29-3
出発準備が整い、本日から東大陸はアルヒッタ王国へ。
メンバーは、俺と姉妹とトムとニーナ・レミントン、ザナドゥと白鯨。
見事に全員女性だが、この中の誰にも俺はそのような感情を抱いていない。
ポータルを何度か乗り継ぎ到着し、俺たちを出迎えてくれたのは湖畔にたたずむ大きな町と、湖面に反射した姿が綺麗な白亜のお城。
この国の歩き方はニーナが詳しいらしいので、諸々のことは任せてある。
「アルヒッタ王国はこのアルヒッタ湖の畔に作られた、小さな国よ」
「といっても、結構大きな湖だな」
「そうね、恐らく王都よりも大きいんじゃないかしら」
比較は出来ないが、琵琶湖くらいはありそう。
周囲の地形から考えて、このアルヒッタ湖は噴火で出来たカルデラ湖だ。
となれば当然地底にはマグマがあるわけで、イコールで温泉もあるということ。
慰安旅行にはピッタリだ。
一応説明しておくと、カルデラ湖とは火山が噴火して空っぽになったマグマ溜まりに、山頂部分が崩落して埋まった結果出来上がる湖だ。
その形成過程から綺麗な円形の湖になりやすくて、かつ温泉が付き物になる。
北海道にある倶多楽湖は別名『まんまる湖』なんて言われるほど見事にまんまるなので、調べてみるといい。
「ホテルを決めたら、先にわたくしだけでリュース姫に会いに行くわね。
そこで今後の段取りを決めてからが、あなたたちの出番よ」
「分かったよ。ありがとう」
「感謝はこの旅行が終わってからでいいわ」
涼しい顔をしているが、今までになく軽い足取りのニーナ。
よほど相手のリュース姫に会いたかったのだろう。
城下町の建物は、白い壁と水色の屋根で統一されており、見た目に涼しい。
これもこの国に深く関わるとある逸話から来ているらしいのだが、それらは全てお姫様の口から語ってもらうことにしてある。
……のだが、既にあちこちで”それ”を目にしており、今更という感もある。
「イシュメルはどうだ?」
「不思議と実家に帰って来たかのような安心感を覚えておりますわ」
「そうか。だったら大丈夫だろうな」
実家のような安心感、ねぇ……。
さて、しばらく滞在することになるかもしれないホテルに到着。
実質的に貴族階級が3人もいるので、かなり良いホテルだ。
部屋割りは俺と姉妹、トムとニーナ。剣たちは所持品なので数えない。
位置的には正面同士で、これは偶然。
しかも湖畔だからなのか、全室トイレ&シャワー付き、かつ混浴の大浴場あり。
いいかお前たち、大浴場だぞ! 大欲情!! ……おっと間違えた。
チェックインして部屋に入り、荷物を置いて一息つく。
「前世とそう変わらない設備だな」
「プリペイドカードで支払うテレビと冷蔵庫が無いくらいだね。お兄は知らないだろうけど」
「それくらい知ってるっての」
しかしこれならば長期滞在になっても快適に過ごせそうだ。
と、ドアをノックしてトムとニーナが来た。
「こっちの部屋も似たようなものね」
「景色はボクたちのほうがいいですけど」
俺たちの部屋は残念ながら山側。その分安いから文句は無いけど。
「それじゃあさっそくだけど、お城に行ってくるわね。
観光するならば貸しボート屋があるから、湖上からお城を眺めるのが定番よ。
それに、あのお城が何故そう呼ばれているのかもよく分かるわ」
「貸しボートか。分かったよ。
ほかに、例えばおすすめの料理とか特産品はある?」
「食べ物に関しては山と川の両方が揃っているわ。ただ【ミシッカ】という料理には手を出さないのが賢明よ」
「ああ、覚えておく。だからリタは挑戦するなよ。フリじゃないからな」
そう睨むと目線を逸らされた。
こいつ、やるつもりだ。
ニーナを見送り、俺たち4人は商店街を散策。
「建物はザ・ヨーロッパなのに、雰囲気は日本の温泉街そのものだな」
「でもお兄、本物知らないじゃん」
「誰かさんのおかげでな!」
「あはは~」
最近は笑って済ませることを覚えたミカ。
正直そのほうがこちらとしても気が楽だ。
一方のリタはと言うと、いつもの調子で片っ端から買い食いしている。
「晩飯入らなくなっても知らんぞ」
「晩は別腹です」
「……それであの体型なのがワケわからん」
しばらく歩いていると、年季の入った食堂にミシッカの看板を発見。
「リタ、ステイ! って姉妹揃ってどこ行った!?」
「もうお店の中ですよ」
「あいつら……」
どちらにせよお昼だ、ここで昼食と相成った。
俺とトムは魚メインの、ミカは肉メインの料理。
そしてリタは……後悔した表情をしている。
視線の先にあるのは小さな鍋。
鍋の中は真っ赤に煮え滾るマグマのようで、近づくだけで目が痛くなる。
そう、ミシッカとは超絶激辛鍋料理だったのだ!
道理でコックさんが来たがらないわけだ。
「ウッ……ヒァ……ハヒィッ……」
「自分で注文したんだから全部食えよ」
「あっ、あっ……」
声にならない声で悶絶するリタ。
これで少しは懲りるだろう。
ちなみに何故このような激辛料理があるのかだが、ここは冬になると湖面が凍るほど寒くなるので、体を温めるために出来た料理なのだそう。
説明後、今時期頼む人なんていないよ、と笑う食堂のおばちゃんであった。
食後の運動として、貸しボートで湖に漕ぎ出す。
組み合わせは俺とリタと白鯨、ミカとトムとザナドゥ。
「まだ舌がヒリヒリ……」
「懲りろってことだよ」
盆地の湖なので、風もなく湖面は穏やか。
透明度も高く、おかげで真っ暗な湖底に吸い込まれそうな不安を覚えるほど。
そんな青くて暗い湖面に映るのが、白亜のお城、アルヒッタ城。
もうすでに見聞きしてしまっているので明かしてしまうが、この湖面に映るアルヒッタ城は、別名【白鯨城】と呼ばれている。
アイテムボックスから白鯨を取り出し、鞘の細工と見比べる。
……確かに、湖面に反射するその姿は、白い鯨に見えなくもない。
「綺麗なお城ですわね」
「気に入った?」
「ええ、とても。
貴殿はわたくしをあのハインツのために打ちましたが、しかしわたくしは当時から違和感のようなものを抱いておりました。
あのお城に行けば、その理由が分かる。わたくしはそう思いますわ」
白鯨は既に何かを感じているということか。
クサい言い方をすれば、それはきっと運命なのだろう。
一方ミカたちの船だが……トムが暗い湖面を怖がってミカに抱き付いており、代わりにザナドゥが舟をこいでいる。
猫なだけに水が苦手ということか……?
っと、まんざらでもない顔をしていたミカからハンドサインで陸に戻ると来た。
俺たちも戻ろう。
「底の見えない暗い穴って苦手なんですよ……」
「「「それはそう」」」
全員で頷いた。
俺たちがホテルに帰ると、ニーナが先に帰っていた。
「ふふっ、その様子だとミシッカに釣られたみたいね」
「とんでもない辛さでしたよ……。美味しくはありましたけど」
「あ~ぁあ、まだまだ懲りないぞ~これ。
ところでそっちはどうだった?」
「いつでもどうぞとの言葉を賜ったわ。
それと……ねえ、こんな薬草を知らないかしら?」
薬草辞典のようなものを開き、指をさすニーナ。
目的の薬草は、茎の左右に細くてギザギザした葉が並んでいる、シダ植物のよう。
薬草の知識は持ってないので何とも言えないが……。
「見覚えがありますわ」
「イシュメルが? どこで?」
「確か、先日の仕分け作業の際に」
「私も覚えています。父上が不在で私と白鯨だけで仕分けをしていた時です」
あ~、俺がシャワーに入っている時か。
じゃあ家にあるな……。
「申し訳ないけれど、至急取ってきてもらえないかしら?」
「ならばボクの出番ですね」
「すまないけど頼むよトム。お詫びに何でもいいから一つ買ってあげる。ニーナが」
「ちょっ! ……まあ、今回ばかりはね」
「冗談だったのに、そんなに必要なものなのか?」
「ええ。一国の存亡が懸かっているわ」
となると、王様が毒を盛られた事件に絡んでくる……解毒の薬草か!
トムもすぐに答えを出したようで、足早にホテルを出て行った。
トムが帰ってきたのは翌日になって。
薬草の調査が夜中までかかり、迷惑になるので自宅で一泊したとのこと。
しかしおかげで一発で正解。
白鯨と薬草を手土産に、お姫様とご対面だ。




