26-6
「意識を失うまで叩き続けるって、どういう神経してるのよ」
「こういう神経してます」
いや~、やっちゃった。
トム曰く、しばらく打音が聞こえなくなったので覗いてみたら、俺がぶっ倒れていたそうな。
んで今はニーナ・レミントンに睨まれつつ、自室のベッドでお休み中。
診断結果は極度の衰弱で、あと少し発見が遅れていたら本当にあの世行きだったらしい。
「さすがにドクターストップよ。3日間休みなさい」
「残りはたぶん装飾だけだから」
「だとしてもよ。あなた鏡で自分の顔を見てみなさいな」
手鏡を渡されたので自分の顔を見る。
う~ん、イケメン。冗談だけど。
ドワーフらしい髭面なのに頬はこけて、まるでミイラだ。
この顔で妹たちに会ったら、心配させるどころの話じゃないな。
「分かったよ、3日間お休みします」
「よろしい。それからコクトゥーロさんに消化に良くて栄養価の高い食事を用意するように言ってあるから、しっかり食べてしっかり寝ること」
既に手は回してあったか。
と、ニーナ・レミントンが顎に手を挙げてて何やら訝しげな表情。
こう見るとやっぱりこいつは美人なんだよなぁ……。
「……にしても、解せないわね」
「大人しくするって」
「当然よ。でもそうじゃなくて、あなたの衰弱具合が解せないの。
皆の話から推測するに、この5日間で急激に衰弱が進んでいるのよ。
それこそ、命を吸い取られるようなことが無ければ説明がつかないほどにね」
「今打ってる剣が俺の命を吸い取ったと言いたいのか?」
「あくまでも可能性の話よ。
けれど、そういった類の呪いの剣が存在しているのは知っているわよね?」
「知ってるが、あいつに限ってそれはない」
あいつは呪いとは正反対の、聖剣らしい気高い性格をしている。
完成した暁には、自ら使い手を選ぶだろう。
そういった奴なので、命を吸って俺を殺そうだなんてするわけがないのだ。
「本人に聞くのが一番手っ取り早い」
「ちょ、ちょっと! ……はぁ、まったく」
少々足元がおぼつかないが、工房へ。
途中でトムが肩を貸してくれた。
「……なんだこれ」
「打った本人から出る言葉じゃないですね」
装飾はまだだが剣身は完成している。
その剣身の一部に光の文字が浮かんでいるのだ。
しかもトムにこの光は見えていない様子。
「この通りに装飾を施せってことか」
「ドクターストップ掛かってますよ」
「こんなものを前に俺が待てると思うか?」
「思いません。なので、お願いします」
「ん? おあっ!?」
男性冒険者にお米様抱っこで軽々と持ち上げられちゃいました。キャッキャ。
んでそのままベッドに逆戻り。
「なーに喜んでるんですか……」
「貴重な体験をしたなーと」
「あなたね、普通そこまで衰弱していたら、立つこともままならないものなの。
よってこの3日間、部屋から出ることを禁止します」
「それはあまりにも」
「「文句は言わせませんっ!」」
「はい……」
トムとニーナの息がバッチリ合っている。
こりゃ無理だな。大人しくあきらめよう。
「それで、何か分かりましたか?」
「極秘事項」
「医者にも言えないこと?」
「言ってもいいけど、面倒事に巻き込むことになる」
「……そう。ならばその優しさを素直に受け取っておくわ。
3日後に診察に来るから、それまで安静にしてなさいね」
「はーい」
俺の返事にため息で返し、トムとニーナ・レミントンは部屋を出た。
さて、窓から脱出を……というのは冗談で、先ほど立った時に己の疲弊具合に本当に驚いたので、3日間はマジで大人しくする。
ただ、体は使わないが頭を使う。
剣に浮かんでいた光の文字。
あれは神聖文字と呼ばれるもので、現在使われている文字とは別系統の文字だ。
俺たちが普段使っている文字は、ローマ字に近い。
一方の神聖文字は象形文字の簡略型というか、それこそピラミッドに刻まれている文字に近いイメージだ。
しかも神聖文字の解読は、神の領域を侵すという理由から意図的にされていない。
……ということになっているが、実際には公然の秘密として解読がなされており、それについて記された本まで出版されている。
そしてその本がここにある。
「デザインの参考にするつもりが解読に使うことになるとは」
本来の使い方だからこれでいいんだけどね。
さて例の光文字の内容だが、覚えている限りでも十分に意味の通る言葉になる。
意訳するとこんな感じ。
『我は女神の半身にして空を穿つ者』
女神の代行者を叱るのは女神の半身だと。
しかも空を穿つ者ってこれ、ドラゴン撃ち落とす気満々でしょ。
「脅し文句だけで済んでもらいたいなぁ」
穏便に、とは行かないだろうが、最低限の血で済むのが理想か。
ただしその血が妹たちのものだった場合、俺があの剣を担いで殴りに行く。
ちなみに剣曰く、この文言は昔の聖剣に彫られていた文言のアレンジだそう。
詳しくは完成後に聞くけど、なんでそれを知ってるんだろうな。
そうしてのんびりと3日。
「正直1か月は休養してもらいたいけれど、今回は許可を出します。
ただし徹夜は禁止。ちゃんと朝起きてご飯を食べて、夜にはベッドで寝ること」
「健康生活厳守だな。分かったよ」
「分かってない時の言い方ですね」
トムとニーナ・レミントンに睨まれる俺。
しかし許可は出たので、工房に行き準備を進める。
俺が工房に入ると剣から光の文字が出てきた。
まるで早く完成させろとでも言いたげ。
ちなみに裏はどうなってるのかなと思ったら、違う文言が浮かんでいる。
「さーて、なんて書いてあるのかなー?」
文字はアダマンタイトの部分に浮かび上がっているので、表と裏で4か所になる。
まず表の左が『我は女神の半身にして空を穿つ者』。
俺はドラゴン絶対叱る剣だぞと。
次に表の右は『汝、女神の鉄槌を受けるべし』。
これが永遠の言葉だとしたら、ウチの三姉妹は全員好戦的ということに。
兄としては一人くらいおしとやかに育ってほしかったなぁ~。
次に裏の左側は『我を振るう者、即ち女神に選ばれし者』。
つまりこの剣は女神様に選ばれた人じゃないと扱えないぞと。
これはこいつ自身の性格を鑑みれば当然の文言だな。
最後に裏の右は『汝に問う。その目に映るは何者ぞ』。
お前誰に喧嘩売ったのか分かってんだろうな? って感じか。
う~ん、やっぱり好戦的。
そしてこの文字をアダマンタイトに彫って、そこにミスリルをはめ込む予定。
……彫れるのか?
工房で一番強い、ドラゴンノミを当てて打ってみる。
キーンといういい音が響き、傷はついたがそれだけ。
「予定と違うことになっちゃってるから仕方がないけど……ん?」
ふと、切り落として余ったオリハルコンに目が行った。
これはつまり……。
「オリハルコン製のノミ……今回だけな」
途端に切り落としたオリハルコンがやる気になった。
ちょっと横道には逸れるが、再びオリハルコンを打つことにしよう。
さすがに常用は出来ないから、この剣に使った後は塊に戻すけどね。




