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8-3

 時を戻し、グレンさんとの商談が終わった翌日。

 この日からしばらく、俺は魔剣を打つために工房に籠る。

 魔剣の名は【グラシオン】。

 真名は別にあり、そして俺の設定では女性である。

 だけどこの魔剣には、闇に潜み闇の中で真実を照らすという役目がある。


「つまり君はスパイだ」


 そして魔剣らしく、見た目も禍々しい感じにしたい。

 そのためにはまずは色だ。大抵の人は魔剣と言えば黒や紫、赤だろう。

 この3色の素材をうまく使い、禍々しい剣を作っていく。


 まずは剣のメインを張る黒い素材。

 素材屋さんに聞いてみると、とてもいい素材を紹介してもらえた。

 その名も【悪魔の血】という鉱石だ。

 当然本物の血ではなく、まるで黒ずんだ血のような色をしているのでこの名がついている。そして実際に見れば、光沢も相まって固まって黒ずんだ血にしか見えない。

 なお性能は鋼とほぼ同じ。


 次の色である紫は刃の部分に使う。

 紫と言えばアメジストだがさすがに刃には使えないので、今回は先日二人が持ち帰った赤いサラマンドライトと、バンシーストーンという青い鉱石を鉄に混ぜる。

 赤+青=紫という単純計算で試してみたら綺麗な紫になったのだ。

 ただ火と水は相反する属性なので、相殺してただの紫の鉄になったのには笑ってしまった。


 最後に赤。

 これも先日二人が取ってきたレッドクリスタルを使う。

 魔光にして剣全体に血管が這っているかのようなデザインにするつもりだ。


「さあ始めるぞ」


 まずは錬金鍛冶を使い、悪魔の血と紫鉄で合板を作る。

 後から刃を焼き付ける文字通り付け焼刃な方法もあるのだが、それだと魔剣と呼べるほどの性能が出ない可能性もあるので、今回は合板にした。

 それにこの魔剣は生物的な見た目の刃にするので、合板でないと難易度が高くなってしまうのだ。


「黒紫黒のサンドイッチ完成。

 そういえば君、焼き入れて色変わらないだろうな?」


 もちろん答えは返ってこないが、大丈夫と言っている気がする。

 それでさらに禍々しくなるのならば、十分にアリだが。


 合板を窯に入れて熱する。

 今回の素材は全体的に高温を要求してくるので、魔力窯の出力も高めだ。

 おかげで工房内が熱いのなんの。


 合板が真っ赤になったので、金床に固定して打ち始める。

 今回はゾーリンのハンマーではなく俺が作ったドラゴンの骨粉入りハンマーを使う。攻撃力が上がり過ぎないようにするためだ。


 カンッ!

 打ち心地は俺にとって丁度いい。

 カンッ!

 君、意外と硬いな。

 カンッ!

 よしよし、紫の部分が出てきた。


 俺謹製のハンマーは当然俺の手に馴染むように作ってあるので、打ち心地抜群。

 さすがにゾーリンのハンマーには及ばないけど、それでもいい攻撃力が出そうだ。

 合板のほうは、俺の想像よりも硬い。

 しかしデザイン性の高い剣にするならば、軟らかいよりも多少硬い方が扱いやすいので問題なし。


 窯に入れて再加熱する間に、事前に考えていたデザイン案を確認。

 今回は両手剣なのでデザインに幅が持たせられて助かる。

 それに意外と硬い素材だったから、初期案よりもさらに尖ったデザインにしても大丈夫だろう。

 そうして少しずつブラッシュアップし、完成に近づけていく。


「人がこれだけ苦労して生み出そうとしてるんだから、しっかり活躍してくれよ」


 そんな声を掛けながら、汗にまみれたタオルを絞る日々が続いた。




 完成したのは、叩き始めてから13日後。

 魔剣グラシオンは片刃の大剣で、刃は緩いS字で先端に行くほど細く尖っている。

 そして刀身には刃と背に円形の大きな切り欠きがあり、刃の切り欠きは内部もしっかり打って刃を出してある。

 そして背には釣り針の返しのような尖り付き。

 この尖りもかなり鋭いので、刺して引き抜く際にダメージが増える。

 そんな刀身全体には血管を模したわずかな盛り上がりが絡みついており、この盛り上がりを辿れば源流はポンメルまで続いている。そしてたどり着いた先には悪魔の手に握られた心臓のような赤い魔石があるのだ。


「これで魔石に魔力を送れば……おおっ! 魔光が脈動してるねぇ!」


 魔石に送られた魔力は全て魔光用になるのだが、この魔力量を制限して一度で魔力を消費しきることで、まるでドクドクと脈動しているかのように光を発することが可能なのだ。


 次につば。ここには悪魔の頭蓋骨を模した彫刻を配置。

 前世で時々ビジュアル系パンクロックバンドがこういう彫刻を発注しに来ていたのだが、その時の経験がファンタジー世界で役に立ってしまった。

 ちなみに資料元はヒツジさん。

 つかはシンプルに血管が巻いているイメージで、意外と持ちやすい。

 そして血管がポンメルにある心臓へと繋がっているのだ。


 最後にさやだが、これは刃の全てと背の尖りまでを覆いつつ、中央の血管部分は見せるデザインにした。

 さやだけ見るとJのようなデザインだ。


「よーしよーし、厨二病全開で格好いいぞ。あとはエンチャントだけど、君は何が欲しい? 力か? 力が欲しいのか? 卑しいやつめ~!」


 当然答えが返ってくることは無いのだが、疲れが限界突破してハイになっている俺には関係ない。

 だが……ふむふむ。闇属性が欲しいか。よかろう!

 エンチャント台に置き、まずは闇属性を付与。

 それから……おっ、これいいな。魔力オーラ。過剰供給された魔力を武器属性に合ったオーラとして放出することで武器へのダメージを減らし寿命を延ばす。つまり見た目が格好良くなる!


 その後もいくつかのエンチャントを付与して、完成だ。


「おーいミカさんやーい」

「はーいなんですかーい。おおっ!? めっちゃヤバそうな代物がある!」

「出来たぞー。その名も【魔剣グラシオン】だ! 持って魔力流してみ?」

「呪われたり精神を乗っ取られたりしない?」

「しねーよ。誰が打ったと思ってんだ」

「あはは、だよねー。それじゃあ拝借しまして、からの……うーわっ! キモッ!」

「ハッハッハッ! 君にとっては最高の評価だな!」


 脈動する刀身と黒いオーラにめちゃめちゃ嫌そうな顔をするミカ。


「よしよし、これならばどこに出しても恥ずかしくないぞ」

「ねえ、外で試しに素振りしたい」

「んじゃ裏でやれ。表でやって見られたらまずい」

「はーい」


 工房の裏口から出て、早速素振り。

 見た目はかなり大きく、全長で俺の身長くらいはある。

 そんな大剣を両手で握り、しっかり振り下ろすミカ。


「さすがに遠心力が大きいけど、見た目の割には軽い。穴があったりするから?」

「だろうな。おかげで買ってた青い素材がめっちゃ余った」

「じゃあその素材使ってお店で出品する剣が打てるね」

「ああ、そのつもりだ」


 そう話しているとリタも来た。


「……なんですか? あの禍々しい物体は」

「ハッハッハッ! お前もそういうリアクションをしてくれるか。こりゃ成功間違いなしだな!」

「リタも素振りしてみー?」

「では失礼して」


 さて次はリタの挑戦だ。どんな感想が返ってくるかな?

 リタはミカよりも楽に魔剣を振っているように見える。さすがはドラゴニュートと言ったところか。

 しかし尻尾の振りが弱いので、気に入りはしていない様子。


「ご感想は?」

「この見た目にしては振りやすいですね。ただギミックが子供騙しというか、安っぽさがありますね。やるならばもっと赤い液体が垂れてくるといったような」

「いやいや、さすがにそれは無理だっての。こいつだって嫌がるし」

「……兄様はたまにそういう、剣の声を聞いていますよね」

「本当に聞こえてるわけじゃないぞ。ただなんとなくそう思うだけだし」

「それにしては的確なんだよ」「「ね~?」」


 仲良し姉妹め、声を合わせやがった。


「それで、この剣の性能はどうなんですか?」

「こんな感じだよ」


 鑑定画面を出して二人にも見せる。

 名前は【魔剣】グラシオン。

 攻撃力500、防御力100、魔法攻撃力300、魔法防御力100。

 エンチャントは闇属性、攻撃強化10、魔法強化10、耐久性向上、自動修復。

 魔力オーラは見た目だけなので、エンチャント欄には出ない。


「名前の前に強調して魔剣って書いてあるのが本物の魔剣ってこと?」

「だと思うけど確信がないんだよ。女神様に聞いてみたら分かるかな?」

「うーん、ちょっと待って」


 ミカが目を閉じて10秒ほど。


「……うん、そうみたい」

「まさか今聞いたのか? っていうかそんなに簡単に聞けるものなのか?」

「わたしは聞けるっぽい。時々夢に出てきて世間話もしてるからね」

「「羨ましい」」


 今生の兄妹で声が揃った。


「あはは。あっ、そうだ。お兄の卵焼きが食べたいって言ってたよ」

「私も食べたいです」

「わたしもー!」

「全くしょうがないな。それじゃあ昼飯にするか」

「「やったー!」」


 喜ぶ妹たちの声の中に、もう一人も混ざっているような気がする兄だった。


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