
不便は旅の醍醐味だと言うし、何が僕の気持ちを動かすのかは、僕にさえ分からない事だ。
せっかく『まだ見ぬ僕の心を動かすモノ』を探しているのに、偶然の出会いを得る機会を逃したくない。
過不足のない生活は楽でいいが、そういう生活がしたい訳でもない。
「そもそも究極の快適さを求めるんなら、王都で一軒家でも購入して、悠々自適に生活すればいいだけだもんな」
敢えて選んだ不便さの中に、最上や最短の快適さを求めてもあまり意味がない。
「キュ?」
「ん、どうしたリーベ?」
「キュー、キュキュ!」
「え、こっち?」
何かが気になる様子の管狐・リーベにつられるようにして、少し進んでいた道を逸れて、草むらに足を踏み入れた。
踏み固められていない、道のない場所。
こんなところに、一体何があるのかと思えば。
「キューッ!!」
「あぁ、なるほど」
リーベが飛んで行った先にあったのは、赤い実が付いた低木だった。
「瑞々しい木の実、好きだなぁ、お前」
「キュッ」
言いながら、僕もまたその実を一つ、指で摘まむ。
口に含むと、さわやかな酸味と甘みが口内に広がった。
「うん、うまい。リーベはいつも、当たりの木を探すの上手だから」
「キュ!」
任せてよ、と言わんばかりの鳴き声に、僕は思わずフッと笑う。
返事はするくせに、振り向きもしない。
口の周りの白い毛をすっかり赤く濡らしながら、夢中でモグモグと咀嚼する小さな口が可愛い。
こういう出会いもまた、この旅の醍醐味だ。
が、まったく動く気配を見せない管狐に後ろから声をかける。
「分かった、分かった。じゃあ、ちょっとこの木の実、貰っていこう。あとで休憩地で食べような」
「キュ!」
リュックからいつも使っている、リーベ用の採集袋を探し出す。
彼はよくこうして寄り道をし、自分の好物を見つけて食べたがるのだ。
だからそれを持って歩けるように、リーベ専用の袋を一つ、常に持ち歩いている。
リーベが欲しい物を見つけた時は、この袋がいっぱいになるだけの量を採集して移動する。
彼とはそういう約束をしている。
普通の管狐なので人間の言葉こそ話せないけど、こちらの言葉は理解している。
返事もできるので、簡単な約束くらいなら、お互いの歩み寄りの下、成立する。
そのお陰で、お腹いっぱいになるまで木の実を頬張りその場を動こうとしてくれなかったリーベとの間にも、こうして共存のための歩み寄りができた。
僕が袋の絞り部分を開くと、ピューッと飛んできたリーベが口に咥えていた実を、中に一つポトンと落とす。
いそいそと木の方に戻っていった彼は、また戻ってきて、実をポトン。
咥えては投げ、咥えては投げ、ポンポンと袋に実を入れていく。
勤勉な彼を手伝うために木の近くに寄ってやると、袋はあっという間に一杯になった。
こちらを見た彼が、満足げに「キュ」と鳴く。
その顔は「早く先に行って、休憩場所を見つけて、木の実を食べよう!」と言っているようにも見えた。