33話
その後も他の仕事をしながら色々考えたが、もちろん良い方法など何も思い付かない。定時になり、罠を解除しながら帰宅する。
アケミさんは頑張っているのか残業しているので、まだ帰ってこない。
そして俺が飯を作るところを、シマがご機嫌な雰囲気で見ている。ユグロコに出かけていた関係でしばらく他所で食事をしていたからだろう。昨日は外食で済ませたし。
「上手いものよねー」
パウラサが調理風景を覗いている。台所に手がついているので浮いている状態かと思ったら、胴体が伸びていた。伸びる猫みたいだ。……”みたい”じゃないか。ん?でも本当の伸びる猫は伸びてないか?んん?
アケミさんが家に帰ってくると、食事をしながら現状報告を聞く。こういう時、奥さんが同じ職場ってちょっと便利。
「調査は明後日になりました」
「はーい」
護衛を雇う必要もあるので、そこら辺の調整をするとそんなものだろう。
こっちからも、マサルくんを交えて話した内容を共有する。
「最初思った以上に深刻そうですね」
「だね。まだ決まったわけじゃないけど、いよいよって感じかも。せっかくあと十年って感じだったのになぁ」
風俗街の成功のおかげでもう少し行けそうだと思ったマルエスも、あっという間に潮時という気になってきた。ユグロコからの圧力も、エルフの危険性も関係なかった。同じ村が続くのは精々五年くらいらしいから、妥当と言えば妥当か。
「それでもあと十年って計算だったんですね」
「計算って言うほどのもんじゃないよ。風俗街での儲けなんて長続きするとは思えないし、続いて五年くらいかなぁと。そこからあと五年粘って合わせて十年。そんだけ」
単位が五年っていうところからして、我ながらいい加減な感覚だ。
風俗街が盛り上がらなかったら、残り五年ちょいかなって感じだった。いや、それ以前に先日の襲撃でもう少し被害広がって、次の襲撃来たら衛兵不足で対応策がないということになってたかも。そうなると西にしろ北にしろ、次の襲撃で終わりか?それが分かってるなら、既に引っ越し開始になってたかも。
どっちにしろ同じになるかもしれないけど。
「一応明日は祝勝会になったんですけど、どうします?」
「それはやろう。どう転ぼうと今は金銭的に余裕あるんだから、楽しく使っとこう」
そんな祝勝会を開く日の仕事は、デクル巡りだ。
本当は休日なのだが、休日だからこそやりやすい仕事というものもある。アケミさんも似たようなもので休日出勤するわけだし。代休はしっかり貰う予定なので、特に問題はない。
仕事内容は、喋れるデクルを巡って、何か良い方法を知らないかと聞いて回ってみること。昨日マサルくん家のデクルと話して思い付いた。
デクルは罠の専門家なのだから、何か良い案を思い付くかもしれない。一応衛兵にもアドバイスを求める書状を送ってある。あの罠について詳しい人もいるだろうし。
それに加えて……というかこちらが本命な部分もあるが、町のデクルについての現状把握という仕事もある。あまりにも酷いデクルがいたら叱るなり処罰するなりが必要だが、野生ではなく誰かに飼われていたり喋れるほど知性が発達してるなら罪を逃れるための小細工をしているかもしれない。
そういうのを調べるために、虚偽感知の道具を持ってデクルの元へ行くわけだ。この調査は嫌すぎて延期に延期を重ねている。この機会に一緒にやってしまおう。
「元デクルトップのパウラサさん。あなたがいると話がスムーズになることはあるのでしょうか?」
「どう思う?」
「お留守番お願いします」
「仕方ないわねぇ」
「使えにゃいやつだにゃ」
シマがいるとスムーズになるとでも?
「シマも留守番な」
「に゛ゃ」
パウラサに掴まるシマ。助かる―。
◇
「かくかくしかじかしかくいむーぶ」
「こんて、しんとうじょう!……何?」
「お宅のデクルに聞きたいことがありまして」
「え!どうぞどうぞ!上がって!」
「いや、連れて来てくれません?」
「どうぞ!」
「……」
これだからデクルを飼う家は……。
廊下を抜けドアを開けると、そこはまた長い廊下だ。角が見え、折り曲がっているのが分かる。
「わくわく」
「案内してくれません?」
「どうぞ!」
諦めて、頬をパチンと叩いて気合いを入れる。
杖で足元を探るのはもちろん必要。だがそれが最善手とも言い切れない。なぜなら杖は飛んで来るであろう釘を防ぐためにも使いたい。とはいえどっちにも使うことは出来ないので、仕方なしに左手にステッキを持ち替え背中のナイフを右手で抜く。
普段こんな状態になることはないので、普通に使い難い。それでもやるしかない。
一歩一歩確認しながら慎重に進む。足元を見れば良いのか、壁なのか、天井なのか。
厄介なところは狭い廊下というだけでなく、飛来物が釘という小さな物だという点だ。威力よりも捉えにくさを重視している。
最初にこのデクルの元へ訪れたのは、元気なうちに挑戦しようと思ったからだ。ハッキリ言ってシマのものより辛い。地味でも良いから確実にダメージを与えようとするこの感じがうざくてたまらない。
ここはファンタジーな世界だが、回復魔法なんてとんでもなく貴重で便利なものを使える者はこの町にはいない。一度ケガしたら治るまで辛い。
ドンッ!
と手初めにステッキで押した床から釘が飛び出す。足で踏むと瞬間的に刺さることになるから、避けるのは非常に難しい。
足一つ分の範囲を確保するために少しずらしてステッキで押すと、今度は壁から釘が飛んで来る。まだそこに俺はいないので、問題は無い。とはいえ……
「密集し過ぎだろ……」
一歩進むだけで時間がかかる。せめて一歩につき一つにして欲しい。もう丸ごとぶち壊してやりたいが、それをすると当然話は聞いてくれないので意味がない。
この調子なら片足ずつではなく、落ち着くために両足分の場所を確保する必要がある。そう思ってさらにステッキをずらして押す――
ドンッ!
「っぶな」
今いる足元に下から釘が打ち付けられた。
「ナイス回避!」
「……いや、あの、無理ですこれ」
初期位置だから純粋に後方へ引けば良かったが、進んでしまえばその手は使えない。無理なものは無理。しかもその先には蹴り糸も沢山張り巡らされてるし、恐らく光センサーみたいなものもある。
「そこをなんとか!」
「無理だって。というかこんなの誰が挑戦するの?意味ないでしょ」
普通は通常は侵入者だけを罠にかけ、住人は行き来が出来るようにするものだ。しかしこんなの誰も通れない。そもそもこの廊下の存在意義も分からない。意味不明だし意味がない。
「ドアを開けっ放しにしてるとたまにデクルが迷い込むよ」
「結果は?」
「成功者ゼロ!」
ただの虐待&殺害現場じゃん。
「賞金あげるって言ったら挑戦してくれた冒険者もいるよ!」
「成功したの?」
「諦めた!」
でしょうね。こんな罠、効率的に解除するならば全破壊一択だ。それが許されない以上、面倒なだけだ。
「もう鎧着て歩くぞ?」
「だめだめだめ!トラップも台無しになっちゃうじゃん!」
あくまで純粋に解除なり攻略して欲しいらしい。
「はぁー……じゃあもう、防御なしで罠壊さなかったら何でも良い?」
「どういうこと?」
「分からないってことは対応法のなかった罠の方が悪いと思わん?」
「うーん……。見ないことには何とも言えないけど、その可能性も?」
「よし、じゃあ待ってろ」
そうして引き返し、初志をかなぐり捨てる。
「何かしら?」
パウラサを連れてきた。ついでにシマも付いてきた。
「この先にあるゴールを目指してくれ。それだけ」
パウラサなら行ける。こいつはズルみたいな避け方するし。
「えー……」
「奥さんになるんだろ?頑張れ」
「意味分からんにゃ」
俺も自分で言ってて分からん。
「仕方ないわねぇ。これだけよ?」
「ありがとう!見直した!」
意外と優しい奴なのかもしれない!
パウラサは予想通りというか、スイスイと進んだ。歩いても罠が発動せず、蹴り糸は避けた。それでもたまに作動するが、釘が当たっているように見えても、モコモコの毛に当たっているだけかのようにスルリと通り抜けて行った。
「なんで!?」
どう見ても胴体に当たるコースにしか見えないし、なんとも理不尽だ。
角を曲がり見えなくなった姿を見送り、しばらくするとガチャッと何もなかったはずの横の壁が開いた。
隠し扉。そりゃこんな廊下を通らなきゃいけない家なんて家として成立しないから、当然あるだろう。
「なんでこいつがいるんじゃ?」
スラっとした毛のない灰色の猫、じゃなくてデクルが出てくる。続いてパウラサも。
「あれ、知り合いのデクルなんていたの?」
「こいつを知らんデクルおらんじゃろ」
飼い主側はデクルの長を知らないだろうけど、当然デクル側は知っているわけだ。
「とりあえず達成したんだから、話には付き合ってもらうぞ」
これでやっと仕事ができる。
「もちろん、人を殺めるような罠はこの家以外には作っとらんわい」
感知アイテムに反応はない。このデクルの言っていることは事実ということになる。
実際そうなのだろう。仮に似たような罠を外に作っていたとしても、細い釘一本刺さっても人はまず死なない。最悪の部類には違いないが、ルールは侵していない。
基本的には、迷い込んだ同族を遊びで痛めつけているだけ。
感知アイテムのおかげで確認はあっさり終わる。定期調査が終わったので、本題に入る。
「……なるほどの、チョトスへの対応策じゃな。あいつには細かい罠が通用せんからのう」
「ジージは嫌いだよねー。僕はやってて楽しいけど!」
こいつらは狩人としての仕事をしている。デクル側が弾薬として釘を生成し、飼い主側が念動力のような魔法で操作する。デクル自身も操作はできるみたいだが、何かと都合が良いらしい。
「倒せず逃げなければならんこともあるのに、楽しいもクソもないわい。……やはり、長期的、恒常的な対策と言うのは思い付かんな。一時的な罠ならばそれこそ一面の五寸釘畑でも作れば、かなり数を減らせて良い感じじゃろうがな」
想像するだけで嫌な感じじゃがな。
「開けた場所での罠など元から考えないからのう。何センチでも良いから掘れるなら、それをするしかないじゃろ。地面を凸凹にして、少しでも嫌がらせするんじゃな。凹んだところに釘をセットするのがグッドじゃ」
「なるほどなー。参考にさせてもらう。また良い案思いついたら役所まで教えてくれ」
「その時は招待状を送ろう」
「じゃあいいや」
次はパウラサ駄目って言いそうだし、そしたら無理ゲーだ。




