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本日はヒルダ母さんの細工教室。
危険のないものなので、リタも一緒だ。
「細工って一口に言っても色々あるんだけど、今日はエンチャントも含めた、戦闘に使える能力強化系のアクセサリーを作るよ」
「1日で作れるものなの?」
「あたしは1日3個目安で作ってるね。1個は失敗するんだけど」
「お母さん、それで収入を細くしているんじゃ……」
「言わんでおくれ……」
リタのツッコミに顔を逸らすヒルダ母さん。
月に一度来る行商人に、販売する物のほかに謎の箱も渡しているが、あの箱の正体が分かった気がする。
「気を取り直して。
アクセサリーには指輪に腕輪、ネックレスにイヤリング、リボンに髪留めなどなどの様々なものがある。
んで、例えばネックレスは毒や眠りを防ぐものが多くて、指輪は属性耐性が付くものが多いっていう傾向がある」
「理由はあるの?」
「素材と効果を需要と利益の天秤にかけた結果だよ。
毒耐性なんかは日常的にも使えるから、壊れてもすぐに買い足せるように素材の安いネックレスを使う。
逆に属性耐性なんてのは滅多に使うものじゃないから、耐久性の高い指輪を素材にして、ひとつ売れるだけで十分な利益が出るようにする」
「特定のアクセサリーじゃないと効果が出ないってわけじゃないのか」
「そういうこと。
だからもしハルトが王都に出て鍛冶屋を目指すのであれば、細工とエンチャントは覚えて損はない」
俺もそろそろ将来を考える時期に来ている。
両親はどうやら俺をこの村だけで終わらせたくないようなのだが、今のところ俺はそこまで考えていない。
だからこそ、発破をかけるという意味での連日の技術勉強なのかもしれない。
「今日は一番簡単なネックレスを作るよ。あたしもこれなら10個に1個しか失敗しないからね」
十分すぎる失敗率だと思うのだが。
「まずは魔物から取れる魔石を加工する。といっても形を整える程度だけどね。
この箱の中から好きなのを持っていきな」
ティッシュ箱サイズの箱の中に、小指の爪ほどの小ささで、色や濃淡に透明度もバラバラの石が大量に入っている。
形は大半が六角形で、丸や四角もある。
これは魔石が魔物の中で凝縮された魔力の結晶だからだ。
なので大型の魔物からは大きな魔石が、小型の魔物からは小さな魔石が取れる。
また魔物の種類や強さで色なども変わってくる。
「せっかくだから俺はこの赤い魔石を選ぶぜ」
「私は……この紺色の魔石を」
このネタにツッコミをくれる人はこの世界にはいない。
魔石の加工には魔力回復系ポーションを使う。
このポーションに数分浸けるとナイフでも切れるほどに魔石が軟らかくなるので、薄く削ぎ落とすようにして加工をする。
用意が出来たのでナイフを入れると、とてもよく知る感触が手に伝わってきた。
この感触は、二つの部材を練り混ぜて使うタイプのパテにそっくりだ。
そうとなれば俺の独壇場。
長年培った加工技術を惜しげもなく使い、小さな魔石をこれでもかと削っていく。
「に、兄様……?」
「なるほどね~、ゾーリンの言ってたこともあながち外れちゃいないみたいだ」
「お母さん、何か知っているの?」
「いんや、知らない知らない。
んでそっちは……あんたは不器用にもほどがあるね。もう修正は不可能だ」
「昔から細かい作業は苦手で……」
そんな二人の会話をラジオにしつつ、魔石の加工を完了させた。
魔石の形が上下不均等だったので、いっそ大胆に涙型にカットしてみた
サイズは小さいが、出来には満足だ。
「次はネックレスにするための金具を取り付けるんだが……ハルト、錬金鍛冶は覚えてるね? あれで金具を作ってみな」
「そういうのって一朝一夕では出来ないものなんじゃないの?」
「いきなりあんだけのショートソードを作った奴が何か言ってるよ」
「……分かったよ」
このサイズの石ならば、周囲を金具で囲ってはめるタイプがいいか。
チェーンを通すリングは正面からは目立たないように……いや、あえて涙の上にリングを配置してみよう。
チェーンはあり物で十分だろう。
「イメージは固まったけど、錬金板は?」
「ゾーリンが錬金板は魔導書と同じだって言ってたろ。つまり無くても錬金術は使える」
「だったらその方法を教えてほしいんだけど?」
「石板の形状と掘られていた紋様。あれを魔力で形作れば行ける。
実は魔法も同じ方法が使えてね、それをマスターすれば無詠唱で魔法が使える。めっちゃムズいけどな!」
紋様自体はとても簡単だったな。
六角形の石板に、四角・円・三角・逆三角。
その紋様を頭でイメージすると、またもや例の3Dモデリングツールが現れた。
複雑な心境ではあるが、今は話を進めるために出力を選択。
ちなみに保存も可能なのだが、もしや同一の武器を量産も出来るのだろうか?
そんな事を考えているうちに金具が完成したので、魔石をはめて固定し、穴にチェーンを通して完成。
「ほっほ~ぅ。単純な装飾品としても上等な出来だね。
んじゃ、次はエンチャントだ。
エンチャントには付与のスキルが必要になるんだが、これは鍛冶や細工のスキルがあれば大抵持ってるものだから、ハルトも間違いなく持ってるぞ」
「つまりそれを証明して見せろと?」
「そういうこと」
これもまた親バカの一種なのだろうか。
期待をかけてくれることに悪い気はしないが、上振れが切れた時にどうなるやら。
そう呆れながら横を見れば、尻尾をブンブン振るリタがいる。
「お前もか……」
「兄様なら行けますって!」
「期待が重いなぁ~」
苦笑いしていると、ヒルダ母さんが将棋盤のような木製の台を持ってきた。
台の四隅には小さなクリスタルが立ててあり、中央には六芒星をメインにした複雑な魔法陣が描かれている。
さすがにこの魔法陣を見て真似るのは無理だ。
「これは装飾品用のエンチャント台で、この中央にエンチャントしたいものを置いて使う。
エンチャントにはこういう専用の台と、エンチャントスキルと、内容に応じた魔力が必要になる。
エンチャントの内容はスキルレベルに依存してるから、ハルトのスキルレベルもおおよそ推測が出来るってわけさ。
それからエンチャントは合成することも可能なんだけど、合成のスキルを持ってる奴なんてあたしでも見たことがないから、さすがに期待はしてないよ」
「内容って自分で選べるの?」
「選べなかったら困るだろ。高価な装備にエンチャントしたらどうしようもない内容でしただなんて、笑い話にもならない」
「まあ、そうなんだけど」
前世でゲーム中の専務が頭を抱えていたのをまた思い出す。
エンチャント台の中央に、今作った赤い魔石のネックレスを置く。
こういった物は目的別に能力があるべきなので、今回は”いのちだいじに”精神で防御力強化のエンチャントを付与させてみる。
あとは付与する内容をどう決めて、どう発動させるかだが……どうせこの世界のことだ、イメージでどうにかなる。
ということでエンチャント台に手をかざしながら、魔法のシールドが全身を覆うイメージを思い浮かべる。
すると台に刻まれている魔法陣が怪しく輝き、その輝きがネックレスに吸い込まれた。
「へぇ~、まさかエンチャントすらも一発で成功するとはね。
ついでだ、目利きスキルの【鑑定術】も試してみな。鑑定したいものに注視して、より詳しく知りたいと思えばいい」
「念のため聞いておくけど、人間相手にも使える?」
「ああ、剣でも人でも魔物でも使えるよ。
ただ他人を勝手に鑑定すると怒られるし、プライベートな部分は表示されない。
それにスキルレベルや相手の強さ次第でも制限がかかるからね」
さすがに何でもかんでも見えたら悪用し放題だから、そこは仕方がない。
早速ネックレスを注視して。イメージ的に右クリックから詳細を選択すると、錬金の時と同じSFな画面が目の前に出てきた。
その画面を横から覗き見るヒルダ母さん。
「名前は赤いネックレスで、性能は魔法防御力があるね。
エンチャントは……これは良くないね。悪いけど没収だ」
「没収って、防御力強化24ってあるから成功じゃないの?」
頭を抱えて首を振るヒルダ母さん。
「問題は後ろの24って数字だよ。
普通、能力強化系エンチャントはレベル5までしか付かない。なのにこいつは24なんてありえない数字が付いてしまってる。
考えられる可能性はふたつあってね、ひとつはこれが偽物の数字の可能性だ。
偽物の数字ならば、それはハルトの【鑑定術】が失敗したことを意味する。
もうひとつの可能性は、この数字が本物だった場合。
普通じゃない数字でエンチャントされている武具ってのは少なからず存在してる。
だけどそのほとんどが使用者に対価を要求するような代物なんだ」
「呪いの装備ってことか」
「そんな感じだね。
……だけど、本当にごくごく少数だが、そうじゃない武具もある。
そういうとんでもない性能を有している武具、特に剣のことを、あたしらはこう呼んでいる」
一等真剣なヒルダ母さんの表情に、思わずゴクリと固唾を飲む。
「【魔剣】」
……まさか。