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「ちょっと胸が苦しい」
「見栄を張らなくてもいいぞ」
「お兄でも言っていいことと悪いことがある!」
「ごめんごめん。他は?」
「ちょっと脇が甘いかな」
「文字通りか?」
「うん、文字通り」
現在はミカの新しい鎧のために試着しつつ採寸中。
やはり実際に着てもらわないと分からない箇所が多い。
「ねえこのデザインで決定なの?」
「いや、これはあくまでも寸法を測っているだけだ。本番は別のデザインだよ」
「そっか、良かった。
さすがにこんな味気ないデザインにされちゃったら、わたしもがっかりだったよ」
「ちなみにこれはお前が最初に提示したデザインな」
「うっ……センスが欲しい……」
ミカにあるのは戦闘のセンスで、デザインセンスは欠片もない。
とはいえ俺も戦闘のセンスは欠片もないからお互い様。
「上半身はこんなものかな」
「うん、これなら大きく動いても干渉しないし跳んでも大丈夫」
「じゃあ次は足に行くか。
っていうかよ、マジで腰回りのインナー隠さなくていいのか? スカートが嫌いなのは仕方がないけど、せめてズボン履くとかさ」
「な~に~? もしかして~、妹のボディラインに興奮しちゃうわけ~? わ~エッチなんだ~」
「よしハンマーで殴られるかノミで殴られるか選ばせてやる」
「じょ、冗談だって!」
肌色過多の冒険者もたまに見るので、それと比べればマシではある。
しかし現状では下半身のボディラインを一切隠さない仕様なので、兄としては到底看過できないのだ。
「でもさ、わたしにとって動きやすさは死活問題で、ズボン履いてそれで動きが鈍るとマジで命にかかわるの。
お兄の心配も分かってるよ。だけどわたしの言い分もちゃんと理解してよね?」
頬を膨らませて、そう指摘された。
こういう時のミカは嘘をつかない。ならば折れるのは俺の方だ。
「分かったよ。しっかりとした理由があるなら文句は言わない。
だけど兄として視覚的な安心感が必要なのも分かってくれ」
「……動きを阻害しないんだったら妥協してあげる」
それでもまだ不満のある声色だ。
「んでブーツとグリーブだけど、どうだ?」
「うん、このままでいい感じだよ。足は関節の動きが邪魔されなければあんまり気にしないから。ただなるべく軽く作ってね」
「そこは任せろ。うーん、これでいいなら太もも辺りまであっても大丈夫か?
だったら……いや、一旦見せたほうが早いな」
俺一人で悩むのでは最適解には至らない。
なので錬金鍛冶の画面を開いて用意しておいたデザイン案の一つを見せる。
「まだ草案だけど、こういうデザインを考えてる」
「おっ。……へぇ~、部分的にしっかり守る感じだね。
腰回りはこういう感じかぁ。もうちょっと丈を短くしてくれるならいいかな」
「これ以上だと守る範囲が狭すぎだ。ただでさえ動き重視で必要最低限なんだぞ」
「当たらなければどうということはない。わたしの戦い方ってそういうものだから」
「だからって……まあいいや、堂々巡りになって折れるのはどうせ俺だ。
他のデザインで気になる場所とか修正箇所はあるか? 首とか背中とかの見えない部分もしっかりチェックしてくれよ」
「背中かぁ……あ~そういうこと? わたしの綺麗なヒップラインに目が行っちゃったんだ。んも~エッチなんだから~」
「よしお前炉に入れ」
「冗談! 冗談だから!」
全くこの妹は。
「これ以上人をおちょくる言動をするのならば、俺は降りる」
「ごめんって。怒らないで? ねっ? 可愛い妹の頼みだよ? ってすんごい冷めた目してるぅ~!」
ひと睨みしてから大きくため息をついて、話を戻す。
「んで? デザイン面で変えてほしい箇所や要望はあるか?」
「もっとSF感を!」
「……お前、そもそも何を指してSFって定義してる?
SFって一口に言っても、サイエンスフィクションだったりスペースファンタジーだったり、中には『少しフューチャー』なんて言う奴もいるジャンルなんだぞ?」
「むむむ~……。
前も言ったけど、わたしはスタ―ライトナイツオンラインのあの格好良さが好きなんだよね。だから近未来ってのが一番近いのかな。
それと『りったい堂』のお兄の机に格好いい少女のフィギュアがあったでしょ。あれがどうしても忘れられないんだよね」
「格好いい……銀髪に黒い装備のメカ少女か?」
「そう! それ!」
俺が技術プレゼン用に作った最後のフィギュアだ。
銀髪碧眼に漆黒の装備を纏い刀を振り回す、抜刀メカ少女。
それまではさわやか系を作っていた中で、自分の殻を破ろうとして作ったゴリゴリのSFメカ少女だ。
そうか、あれのせいで妹は変な癖に開眼してしまったのか……。
「さすがにあそこまでは無理だ。俺が許せない。だからミカの希望全てに沿うことは出来ない。
だけど言いたいことは分かった。世界観を崩さない程度には意を酌むよ」
「うん、オッケー。それじゃああとはお兄に任せるね。我がままに付き合ってくれてありがとっ」
「妹の頼みだからな。よーしそれじゃあ俺はまたしばらく工房に籠るよ」
「体壊さない程度でお願いね。特にリタが怒るから」
「リタは俺の頑丈さを知らないからな」
「そうじゃなくて、料理できる人がいなくなるの」
「……兄は今、心から妹二人に落胆した」
「えへへー。じゃっ!」
持ち前の素早さで逃げやがった。
これじゃあ二人だけで長いダンジョン攻略なんかに行かせたら、何食って過ごすか分かったもんじゃないな。
しかしこれで鎧の採寸とデザインの大筋は決まった。
あとは完璧なものを作り上げるのみだ。
鎧を作る行程は、武器とは違い錬金鍛冶を多用する。
鍛造と鋳造で言えば、打ち鍛冶は鍛造そのものなのに対し、錬金鍛冶は鋳造に近いと言える。
閑話休題。
鍛造は熱した鉄を変形させて作るのでコストが高い分強度に優れる。
強度が必要なもの、例えば車のギアやジェットエンジン、スパナなどの工具や包丁が鍛造で作られている。
一方の鋳造は溶けた鉄を型に流し込んで作るので、コストは安いが強度はそれなりになる。
身近にある大量生産の鉄製品は大抵こちら。
これを木で例えると、一枚板なのが鍛造で、ウッドチップを固めたのが鋳造という感じ。
話を戻す。
今回の工程は、錬金鍛冶で大まかな形状を出力し、細かい部分を打ち鍛冶で仕上げていく。
何故一気に錬金鍛冶で出力しないのかというと、前出の通り錬金鍛冶だけでは性能に限界があるからだ。
たとえば同じレベルで同じ剣を作った場合、錬金鍛冶と打ち鍛冶では2倍以上の差が出ることもある。そして兄としてそれを妹に装備させることは看過できない。
しかし錬金鍛冶を使わず打ち鍛冶だけでこのデザインを仕上げようとすると、おそらく1か月以上の大仕事になってしまう。
なので今回は錬金鍛冶と打ち鍛冶を両方使って、時間短縮しつつ性能も確保しようという魂胆なのだ。
「まずは一番大変な胸部から作るか」
錬金鍛冶の画面を開き、先ほど出した草案をさらに煮詰めていく。
一番頭を悩ませるのは、ファンタジー世界に近未来SFをどう混ぜ込むか。
刀の鞘は正直やり過ぎたと感じているので、もう少し穏やかな方向で行きたい。
となると、鎧自体はファンタジー世界に存在しても不思議ではないデザインで、そこに近未来要素をプラスする方向で行くか。
「まったく、悩む注文をしてくれたもんだ」
それからは毎日朝から晩まで、時々徹夜で鉄を打ち続けた。
途中で内心ありがたい計画変更もあり、結局完成まで半月以上かかってしまうのだった。




