27-5
「これは本格的に命の危機だな……」
「正直に言って、私は動きたくない」
「一歩踏み出しただけで遭難ですよね……」
いや~、真っ白……。
朝起きたら霧がとんでもなく濃くなっちゃってて困った。
伸ばした手の先が霞むくらいなんだもん。
「うーん……荒縄くらいしか使える物がない」
「俺たちを縛って行くつもりか?」
「そうそう。それでザナドゥに引っ張ってもらうっていう」
「私は構いませんが、それはそれで危険でしょうから、もう少し何か方法はありませんか?」
「と言っても……」
アイテムボックスの中を探るも、他に使えそうなものは何もない。
まさか森の中で霧のせいで遭難寸前になるとは思ってもみなかったから。
「かくなる上は、やるか……」
「あのハンマーか」
「まさか全てを吹き飛ばすつもりか?」
「そのまさか! ポジションロック、出力最大!」
「待て待て! みんな逃げろ逃げろ!」
ザナドゥが手を繋ぎ、霧の中へ逃げる一同。
しかしジェットエンジンの排気で周囲の霧が一気に晴れていき、一時的にだが視界が利くように。
「想定通り!」
「「「嘘つけ!」」」
うん。
しかしこんな使い方なのに、星砕きがご機嫌である。
……ああ、出力を制限しなくていいっていうのが楽しいのか。
ん? 打面を下にして地面に置いた状態で出力を上げる? やってみるか。
星砕き言う通りに配置して、出力を上げてみる。
すると周囲の霧がお空へと飛んでいき、視界が大きく改善。
「いいねいいねぇ! 上昇気流を起こして霧を吸い上げるのか!」
「これくらいの視界があれば、戦闘も問題なく行える」
「昨日散々私たちの恐怖心を煽った霧の魔物に、一矢報えそうだな」
「うーん……」
リベンジする気満々のダズ兄さんとゼロさん。
それに対してアトスさんはあまり表情が明るくない
「アトスさんは何か気がかりなことでもあるんですか?」
「昨日からずっと考えていたんですけど、もしも僕の推測が正しければ、霧の魔物が僕たちに攻撃してくることはありません」
「それは何故に?」
「……その時になったら説明します」
昨日もだったが、間違った情報で俺たちを混乱させないためだろう。
しかし魔物が俺たちを攻撃することはない?
もしやこの中の誰かがお守り的な役割を果たしてるのか?
思いつく該当者はいるが……めっちゃ首を横に振られた。
「まあいいや。それじゃあさっさと朝飯を食べて出発しますよ」
星砕きにはしばらくこのままでいてもらおう。
改めてだが、星砕きは打面が多数の円柱の集合体で、それぞれには隙間があり、この隙間から吸気をする仕様だ。
お近くの物だと、歯ブラシの毛の一束が円柱一本みたいなイメージ。
んでもって内部構造は宝玉のおかげで簡略化されているので、小石が入ったところでそのまま排気口からポンと出るだけ。
宝玉のおかげで爆発する心配もないので、実はこう見えてとても安心安全な危険物なのだ。
食事を終え、出力10%くらいで稼働させた星砕きを肩に背負い歩く。
排気口を斜め上に向けているので霧が吹き飛ぶおかげで、視界は昨日以上に確保できている。
問題があるとすれば、サイレントのエンチャントを貫通するエンジン音くらいだ。
「にしても、全然魔物に出会わないな」
「理由はその音だ。魔物にしてみれば未知の存在の咆哮にしか聞こえないのだ。
身の危険を感じて音から逃げてしまうのも当然だろう?」
「なるほど確かに。霧の中からこんな音が聞こえてきたら、そりゃ逃げるわ」
音量はジェットエンジンのイメージほど大きくはなく、PCのファンが元気よく回っているくらいで済んでいる。
しかし霧の中というシチュエーションでそんな音が聞こえてきたら、俺だったら逃げる。
おかげで順調に歩を進めているわけだが、しかしそれでも俺たちの中には昨日出会った霧の魔物の恐怖がこびり付いている。
「今のところ気配はないが……」
「そもそも元から気配を感じなかった」
「ああ。なんとも不気味な奴だ」
警戒しつつ進み、いい感じに開けた場所があったのでお昼休憩に入る。
音が魔物除けになっているので、星砕きは最低限の出力にして魔力節約。
それにしても無理やり霧の中を進んでいるせいで、ダズ兄さんの仲間からの支援が受けられないのが存外痛い。
「ん~……まあこんなもんかな。
名付けて【残り物を適当にぶち込んで塩で味を誤魔化したスープ】、完成」
「ひどい名前だな……」
「なのに……味はまともだ……」
「なにより温かいスープというだけでありがたいです」
野菜や野草、昨日までに倒した魔物や動物の肉の切れ端。
そういった物を順序よく鍋に放り込み、少量の水と野菜の水分で作った肉野菜スープだ。
昔はここに、炊飯器の使い方が分からなくて硬いままのお米や、割り方が下手で殻が入った卵なんかも放り込んだものだ。
……休日のお昼にやっていた料理番組や夕方のローカル番組の料理コーナーが、俺たち兄妹の命を繋いだと言っても過言ではない。
そして巡り巡ってこの世界を救うかもしれない。
鍋の片付けも終えて、森の中なので焚き火に水をぶっかけて消し、さて出発。
と、その時。
「足音だ」
ゼロさんの言葉に一斉に戦闘態勢を取り、うるさいので星砕きには黙ってもらう。
少しずつ濃くなる霧と、少しずつ聞こえてくる複数の足音。
霧の湿気か、自分の冷や汗か分からなくなる。
そして……。
「来るぞ!」
真っ白い霧の中に、巨大な黒い影が映る!
「待った!」
アトスさんがみんなを制止し、そしてひとり黒い影の立つ霧の中へ。
「あいつ死ぬつもりか!?」
「ハルト、霧を!」
「出力最大!」
星砕きの吸排気で周囲の霧が一気に晴れ、霧の魔物も姿を消した。
その霧の奥で、一人ポツンと立ち尽くしてるアトスさん。
ダズ兄さんがアトスさんを殴り飛ばしそうな勢いで服を掴んだ。
「アトス何やってる!!」
「……僕の推測が当たりました」
「とりあえずダズ兄さん落ち着いて、手を離して。
んでアトスさん、推測って?」
「霧の魔物の正体が分かったんですよ」
2人と顔を見合わせ、星砕きの出力を抑えて周囲の霧を晴らしつつ、アトスさんから話を聞く。
「それで、霧の魔物の正体とは何なのだ?」
「一言で言ってしまえば、霧の魔物の正体は、ただの気象現象です」
「「「気象現象?」」」
思わず3人で声が合ってしまった。
「まず足音。
あれは僕たちの足音が霧に反射したもので、それがさらに何度も反射を繰り返したため、あれだけ多数の足音に聞こえたんです」
「音の乱反射……か。
言われてみれば確かに、あの足音は人のものだったような……」
「それから昨日音が一瞬で消えたのも、現象の発生条件から外れたためです。
あの時風が吹きましたよね?」
「……そうだっけ?」
「ああ。頬を撫でる程度の弱い風だったが、しかし空気が動いたのは間違いない」
ということは、音に関してはアトスさんの推測は合っているわけだ。
「だったらさっきの巨大な黒い影は?」
「あれは僕たちの影ですよ。焚き火、ちゃんと消さないと」
そう言われて振り向くと、水をかけたはずの焚き火が再び燃えて、俺たちに影を作っている。
この影が霧に映ったのがあの黒い影の正体だとすれば、辻褄は合っている。
「だから僕はあえて影に突っ込んでいったわけです。自分の推測を確かめるために」
「だったらもっと早くに言ってよ……」
「いや~僕自身も疑ってる気持ちが無くはなかったので。あはは」
大きなため息とともに脱力。
「なるほど、つまり兵士たちが全滅したという話も、味方の影を魔物と見間違え同士打ちしたというのが真相か」
「おそらくは。そして戦争中にそんなヘマを公にするわけにはいかないので、霧の魔物の仕業にした。
中隊規模が全滅するほどの正体不明の魔物がいるとなれば、相手もこの森を通ろうとはしませんからね」
まったくお騒がせな気象現象だこと。
しかし、だからこそ天気に詳しいアトスさんが見破れたのだろう。
そう納得と安堵をして、しっかり焚き火の火を消してから、再出発した。
「……ところであの気配は何だったのでしょう?」
「そういうのはやめなさい」
「はーい」




