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12-5

 アブソリュートゼロを打ち終わった翌日。

 感覚的には問題ないが、予定通り一度診てもらおうと近場の病院に来ている。

 病院というか、見た目は2階建ての診療所だ。

 しかもこの世界の医療は中世レベルなので、正直に言うと期待はしていない。


 中は俺の知る個人病院とそう変わらない。

 入るとすぐに受付があり、その奥に待合室があり、受付の横から診察室に行ける。


「結構混んでるなぁ」

「次の方どうぞー」

「あ、はい」


 受付を済ませて、待合室で待機。

 周りの話に耳を傾けてみると、この病院はいつも混んでいて1~2時間待ちもザラだという。

 今日も混んではいるが、しかしそこまで待つ雰囲気ではない。

 丁度空いてる日なのかな? と思ったがどうもそうではなく、臨時で追加のお医者さんが来ており、そのおかげで進むのが早いということらしい。


 前世ではこのような待合室にはテレビが置いてあり、ニュースか相撲を流しているのが定番だった。

 ではこの世界では?

 正解は、何もない。もうほんとに何もない。ただひたすらボーっと時間が過ぎるのを待つだけ。

 たまにはそれもいいかな……。


 30分くらいで呼ばれ、診察室へ。

 俺の担当医はメガネをかけた気の強そうな感じの美人な女医さん。


「はい、今日はどうされましたか?」

「先日仕事で手を凍らせていたので、異常がないかの確認をお願いします」

「手を凍らせる仕事……?

 まあいいわ。わたくしの指示通りに動かしてみてください」


 病院嫌いだとこういった指示にも反感を持つのかもしれないが、俺は病院に対する忌避感や嫌悪感は持ち合わせていないので、素直に指示に従う。


「うーん、問題はなさそうね。皮膚にも骨にも関節にも異常はありません。

 マメが潰れた跡はありますけど、これももう治っていますね。

 一応聞いておきますけど、ご職業は?」

「鍛冶師をやっています」

「ああ、鍛冶師。道理で」


 働き者の手です。自分で言うものではないと思うけど。


「……ああっ!!」

「えっ、なに?」


 カルテを書いていた女医さんが突然大声を出して立ち上がり、俺を指さしてきた。


「ここで会ったが100年目! ……じゃなかった。あなた、わたくしに強い銃を打ちなさい!」

「えっ!? ……っと、話が全く見えないんですけど?」

「このニーナ・レミントンに強い銃を打ちなさいと言っているのよ!」


 いつか聞いたことのある苗字……。

 しかもよく見れば見たことのある顔だし、だとすれば聞いたことのある話……。

 この人が以前アッサムさんが言っていた、強い銃を欲しがっている僧侶だ。

 しかしこんな場所でそんな大声を出されると非常に迷惑だ。

 そう困惑していると、診察室のドアを勢いよく開け、般若のような表情でおじいさんドクターが入ってきた。


「ニーナ、うるさい。ここをどこだと思っているんですか」

「す、すみません、先生……」

「患者さんすみません、後でしっかり言い付けておきますので」

「はい、お願いします」


 満面の笑顔で頷いておいた。

 さて、あれだけ酷使したのに手には何の問題もなかったので、俺はさっさと帰る。


「あーあ、ついに出会っちまったか」

「なんだミカも知ってる人物なのか?」

「知ってるっていうか、お尋ね者に近い扱いだね。

 レミントン家は東大陸にあるジュフド公国の貴族で、医者の家系らしいんだ。

 そのレミントン家から、出奔しゅっぽんした娘を発見次第連れ戻してほしいっていう依頼が冒険者協会に来てるの」

「なんでそんなのが俺を知ってるんだ?」

「さあ? そこまでは知らない。……わたしじゃないからね」

「怪しい~。ミカは前科があるからなぁ?」

「違うって!」


 それは冗談として、あの女医さんが実家から指名手配されているのは確定。

 ついでに医者の家系ならば、あの病院にいたのも納得が出来る。


 そんなことは置いといて、工房に入り残りの研ぎ作業をしつつ、事前に仕込んでおいたミスリルインゴットを窯から取り出す。

 熱を遮断するミスリルだが、長時間熱することで根負けして、鉄と同じ感覚で打てるようになるのだ。

 さてこれから打つミスリルだが、包丁のつかを左右から挟み込む形に作る。

 つまり刃側のつかと溝をピタリ合わせるという職人芸が必要になる。

 幸いミスリルの打ち心地は素直な部類だ。

 なので今の俺ならば、難しくはあるが十分可能だ。


「よし、それじゃあやるか」


 今回は事前にインゴットにしてあるので、良き場所にノミを入れて四分割してから打ち始める。

 何度か打っていると、ミスリル側から形を変えていくという今までにない感覚がやってきた。


「なんだお前、行く先は包丁の部品だぞ?」


 もちろん答えは返ってこないが……自分にしか出来ない仕事だと分かっている?

 そんなイメージが湧いてきた。


「……そういうことか。お前も長いもんな」


 ミスリルと言えば、オリハルコンと並んで古くから知られるファンタジー金属の代表格であり、つまりはこいつも職人プロなのだ。

 自分にどのような仕事を求められているのか、把握しているのだ。

 そう理解すると、ミスリル側からここを打てと言ってくるようになった。もちろん俺の想像の中で。

 だが実際にそれが正解なのだから、恐れ入る。


 左右それぞれ2組作り終えたのはその2日後。

 ここまで来ればあとは木材の選定と削り出しなので、俺も気が楽だ。


「兄様、お客さんが来ました」

「今ここでオーダーはやめてほしいな」


 一気に走り切りたかったのに、そこに水を差されたような気分だ。

 ため息をつき気持ちを切り替え、ごく普通に接客をする。


「いらっしゃいませ。オーダーですか?」

「ふふっ、わたくしのこと、忘れたとは言わせないわよ」

「忘れました」

「即答ね……ならば思い出して差し上げるわ。わたくしは【ニーナ・レミントン】。先日あなたの手を診た医者よ」


 あ~はいはい。メガネも白衣もないからマジで分からなかった。

 と同時に、せっかくのタイミングを邪魔された挙句あの時の面倒をまた起こされるのかと思うと、あの時の怒りが再燃してきた。


「あ、そうよね。あの時はごめんなさい。

 わたくし自身、あれはさすがに無礼が過ぎたと反省したわ」


 随分素直に謝ってきた。

 あるいはもう一人のおじいちゃん先生にこってり絞られたのかな?


「謝罪は受け入れます。けどオーダーを受けるかどうかはまた別です」

「そう、オーダーだけど、銃を作ってもらいたいの。とびきり強い銃をね」

「うちでは銃の取り扱いはしていませんので、他をあたってください」

「いけずね。少しくらい話を聞いてくれたっていいじゃない!」


 だって絶対に面倒ごとなんだもん。


「まあいいわ、勝手に喋るから。

 我がレミントン家は代々医者の家系なのだけど、300年ほど前から病院経営メインになって、医者としての責務を果たさなくなったのよ」

「……ん? 300年前?」

「言っておくけれどグラモート真教とは無関係よ。この国で300年前の話をすると必ず疑われるのよね。嫌になっちゃうわ」


 関係していたら即刻お帰り願うところだった。


「そんな医者としての本分を忘れた我が家が嫌になって、わたくしは家を出たの。

 わたくしが診る患者はダンジョンの中にいて、命を懸けて戦う冒険者たち。ならばわたくしも相応の実力を持つ冒険者でなければならない。だから僧侶になったの」


 なるほど、こころざしは立派なものだ。


「王都に来たのは、最近知り合った僧侶仲間から腕の立つ鍛冶師がいるって聞いたからよ。だけど冒険者協会に聞いてもお店の名前も場所も教えてくれないんだもの、まったく腹が立つわ!」

「最近知り合った僧侶……その人もしかして、赤い感じの人?」

「そうね。赤い感じの人。それで背中にドラゴンの刺繍があって、鉄の棒にしか見えないメイスを振り回していたわ」


 あーいーつーかー!!


「ったく、トラブルがトラブルを呼んできやがって……」

「トラブル……そうね、自覚がないわけではないわ。昔からお転婆だとかじゃじゃ馬だとかトラブルメーカーだとか言われてきましたから。

 それで話を戻すけれど、僧侶になったはいいけれど、神官様に見てもらったら戦闘スキルが弓のサブスキルの射撃しかなかったの。

 そこで思い出したのよ、以前お父様が買ってきた銃という武器の存在を。

 ね? わたくしに銃を作りたくなったでしょう?」

「ぜんぜん。なので他をあたってください」


 揺るがない俺に、彼女は大きくため息をつき白旗を上げた。


「まったくもって取り合う気なしね。

 分かったわ。出直してきます。だけどわたくしは本気よ。それだけは忘れないで」


 そう言い、ニーナ・レミントンは喋るだけ喋って店を出て行った。


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