26-8
【聖剣】ザナドゥを打ち終わり、幻体は剣へと返った。
ので!
「このテンションのまま、お前を打つッ!」
「ちょっと待ったー!」
「何奴ッ!?」
「アタシだよっ!」
ノミを腕輪に打ち直そうとしたが、ここでアレンカさんがインターセプト。
そういえばさっき外に出た時、暗くなり始めてたな。
「今日の作業はそこまで。あとは明日ね」
「いや、これはそこまで時間はかからないから、晩御飯の後に打つ」
「トムちゃんに怒られても知らないよ?」
「だとしても今日中に打たないと色々と都合が悪いんだよ」
「だったらそれをトムちゃんにも説明してください」
「はーい」
ということでトムと本日の教会騎士に話を付ける。
「なるほど、ようやくこの厳戒態勢の意味が分かりましたよ。
それならば許可します」
「こちらとしても異存ありません。それから指輪の回収はそちらの作業後に行いますのでご安心を」
トムは慣れたもので、教会騎士もすぐに大聖堂まで人を走らせた。
そうして俺は晩御飯を食べて、再び工房へ。
オリハルコンのノミは今か今かと待ちわびている。
このノミを腕輪に打ち直せば、女神の指輪と同じような能力が付与される……かもしれない。
例え見た目だけになっても、それはそれでいい品だから問題なし。
元々打ち直し前提で作ったので、作業はとてもスムーズに進む。
俺がオリハルコンを打ち慣れたのもあるか。
そんな感じで3時間ほどで完成。
見た目は薄い板状の腕輪で、途中がU字に切れているので少しだけサイズの融通が利くようにしてある。
腕輪の表面には銀と黒で細工模様が入っているのだが、これはアダマンタイトの削りカスとミスリルの切れ端を再利用したもの。
本人たちもまさか再利用されるとは思わなかった様子で喜んでいる。
「それじゃあ女神の指輪さん、心からありがとうございました。
んで腕輪を装備してからの、アダマンタイトを一撃っ!」
キーンという甲高い音が響き、そして……。
「うわっ、行った! お前さんも能力授かっちゃったか!」
鉄のような打ち味で姿を変えたアダマンタイトと、どうよと言わんばかりに胸を張るオリハルコンの腕輪。
うーん、この感じ……よし、お前の名前は【ソウルオブスミス】にしよう。
死に際のアルテマは初見殺しとして有名だが、それはそれとして直訳すれば鍛冶師の魂だ。
お前は俺の魂とともに、鍛冶師の最終兵器として代々受け継がれていってくれ。
翌日。
朝早くにアトスさんを筆頭とした20人以上の上位神官と教会騎士がやってきて、女神の指輪を返還。
ただ、アトスさんは俺に用事があるらしくこのまま居残りだそうな。
「はい、確かに女神の指輪をお預かり致しました。
では皆さん、くれぐれもよろしくお願いします」
「「「はっ」」」
こうして女神の指輪は無事に大聖堂に帰宅。
普段とは違う仕事が出来て女神の指輪も楽しかった、かもしれない。
そして一団を見送ったところで、タイミングよくダズ兄さんが来た。
「アトスもいるのか」
「朝からラッキーくんにせがまれまして」
ダズ兄さんが把握していないということは、アトスさんの参加は本当に急きょだったんだな。
ラッキーくんはおそらく、相手のドラゴンと話し合いする際に必要になる。
それを察して来てくれたんだろう。
「俺が剣を預かってもいいが、どうする?」
「ミカたちの居場所は分かってるんでしょ? だったらダズ兄さんには俺を守護する騎士役を頼みたい」
「やはりそうなるか」
ほっとした表情をするダズ兄さん。
さすがにダズ兄さんでも聖剣の運び役は荷が重いよな。
と、グラシオン(幻体)が出てきて、呼応するようにザナドゥ(幻体)も出た。
ちなみにトムとアレンカさんにはザナドゥを紹介してある。
聖剣だというのは隠してあるけどね。
「出たなお高く留まった妹!」
「お笑い担当の姉には言われたくありません」
「お笑い言うな!」
あら~仲いいのね~。
っと、さらに増員。ゼロさんも来た。
「何故だかこちらに足が向いてな……」
ゼロさんは……魔剣繋がりかな?
しかし丁度いいのでダズ兄さんとアイコンタクト。
「俺とハルトはこれから西大陸に出向き、剣聖たちと合流する。
しかし合流地点までは魔物の出現する森を通る必要がある」
「つまり僕とゼロさんはハルトさんの護衛ですね」
「なるほどな。うむ、任せてくれたまえ」
メンバー構成は鍛冶師、魔法剣士、教会騎士、双剣士。
ダズ兄さんが攻撃魔法役、アトスさんが回復魔法役を兼任している構成だ。
攻撃に寄ってはいるが、しかしバランスはいい。
あちらの状況が分からないので若干不安に思っていたのだが、このパーティーならば大丈夫だろう。
と思ったら不満げな奴が。
「私がいれば護衛など不要です」
「妹、あなたの出る幕ではない。お父さんの護衛はこの3人に任せなさい」
「それは姉が活躍したいからでしょう。そうは行きません」
「そうではなく人には人の都合というものがあるのです。妹ならば姉の背中から学びなさい」
「姉からはボケとツッコミくらいしか学ぶものはありません」
「誰が漫才師やねん!」
「…………」
2人の会話に呆れ顔をしていると、揃ってバツの悪そうな顔をして消えた。
なんとも分かりやすい娘たちだ。
ゼロさんに幻体のことを説明しつつ、準備を進める。
ダズ兄さん曰く、食事は現地調達可能だが、目的地はこの時期冷えるそう。
なので妹たちに持たせるはずだった、防御力300ほどある上着を着用。
南大陸は逆に7月の初めくらいの季節感なので、ちょっと暑い。
それから念のため、戦闘用の装備一式もアイテムボックスに放り込む。
「幻体か。私の魔剣にもそのエンチャントを付与すれば何か出るのか?」
「たぶん16歳くらいの元気な双子の女の子が出ます」
「いやに具体的だな……」
「親なので」
魔双剣ジェミニは運動部にいる陽キャの女子高生姉妹と、俺の中のイメージで決まっている。
「ようやくお父さんと認めてくれましたね」
「今日を我々にとって特別な日と定めましょう」
「妹も中々粋なことを思いつきますね」
「当然です。私、有能なので」
幻体コンビがまたコント始めたよ……。
「準備の邪魔するならエンチャント剥がすぞー」
「「ごめんなさい」」
これで静かになるだろう。
……なんか本当に父親みたいだな、俺。
前世では美花の兄であり母親代わりであり父親代わりでもあったので、少しだけ懐かしい気分になる。
出発準備が整った。
仰々しいことはしたくなかったのだが、店の入り口にトム、アレンカさん、コックさんが並んで見送ってくれることに。
「帰りがいつになるかは分からないけど、必ず全員無事で、ミカとリタも一緒に帰ってくるよ」
「分かりました。こちらは仕事を溜めて待っています」
「ひどっ」
つまりは帰ってくると疑っていない。
これはこれでトムなりの励ましなんだろうな。
「ハルトさんがいない間、工房はアタシが使わせてもらうね」
「ああ。打てなかった分じゃんじゃん打っていいぞ」
「オリハルコンも?」
「打てるもんなら打ってみろ」
「あはは! 冗談冗談」
アレンカさんはウエイターの仕事中にも冒険者から聞き取り調査をしていたらしく、知識だけならば俺以上かもしれない。
そんなアレンカさんの打った魔剣を早く見てみたいものだ。
「僕も新しいメニューを考案中なので、帰ってきたら一番に味見してくださいね」
「家族全員で楽しませてもらいますよ」
お店のことはトムとコックさんに任せておけば大丈夫。
現在進行形で俺がいなくてもお店を回せてるし、それに臨時で雇っていた冒険者たちによるウエイターのバイトもしばらく継続するからだ。
ちなみにそちらはみんな賄い狙い。
「よし、それじゃあドラゴンを叱りに行こう」
こうして俺たち4人は、ミカとリタの待つ西大陸へと旅立った。




