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第1話 人生を豊かにするゴミスキル



「あんちゃん、この辺じゃあ見ない顔だな。外の人かい?」


 マルセーナ王国の西にある、田舎町。

 ふとした拍子に視界に入った店先の商品に足を止めたところ、ちょうどお店の中から出てきた店主らしきおじさんに、そう声をかけられた。


「はい。この街には今日、初めて来て」


 のどかでいい土地ですね、と言葉を続けると、店主は地元が褒められて嬉しかったのか、「へへっ」と少し照れ笑いしながら「ありがとよ」と答える。

 

「この辺にゃあ大して見るものもないと思うけど、あんちゃんは何を目当てに来たんだ? 商売?」


 僕の服装を見て首を傾げた彼は、顎に手を当て「いや、でもそのリュック、マジックバックじゃないな。それなりに大きいが売り物を全部入れられるようなサイズではないし」と考えるそぶりを見せている。


 別に自分の素性や用件を隠す理由は、僕にはない。


「いえ。あの森の奥にあるという湖に、ちょっと用事があって」


 素直にそう事実を答えると、彼は「そうか、湖に……」と納得しかけて「って、あの『無の湖』にかい?!」と驚きの声を上げた。


 ギョッとした彼に「はい」と答えると、すぐさま「やめときな!」という声が飛ぶ。


「あそこは誰の制御も受け付けない、国も環境管理を投げた何でも溶かす湖だぞ?! 一つ飛沫が飛んだだけでも致命傷になる。飛沫なんてかかる筈がないなんて、舐めちゃあいけない! そう思って自信満々に行って、何人の人間が帰ってこなかったか!!」


 本心から心配してくれているのだろう。

 口ぶりから、「もしかしたら、彼はこれまでにも僕のように外から来て湖に行った人間を、何度か見送った事があるのかもしれないな」なんて他人事のように思う。


 見ず知らずの人間を心配するなんて、きっと彼はいい人なのだろう。

 でも。


「危険性は重々承知です。でも、どうしても行きたくて」


 顔色を変えずに、そう答える。



 僕が行きたい湖は、別名『黄金の湖』と呼ばれている場所だ。


 唯一酸にも溶けずにいられる、最強の鉱石・アダマンタイト。

 最強の金属・オリハルコンさえ溶かしてしまうような酸の湖が未だに存在できている理由こそ、その鉱石が湖の底になっているからである。


 僕が見たいのは、満月の日の夜のその湖。

 普段は銀色のその板が、満月の夜にだけ月の光を反射して黄金に輝くという。


 それがあたかも湖自体が、金色に光っているように見える。

 僕が聞いてきた話は、こんなところだ。


「あそこには、僕のまだ見ぬ世界がある」


 それが見たいのだ。

 そう言った僕に、店主は少し呆れたように「そりゃあ見た事はないだろうさ。無謀にも興味本位で行った人間の大半が、溶けて帰ってこないんだから」と言ってくる。


 しかし僕が言いたいのは、そういう事ではない。



 月夜を受けて金色に光る湖なんて、どれほどの光景だろうか。

 

 僕はその景色を見たい。

 仕事の忙しさに忙殺されて、自分でも気が付かずに心の余裕を失くす日々よりも、色々な景色を見て驚きたい。

 感心して、笑って、見惚れたい。


 僕は、僕の人生を豊かにしたい。

 その景色を心に留めて、いつでも思い出せるように描き留めたい。


「大丈夫ですよ。『黄金の湖』を見たらちゃんと帰ってきますから」


 心配してくれている彼を、安心させるように微笑んでそう伝えた。

 すると彼は「何故そこまで頑なに……」と何かを言いかけた後、何やら納得した表情になる。


「あぁもしかして、絶対防御系のスキルを取得したのかい?」


 それなら安心だ、と彼は笑った。


 僕は今年で三十五歳。

 容姿も年相応だ。

 おそらく彼は、僕の年齢を鑑みてそう言ったのだと思う。



 三十五歳は、人生折り返しの年齢。

 ――その年になるとご褒美として、神がそれまで頑張って生きたすべての人類に、本人が望む力を一つだけ授ける。

 それが、神の恩恵であるスキルに関する伝承だ。



 誰もが知っている、この世の理。

 子どもの頃から皆が知る事実で、多くの人間が「神からの恩恵を取り溢さないように」と、悪事を働く前に一度立ち止まる。


 実際に、三十五歳になってもスキルが得られない人間は、存在する。

 その大半が犯罪者だ。


 流石に少しの悪い事程度じゃあ対象外にはならないようだけど、「悪い子だと、神様から見放されちゃうよ」という少し子どもじみた脅しも、大人になれば「あながちただの脅しではなかったのだ」と皆、正しく理解する。



 そんな、ただ存在するだけで少なからず悪事の抑止にもなり得る神からの恩恵(スキル)は、性能も折り紙済みである。

 たとえば絶対防御系のスキルなら、何でも溶かす酸相手にも勝る事ができるくらい。


 だから彼がその仮説を理由に安堵する理由は、よく分かる。

 しかし。


「いえ。僕が取得したのは『絵描き(ドローイング)』です」

「えっ、そんなゴミスキルをどうしてわざわざ」


 笑顔で首をゆるゆると横に振った僕に、彼は嫌味のない、純粋な驚きを返してきた。


 おそらく彼に、悪気はない。


 人生に一度、一つだけ貰える恩恵・スキル。

 人生における最も大切な選択の一つだと言われており、ほとんどの人間がそれまでに形成した生活に役立つものを選ぶ。


 この世には色々な仕事や生き方があるから、選ぶべきスキルも多岐に渡る。

 しかし絵を描く事は人生において、生活する上でする事を迫られる行いではない。


 仕事に生かすにしても、難しい。


 もし緻密や設計図や説明図を描くためのスキルが必要なら、脳内で思い浮かべた事をそのまま正しい縮尺・正しい描画で客観的に転写する、『精描』というスキルが存在する。

 心に強く響いたものをその人が見た主観的な視点で転写する、情緒的で不正確な『絵描き』スキルを選ぶ人間は、滅多にいないのだ。


 それまでに生きた三十五年を費やして取得するにはあまりに不釣り合い。

 そう思えるスキルを、世間では『ゴミスキル』と呼ぶ。

 そしてたしかに僕のスキルは、そう呼ばれても仕方がないものである。


 それでも。


「僕にとっては、意味あるスキルなんですよ」


 僕は穏やかにそう言った。


「あっ、……すまん。悪気があった訳じゃあなくて」

「分かっています。心配してくれているだけでしょう?」


 謝る彼に僕が「気にしないで」と朗らかに笑うと、彼は少しホッとしたらしかった。


「あ、これください」

「お、おぉまいど。ちょっと待ってな」


 そう言いおつりを取りに戻った彼は、すぐに戻ってきておつりと共に「ほれ、これはサービスだ」と言い、小さな木の堀面が付いたストラップをくれた。


「これ、その森で獲った大穴ウサギの干し肉と、この辺に昔から伝わるお守りだ。この怖い顔の面が、厄を祓う。お前さんの無事を願って」

「ありがとうございます。肌身離さず付けておきますね」


 彼の好意をありがたく受け取り、踵を返しながら口を開く。


「それでは、早速行ってきます」

「おい、ちょっと! 『黄金の湖』を見たいなら夜にならないと――」

「いいんです」


 半身で体を止め、呼び止めてくれた彼に僕は笑った。


「夜まで待つのも、楽しいですから」


 僕の言葉に反応するように、どうやらお昼寝から覚めたらしい管狐が、僕の服の襟首からスルリと顔を出す。


 僕の言葉にまるで相槌でも打つかのように、店主を見て「キュウ」と鳴いた彼のフワフワの顎の下を、人差し指の腹で優しく擽る。


「行こうか、相棒」

「キュー」


 律儀に返事をした管狐に微笑み、僕は今度こそ歩き出す。



 湖があるとされているのは、町はずれの森の中だ。


 ――とりあえず森の中を歩いてみよう。

 そう思いながら、背負ったままの少し重いリュックを、小さく体を弾ませて持ち直した。



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