30-5
お兄はまだ心の整理がついていないみたいだから、先にわたしとロシル様で、お姉ちゃんから話を聞くことにした。
「元々はこの世界にも色々な神様がいたんだよ。
だけど神様同士で争って、傷付き弱ってしまった。
そんな神様たちの残滓が変容して、まるで己の醜さを映すかのような姿になった。
それが原初の魔物。
原初の魔物はこの世界を蹂躙し尽くしたけど、そこに新しい神様が現れたことで風向きが変わった」
「……初代女神様?」
「うん、正解。
初代の女神様は、元々いた神様たちが力を合わせて召喚したんだ。
そうしてこの世界にやって来た初代女神様は、魔物たちが跳梁跋扈するこの世界を正すために、手始めに何物をも焼き尽くす業火で世界を終わらせた。
そうして世界はリセットされ、新たな一歩を踏み出した」
「内容から推測するに、【終焉の13日】でしょうか?
だとすれば我々の知る話とは大きく異なっていますが……」
「じゃあ逆に聞きますけど、その話って誰が言い出したんでしょうね?」
「……まさか、女神様ご自身が話を改変なされたのですか?」
「正解です。あの人すっごい目立ちたがり屋なんですよ……」
初代女神様、だから逸話だらけなんだね……。
「話を戻すけど、この世界に元々いた神様たちは消滅したわけじゃないんだよ。
初代女神様を召喚したのと、昔の魔王討伐で初代女神様を人間世界に降ろしたのとで力を使い果たしちゃっただけ。
もう一度扉を開く力さえ無いほどにね」
「それが、お姉ちゃんが人間世界に来られなかった理由?」
「正解だよ。
世界を渡る扉って、横暴が出来ないように神様一人の力じゃ開かないようになってるんだよ。
鉄の鎖で扉自体をぐるぐる巻きの雁字搦め、みたいなイメージだね。
おかげで神様はみんな、神様の世界に閉じ込められちゃっていたんだ。
そして元々の神様は当然人間世界には知られていないから、信仰を集めて力を取り戻すことも出来ない。詰み状態だね」
「神ならば、そうならないように手を打てたのでは?」
「打った手を潰した人こそが、その時の魔王ですよ」
つまり力を失った神様たちが復活出来るように、初代女神様は世界をリセットして、人間を作った。
だけど復活する前に魔王が現れたことで再び力を使わざるを得なくなって、結果神様たちは自分たちの世界に閉じ込められてしまった。
「……それをどうにかするためにお姉ちゃんが三代目の女神様になって、わたしたちをこの世界に転生させた?」
「正解。
ちなみに二代目女神様が早々に引退したのも、力が衰える前にこの計画を成功させられる人を後釜に据えるためなんだ。
そうして神様同士が手を取り合い連携をして、今まさにこの計画が実を結んだってわけ。
もしも失敗してたら、いくつの世界が消滅してたか分からないねー」
「お兄、めっちゃ重要ポジじゃん……」
「あはは、大正解!」
お兄としては家族を取り戻す一心でここまで来たんだろうけど、その実、全神様の期待と願いを背負ってたんだ……。
「あ、これお兄ちゃんには言わないでね」
「うん、分かってる。これ以上は背負わせられないもん」
「それからロシル様も。この話は神様たちとの秘密です」
「はっ。我が老い先短き生涯において、一言たりとも口にしないとお誓い致します」
言っても構わないと思うけどね、わたしは。
だって、誰も信じそうにないもん。
「信じるかどうかじゃなくって、わたしたちが穏やかに暮らすために必要なんだよ」
「お姉ちゃんがそう言うなら」
「うんうん、素直でよろしい。
……さーて、お兄ちゃんのことはどうしようかなー。
喜んでもらえてはいるみたいだけど、ちょっとやり過ぎたよね」
「お兄、ずっと手を伸ばし続けてたからね。前世からずっと」
「前世から……」
ちょっと嬉しそうなお姉ちゃん。
たぶんこの笑顔こそが、女神様じゃない本当のお姉ちゃんの気持ちなんだと思う。
「失礼。お二方、あちらを」
ロシル様に言われて神殿の出入り口を見ると……。
「「あ、復活した」」
「……息ピッタリ」
「だねー♪」
どうにか自分の心を整理できたみたいで、だけどお兄はまるで憎き親の仇! みたいな形相でこっちを睨みつけていた。
単純に力が入っちゃってるだけだろうけどね。
でもおかげでお姉ちゃんとピッタリ言葉が合っちゃって、ちょっと優越感♪
……なんて思っていたんだけど、次のお兄の言葉に、その場の空気が凍り付いた。
「お前の顔は、俺への当てつけか?」
最初、その言葉の意味が分からなかった。
だけどお姉ちゃんの顔をよーく見たら、分かった。
お姉ちゃん……遺影のお母さんに、そっくりだ……。
なんで今まで気づかなかったんだろう……。
「ち、違うよ。わたしはただ、あったかもしれない未来の自分を……」
「……そうか。母親似だったのか」
「うん。だから……」
一転して泣き出しそうになるお姉ちゃん。
次の瞬間、お兄はお姉ちゃんを、強く抱きしめた。
まるで前世を吹っ切るかのように、強く。
「まったく。なんで俺の妹たちはこうも世話が焼けるんだ?」
「ごめん……なさい……」
「仕方がない、兄として許そう。
それじゃあ……家帰って飯にするか」
「お兄ちゃんの手料理……?」
「前にオムライスが食べたいって言ってたろ」
「っ! うんっ!」
お姉ちゃんのはずなのに、わたしよりも幼く感じる。
産まれずに死んだお姉ちゃんと25歳まで生きたわたしとじゃ、精神的な成長に差があるのは仕方が無いけど。
それにしてもお兄、あの時わたしが聞いておいたお姉ちゃんのリクエスト、しっかり覚えてたんだ。
……覚えてて当然か。お兄だもん。
お兄は震える声で大きく深呼吸をして、いつもの表情に戻った。
一方お姉ちゃんは、それはもうお兄にベッタリ。引き剥がしたら跡が残りそう。
そしてわたしの心に湧き上がるこの感情は……嫉妬?
ともかくこれで一件落着。
そう思ったら、「ホントにウチに来るんだ」なんて言葉がポロっと漏れちゃった。
「そのためにここまで来たんだろ」
「あ、うん。それは分かってるんだけど、実感が湧かないっていうか」
「わたしのことも利多のことも、美花ちゃんは知らなかったんでしょ?
だったら仕方がないよ」
……そっか、お姉ちゃんがお母さんにそっくりだってことに気付かなかったのって、動いてるお母さんを知らないからだ。
それを理解した瞬間に、わたしは顔を見られないように、お姉ちゃんを抱きしめていた。
「あはは、次は美花ちゃんかー。
安心して。わたしはもうどこにも行かないよ」
「約束……」
「うん、約束」
優しい声色に、もう放したくないと思って強く抱きしめちゃう。
さっきの感情は嫉妬で合っていた。
けどそれはお姉ちゃんに対してじゃなくって、お兄に対してなんだ。
お兄だけお母さんの動きを知ってる。お母さんの声を知ってる。お母さんの温度を知ってる。
そのことに嫉妬したんだ。
「ロシル様、ご迷惑をおかけしました。あとこれからもご迷惑をおかけします」
「ハルト様からの迷惑ならば、甘んじて受けましょうぞ。
もちろん、女神様からのご迷惑もお待ちしております」
「なるべくご迷惑をかけないように、静かーに暮らしますね」
「はっはっはっ」
ロシル様、デレデレ。
「ってー、なんでロシル様まで涙ぐんでるんですかー」
「いやぁ失礼。この歳になると涙もろくていけませんな」
「ひ孫ちゃんを抱いたらもっと泣いちゃうかもですよー。
だけど名前は自分たちで付けてくださいね。それが親が子に対して負う最初の責任ですから」
「女神様にはお見通しでしたか。重ね重ね、失礼いたしました」
お姉ちゃんに名前を付けてもらおうとしてたんだね。
けどそれをしちゃうと、ちょっとまずい気が。
「資格はあるけど、今はその時じゃない」
「わたしの心、読んだでしょ」
「今のは俺でも分かったぞ」
「だったら仕方ないっ!」
って、アトスさんの子供に資格があるって、もしかして次代の剣聖ってこと?
と思ったらお姉ちゃんにウインクされた。
へぇ~。だったらわたしが師匠ポジション頂いちゃおうかな!
「それじゃあ帰ろう! おー!」
あはは、お姉ちゃんずっとテンション高め。
本当に嬉しいんだね。
……うん、わたしも嬉しい!




