1-8
俺が15歳になったある日の晩御飯。
「ハルトも成人したんだし、そろそろ村を出ることを考えたらどうだい?」
「なんだよ唐突に」
「お前の才能をこのまま腐らせるべきじゃないと思ってな」
「魔剣を打てる鍛冶師のいる村って村興ししてもいいんじゃないか?
……冗談だよ」
すごい形相で睨まれた。
ダズ兄さんは15歳で村を出た。ならば俺も15歳で村を出てもおかしくない。
しかし両親の考えは、ただこれだけではない。
王都に出て、俺に大物になってもらいたいのだ。
そしてそれだけの能力があると確信している。
ならば。しかし。
「兄様?」
手の止まった俺を、リタが心配そうな顔で覗いてくる。
俺が欲しいのは、一歩を踏み出すための切っ掛けだ。
しかし保守的でインドア派な俺は、自分でその切っ掛けを作り出すのが苦手なのだ。
「すぐには答えられないよ」
だからその日は先送りにしてしまった。
それから数日。
鍛冶場で火の管理をしていると、ゾーリン父さんと他の村人たちが血相を変えて飛んできて、そこいらに転がっている武器を片っ端から手に取り飛び出していく。
「なんだ?」
「魔物の大群だ! ハルトも剣を持て!」
「待て待て、俺は今まで一度も!」
「そんなこと言ってられないんだよ!」
猫の手も借りたいということか?
とにかく俺も少しでも戦力になるため、適当な剣を……ないな。
急きょ錬金鍛冶でショートソードを一本作り、それを手に戦場へと向かう。
とはいえ俺に最前線に立てるような実力はないので、ゾーリン父さんのいる後方集団に合流した。
「魔物は?」
「正面から来る。300を超える大所帯だそうだ」
「そんなにいるのかよ。勝ち目は?」
「大丈夫だとは思う。ヒルダはマジで強いからな。だが万が一があるのが戦いだ」
ヒルダ母さんが実際に戦っている場面を見たことがない。
そもそも鍛冶場に入るようになってからは、それ以外がかなり疎かになっており、リタの実力も知らない状態だ。
だから300体の魔物を退けられると言われても、その実感が全く湧かないのだ。
「……来たぞ」
地鳴りのような足音と共に、魔物の群れが姿を現した。
狼型、虫型、鳥型に猪型も見える。
そしてもうひとつ、そんな魔物の集団を待ち構える茶色と黒の二つの影も。
「あれはヒルダ母さんと……リタか?」
次の瞬間から、魔物たちは次々に切り伏せられていく。
まるでそこに刃の付いた壁でもあるかのように、一振りで何体もの魔物が倒されるのだ。
それを皮切りに魔法の使える村人からの攻撃も始まり、魔物は現れたそばから倒されていく。
「あ~、こりゃオレたちの出番はないな」
「強い……でいいのか?」
「そうだな。ヒルダも強いが、それに輪をかけてリタが強い。
ハルト、あの剣を鑑定してみろ」
「分かった」
距離はあるが【鑑定術】は問題なく発動。
剣の名前が【祝福の剣】になっているのは見なかったことにして、攻撃力を見てみると280になっている。
俺がプレゼントした時は200だったが、3年で80も成長したということだ。
「なるほどな。リタもはっきり言ってめっちゃ強いけど、剣も自主規制枠いっぱいの強さだからこそ、ここまで余裕があるのか」
「攻撃力に自主規制なんてあるのか?」
「ああ。一般販売される武器は攻撃力280までと国で決められてるんだ。
といっても、あくまでも販売時の自主規制だ。この意味分かるよな?」
「当然だよ」
つまり販売後に鍛え直せばその規制は関係ない。
前世でも自動車の馬力に自主規制枠があり、丁度それが280馬力だった。
とはいえあくまでもカタログスペックなので、実際に計測すると300馬力を超えるというのも良くある話。
最終的には技術が進歩しすぎて280馬力に抑え込むことが難しくなったため、自主規制枠が解除されたと聞いた。
今は関係のない話だが。
そんな与太話を思い出していると、魔物集団の後方にひと際大きい奴が現れた。
見上げるほど大きく、恐竜のように横に長い二足歩行の、緑色のトカゲだ。
「あいつが親玉だな。アンダールバジリスクの亜種だ」
「あんだーるってなんだ?」
「この国の名前だよ。そんなことも知らないのか」
「悪かったな。親から何も教わってないんだよ」
「うっ、そりゃ悪かった……」
親に仕返し。
アンダールバジリスクは勢いのままに防衛線を突破しようと突撃!
しかしこれをリタがたった一人で止めた!
元々防御力が高いアースドラゴン系に、防御力強化24のネックレスもあるからだろうか?
そしてヒルダ母さんが止まったアンダールバジリスク目がけて飛びあがり、その脳天に剣を突き刺す。
アンダールバジリスクは悲鳴を上げた後、力なくドスンと横たわり、息を止めた。
「本当に俺たちの出番がなかった」
「昔は魔物の襲撃も珍しくなかったんだ。
だけどヒルダが村に住み着いて魔物を間引いてくれるようになってからは、ずっと起こってなかった。
今回の襲撃はたぶん、腹を空かせたアンダールバジリスクから逃げようとした魔物が引き金になったスタンピードだろう」
「もしかして俺とかリタを妊娠してる間もヒルダ母さんは狩りに出てたのか?」
「いやいや、さすがに止めたよ。
それに今見たように、村の中にも戦える人は多いからな」
「なら安心した」
アンダールバジリスクの撃破を見届けて、解体要員を除いて解散。
ヒルダ母さんとリタも無事に戻ってきた。
「お疲れさん! 結構余裕があったな」
「リタがいたからマジで楽だったよ。
ハルトもだけど、リタもこの村で終わらせるには惜しい人材だよ」
「その話はあとで。それよりも怪我は?」
「あたしは擦り傷程度だね。リタは?」
「兄様の剣とネックレスのおかげで無傷です」
正直なところ、アンダールバジリスクを一人で止めた時は肝が冷えた。
だが今もピンピンしているので、本当に全くの無傷なのだろう。
そんなリタが真剣な表情で俺を見てきたものだから、何事かと構えてしまう。
「決めました。私は15歳になったら、王都に出ます。
だからその時、兄様も一緒に行きましょう」
「本気……だよな」
「はい。本気です」
リタはおそらく俺の悩みに気付いていた。だからこそこのタイミングで俺に一歩を踏み出すための切っ掛けを与えようとしたのだろう。
「まったく……。
可愛い妹にお願いされちゃ、兄としては首を横に振るわけにはいかないな」
「はい!」
俺の笑顔に、尻尾をブンブン振り始めるリタ。
こうして俺は、リタが15歳を迎えた後に王都に上京することを決めた。
まさかあんな奇跡の出会いが待ち受けているとは知らずに。