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妹二人を送り出したあと、俺はアッサムさんから聞いた宝石商に会いに行くことにした。
きっと二人は山のように魔石を持って帰ってくる。
ならば先にコネを作っておき、今後の取引が円滑になるようにするべきだ。
宝石商の【クレイブ】さんがいるのはシンシアナ地区。
シンシアナ地区は貴族が多く住んでおり、そのため高級な物品を扱うお店も多いらしい。
そんな場所で宝石商をしているのだから、一筋縄ではいかないのは織り込み済み。
ちゃんと用意をしてある。
シンシアナ地区へは王国兵の守る門をくぐる必要がある。さすがは貴族街。
「待て。ここから先は用のない者の立ち入りを制限している」
うん、引っかかった。
そりゃこんな一般市民がそう易々とは入れないだろうね。
「宝石商のクレイブさんに用があるのですが」
「ああ、あそこの客か。通っていいぞ。
いや待て、店の場所は分かっているんだろうな?」
「そういえば、場所までは聞いてませんでした」
「この通りを挟んで北が貴族街、南が商店街。クレイブの店は商店街にある。
……いいか、貴族の中には目が合っただけで私兵をけしかけるイカレ野郎もいる。命が惜しけりゃ絶対に近づくなよ」
「あ~そういう。分かりました、貴族街には近づきません」
「よし。ならば通れ」
門番は貴族を守っているのではなくて、貴族から一般市民を守っているのか。
なるほど、ご苦労様です。
商店街にはメイドを従える貴族様方と見るからに高級なお店が立ち並び、数百万ミレスもする絵画や調度品がそこかしこに展示されておりまして、わたくし少々ブルってしまいますわ。おほほ……。
とはいえ貴族が俺のような一般市民を差別するような雰囲気はない。
そもそもこの商店街で買い物が出来る時点で”逸”般市民なのだけど。
「あった、けどこれは……」
宝石商クレイブさんのお店、ジェムラビリンスに到着。
直訳すれば宝石の迷宮というだけあって、お店の外にまで宝石の原石があふれ出ている。
それらを二人の筋肉モリモリ・スキンヘッド・グラサンのガードマンが守っており、そうと知らなければ絶対に入りたくない店だ。
とはいえここまで来て怖気づいて帰るわけにもいかない。
「しつれいしまーす……」
グラサンにはちらりと見られたが、止められることなく店内へ。
するとすぐに「なーにやってるザマスか!」という怒号が響いてきた。
うーん、引き返そうかな……。
そう思った瞬間、店の奥から声の主が現れて俺をロックオン。これは逃げられない奴だ。
「おっとっと、これはこれは失礼いたしましッた。お客様、本日はどのような商品をお探しで?」
「えっと、私は近日武具店を開業する予定のハルトと申します。
武器屋アイアンウィルのアッサムさんから、こちらにいるクレイブさんが魔石の扱いでは王都で一番だと聞きまして、私のお店でも魔石を加工した装飾品を販売する予定なので、クレイブさんにお目にかかりたいと思いやって参りました」
「アッサム……ああ、あのドワーフの。用件は分かりました。
わたくしがジェムラビリンス店主の【クレイブ】ザマス。以後良しなに」
クレイブさんはエルフの男性。……男だよな? クネクネしているのだが。
しかし宝石商というだけあってキンキラピカピカな装いで、前世テレビで有名だった億を着る社長を彷彿とさせる。
あんな巨大な指輪付けて、指が疲れないのだろうか?
「ところでハルト様は魔石を加工した装飾品販売も行うとのことでしたが……わたくし、半端な腕前の方に我が子を託すつもりはございませんの。
この意味、お分かりザマス?」
「ええ、承知しています。なのでこちらを」
事前に用意しておいた、青い魔石をオーバール状に加工したシルバーの指輪を見せる。
それをクレイブさんはルーペを使いじっくりと品定め。
「……あんた、人生二度目なんじゃないの?」
「さぁ?」
睨むような視線を笑顔で誤魔化す。
「まあいいわ。これほどの加工技術を持つのならば不足はないザマス。
して、ご希望は販売だけではないのよね?」
「はい。妹二人が冒険者なので、魔物を倒した時に手に入れる魔石の買取もお願いしたいと思いまして」
「そうザマスね……ではこのサイズ以上の魔石ならば買い取ります。
それ以下は宝石としての価値は無いに等しいので、冒険者協会に持っていくのが賢明ザマス」
クレイブさんが提示したサイズは親指の爪ほど。
今回の指輪ならば範囲だが、リタのネックレスは買取不可だ。
「それから、これは魔石単体としての話ザマス。
この指輪のように加工を施しているものに関してはその限りではないザマス」
「分かりました。後日買取希望の魔石を持ってきますので、その際にはよろしくお願いします。
それとお近づきの印に、その指輪はそのままお持ちください」
「あら嬉しい。
ところでハルト様、あなたわたくしのお店に来る気はないザマスか?
あなたの加工技術であれば、月給100万ミレスを出すザマス」
「お言葉は嬉しいのですが、私はお金よりも妹たちとの生活を優先したいので」
「そう。それならば仕方がないザマス。妹さんたちを大切にすると良いザマス」
「はい。では失礼します」
いや~、ものすっ…………ごい濃いキャラだ。
見た目は美形の男性エルフなのに常にクネクネしていて、しかもザマスの使い手。
これも”この世界では結構よくある”なのかもしれないが、さすがにそうでないことを祈りたい。
クレイブさんへのコネ作りは済んだので、次の用件へ。
場所は大聖堂、相手はロシル大司教様。
神官やシスターさんにも顔を覚えられているので、あっさり大司教様の執務室へと通された。
「おお、ハルト様。ようこそお出でなさいました」
「お忙しいところすみません、ロシル大司教様」
「いえいえ、この時期は祭事も巡礼者もないので、暇を持て余しているのですよ。
して、此度は何用ですかな?」
俺の用件は、エンチャント台について。
アッサムさんから仕入れた情報によると、エンチャント台は買えばウン百万ミレスも珍しくないという。
だがそれは数が出ない商品ゆえに値が下がらず、かつ素材や装飾が凝っているからの話であって、自作すればもっと安く作れる。
んで、自作するうえで一番重要なのがエンチャント台に描かれる魔法陣。
魔法陣の製作は高位の魔術師に頼むことになるのだが、実はこの依頼料こそがエンチャント台が高額化している一番の原因なのだ。
「ふむ、エンチャント台の製作依頼ですか」
「あるいは魔法陣の製作ができる魔術師を紹介していただければと思いまして」
「それでも女神の指輪の価値には遠く及ばないと言ったら?」
ニヤリとする大司教様。
俺の頭の中では今、天使と悪魔が戦っている。
天使曰く、今こそ恩を返してもらいましょう。
悪魔曰く、真の恩返しにはまだ早い。
……そもそもの話だ。
「そもそも、なぜそこまで良くしていただけるのですか?
私としては神器とはいえ指輪ひとつを見つけたに過ぎないと思っているのですが」
すると大司教様は立ち上がり、執務室の窓から広場にいる大勢の人々を見下ろす。
「指輪ひとつ。されど神器なのです。
詳細はお教えできないのですが、ハルト様はこの世界全ての人の命を守ったに等しいのですよ」
女神の指輪に施されていた、女神の加護と女神の庇護という二つのエンチャント。
あれが鍵なのか。
「そういうことならば分かりました。
エンチャント台の魔法陣作成を、ロシル大司教様にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、謹んでお受けいたします」
振り向いて優しく笑う大司教様。
伊達や酔狂で大司教をやっているわけではない。それがよく伝わった。
翌日。
俺は直径1メートル以上ある黒檀の輪切りを荷車に乗せ、大聖堂へ。
「ほほーぅ、そう来ましたか」
「販売しているエンチャント台は大半が四角でしたけど、魔法陣は円形ですからね」
「それよりもこの素材ですよ。どこで手に入れたのですか?」
「素材屋さんで傷有り2万ミレスでした」
「2万!? これ、本来ならば10万ミレスは下らないですよ!
いやぁ……羨ましいなぁ……」
ロシル大司教様がとろけた表情で何度も黒檀の天板を撫でている。
こういう木が好きなのかな。
「っとと、失礼致しました。早速魔法陣の作成に取り掛かりますので、明日取りに来てくださいませ」
「はい、分かりました」
そして翌日。
「はぁ……この手触りこの香り……」
執務室の扉を開けると、黒檀のエンチャント台に頬ずりするロシル大司教様の姿が!
「……あっ」
目が合った。
「んんっ! 失礼いたしました。
こちらのエンチャント台、わたくしが責任をもって魔法陣を構築させていただきました。これで剣でも槍でも自由にエンチャント可能となりましたよ。
……あのー」
「私は何も見ていません」
「ご配慮痛み入ります……」
そりゃーあんなの、見なかったことにするしかないじゃん。
さて、見なかった光景の話は忘れて、エンチャント台の出来を見る。
実家にあったエンチャント台は四角形でクリスタルが4つだったが、こちらは円形でクリスタルが6つ。
肝心の魔法陣は、とてもじゃないが真似が出来るとは思えない細かさで、芸術品とすら思えてしまう。
「これを見ればエンチャント台が高額なのも頷けます。
うーん、壁に飾ってもいいインテリアになりそう」
「黒檀の切り株を壁に……素晴らしい……」
「次に来たら執務室の壁が変わってそう」
「い、いえ。さすがに執務室は変えませんよ。ハハハ……」
苦笑いが白々しいなぁ~。怪しいなぁ~?
とはいえこれ以上の戯れは不必要。
「それではこちら引き取らせていただきますね」
「あぁ~……はい。どうぞこの子を、よろしくお願いいたします……」
お辞儀をして部屋を出るが、大司教様は名残惜しそうに手を伸ばしていた。
とにもかくにも、これにてエンチャントの準備が整った。
あとはミカとリタが帰ってくれば、ようやくお店を開店できる。
さーて、追い込み頑張るぞ!




