26-5
本番の剣は、ミカに打った不動剣のデザインをベースに、アレンジは自由にと言われている。
んでこのアレンジをどこまでやっていいのかという部分が問題になるのだが、俺はこれを、長さや重量が同じならばデザインは気にしない、という意味だと取った。
しかしこの重量調整が難しく、特に相手がオリハルコンとアダマンタイトなので、微調整が不可能に近い。
つまり一発勝負。
失敗すれば、世界が終わる。
「まさかこんな小さな武具屋が世界の存亡を左右するだなんて、誰も思わなかっただろうな」
……ただ一人、永遠を除いて。
「さて、やるぞ。ここからはノンストップだ」
そう呟くと、工房内の雰囲気がピリッと引き締まる。
道具たちの機嫌は上々。素材たちも楽しみにしている様子。
あとは無心にハンマーを振り下ろすだけ。
「………………」
声が聞こえた。
そう認識すると、意識がはっきりしてきた。
集中しすぎて自分の意識すら置いてけぼりにしてしまっていたようだ。
ところで今の声は誰のだ?
手を止めて周りを見渡すが、誰もいない。
女神の指輪か? と思うも、首を振って否定してる。
う~ん……分からん。ただの幻聴かな。
けどお腹はものすごく空いているので、一旦休憩を挟もう。
工房から出ると、すぐにトムとアレンカさん、そしてコックさんが。
「あっ! 出てきた!」
「僕食べやすいもの作ってきます!」
「ご迷惑をおかけします。トム、何日目?」
「10日目です。今丁度、無理にでも止めようって話をしてたんですよ」
「10日か。そりゃさすがの俺も休まないとだな」
「衰弱死してもおかしくない日数ですよ、まったく」
3人に呆れられながら、閉店後のカフェで休憩。
「あとどれくらいで完成しそう?」
「う~ん……正直、分からない。
無心無意識で打ってるから、俺自身もどこに着地するか見通しが立たないんだよ」
「無我の境地ってやつ?」
「そんな仰々しいものじゃないと思うけど。
とにかく、今のところ完成は未定としか言いようがない」
トムとアレンカさんが顔を見合わせて、大きくため息。
「言いたいことは分かるけど、今回は色々とイレギュラーなんだよ」
「まーね、なんとなく察してはいるよ」
「じゃなければこんな大ごとにはなりませんよ」
2人とも諦めモードだな、
「それじゃあ次にこちらの状況ですけど、人類は北大陸を放棄しました。
ドラゴンは東と西に分かれて移動中で、数日以内にそれぞれの大陸に上陸するのではないかと見られています」
「大分差し迫った状況だな……」
もしもそれぞれの大陸に上陸すれば、地元のドラゴンたちとぶつかってドラゴン同士の大戦争へと発展しかねない。
そうなれば当然、人類に明日はない。
「ミカたちは?」
「難民たちを伴って、西大陸の空白地帯でキャンプを張っているらしいです。
仲の悪い国同士がその空白地帯を囲んでいるので、平野なのに誰も寄り付かない場所なんですよ」
「そこに難民が入り込んだら、別の問題が発生しそうなんだけど」
「ははは……」
エルサレム周辺の領土問題って確か、まんまこんな感じじゃなかったっけ。
ミカ、このこと知ってるのかなぁ……?
「それから直接は関係ない話なんですけど、王国の貴族が何人か逮捕されました」
「直接は関係ない話だな。けど話題にするってことは何かあるんだろ?」
「はい。その貴族たちは終末思想のカルト宗教のシンパで、例の審問会でハルトさんを処刑しようとしていたらしいんですよ」
「マジかよ!?」
「マジです。ダズさんが報告してくれましたから」
「じゃあマジだ。っていうかそういう連中にも俺の名前が知られてるってことか」
「なのでそのカルト宗教も潰されました」
「仕事が早い」
「女神信教総出で潰したそうです」
「規模がデカい」
国ではなく女神信教が担当した理由はおそらく、俺にオーダーを出した人物を知るロシル大司教様の指示だろう。
……女神信教が出てくるほうが宗教同士の対立にしか見えなくて、俺の存在をカムフラージュできるってのもありそう?
それにしても総出で潰すとはまた大胆な。
「ふぅ、ごちそうさま」
「この後はどうするんですか?」
「どうするって、止めないの?」
「止めたいのはヤマヤマなんですけど、止めちゃダメな気がするんですよ」
「ならばお言葉に甘えて、もう10日ほど引きこもります」
「5日にしてください」
「はい」
テンポのいい会話を繰り広げ、工房へ。
まずは無心で打っていたおかげで自分でも状況を把握していない、剣の出来具合をチェック。
「……どうしてこうなった??」
構造上不可能なデザインがそこにはあった。
しかしあるんだから俺が打ったんだろう。全く覚えてないけど。
ついでに鍔が勝手に刃からの一体型として成型されている。
装飾はまったく無く、ただ仕切りがあるという感じではあるけど。
「う~ん……まいっか」
剣も早く完成させてとせがんでくるから、変なことは考えず集中しよう。
そうして再び無心になり、誰かが止めるまでハンマーを振り下ろし続ける。
次に意識が戻った時、俺は自分のベッドの上にいた。
「呆れる以外に言葉が無いわ」
無表情のニーナ・レミントンが俺の脈拍を計りながら呟いた。




